Marry Me?

美凪ましろ

文字の大きさ
上 下
5 / 34

Vol.5.恋の自覚

しおりを挟む
「……どうしよう……」

 ひとり、ベッドのうえで、枕を胸に抱き、ごろごろしながら考える。考えようとする。

『きみとは休みの日が会わないし、なかなか会えないかもしれない。……それでも。おれは。

 きみと、……付き合いたい。

 駄目かな……美紗』

 きゃーっ、って枕に顔をうずめてばたばたしてしまう。活きのいい魚か。……どうしよう。

 わっかんない。

 男性経験はあるし、これでも接客を頑張っているほうだから、ひとを見る目には多少は自信がある。……変な人じゃない。おかしなひとじゃない、って、分かっている。帰りだって、途中まで送ってくれて、アパートまで突き止めよう、ってしなかったし。ジェントルマン。

 いままでに見たことのないくらいの、ジェントルマン。

「……なだけに。悩むんだよなあ……」

 過去の恋を思い返してみる。SE、っていうか、PG(プログラマー)レベルだった頃。彼の言うところの、大工さんだった頃。忙しくて、周りには快活な男たちばっかで。飲み会好きな、ちょっと体育会系の会社で……毎日飲みまくって、楽しかったな。

 別のプロジェクトに移り、残業半端なくなった頃に病んだんだけど。それまでは、むしろ、忙しさを楽しんでいた。

 やけになっていたわけではないが、モテたし、男に誘われればほいほい飲みに行った。……無事でよかったなあたし。

 でも。生活がある以上、同じ勤務先の子に、なにかひどいことしたら、仕事を失うことになるわけで。会社関係のひとと飲む限りにおいては、完全に、セーフだった。

 だからまぁ。会社外で、変な男に、引っ掛かったことはあったけれど……。

 うーん。

 正直、いまの環境には満足している。労働環境もいいし、人間関係も良好。美男美女に囲まれて、お客様に恵まれて幸せに暮らしている。アラサー29歳、という年齢は引っ掛かるが、今日日独身で人生を終える女性だって珍しくはないんだし。結婚出産だけが女の幸せではない。

 勿論。

 結婚式に出席したりすると、寂しくなるんだけどね……。いいなあ。あたしもウェディングドレス着たい、ちやほやされたいなぁ、って。――突然。

 彼の、笑顔が思い出された。……あたしの前で、躊躇なく、膝をつき、あたしの足にパンプスを履かせた王子様。彼のおかげで無事、本社の会議には間に合ったが、彼がいなかったらどうなっていただろう。半べそで。

「うぅーん。やっぱり。好き。……好き?」

 がばっ、と身を起こした。――ひょっとしてあたし。

「篠田さんのこと、……本気で好きになっちゃってる?」

 うわーっ、と頭を抱える。恥ずかしい。恥ずかしいよーぉ!! この年になって一目惚れとか! いやいや篠田さんだって一目惚れって……他の女の子にはこんなことしないって……言っていたもん。

 モテるだろうなぁ。あのビジュアル……あの紳士的な態度。咄嗟にあんな行動取れるってどんな女衒よ。罪だわ罪。あたしはまっとうな、ひとりの人間として、彼をパトロールする必要があ……

「……る」

 ぴろりん♪ と携帯が鳴った。メッセージを確認する。

『いま、着いた』
『悩ませちまってごめんな』
『でもおれ、美紗のこと、本気だから』
『本気で好きだから』

 ぽいっと携帯をベッドに置き、くぅーッと枕に顔をうずめてもだもだ。……重い。エモいのかよ。エモいんだよ。ポエマーか。三段活用☆彡

 ……なんか、もんのすごく思い込みの激しいひとで、変態、って可能性も捨てきれないんだけど。

 や、男のワイシャツ脇の下やトランクスくんくんするのが好きな時点であたしのほうが変態だわ。普通、引くよね? ……引かないのか……。

「ふう」

 ……彼、笑ってたな。あたしと一緒にいるとなんか、彼、笑ってばかりいて。顔が整っているのに、笑った顔が、くしゃっとなるのなんか、可愛いわんこみたいで……一見すると端正な美青年! って感じなのに、隙のある感じが素敵で……ああ。

 熱くなったほっぺをベッドに預け、ひとり、ぼやく。「……もしかしてあたし。ちゃんと……」

 ――篠田さんのこと、好きなのかもしれないな。

 しかしながら、この恋が進展するには、まだ少しの時間を要す。薄紅の桜が散り始め、世の儚さを思わせる春の終わり頃の、出来事だった。

 *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま
恋愛
最低最悪な初対面だった。 職場の同僚だろうと人妻ナースだろうと、誘われればおいしく頂いてきた来る者拒まずでお馴染みのチャラ男。 私はこんな人と絶対に関わりたくない! 独占欲が人一倍強く、それで何度も過去に恋を失ってきた私が今必死に探し求めているもの。 それは……『Dの男』 あの男と真逆の、未経験の人。 少しでも私を好きなら、もう私に構わないで。 私が探しているのはあなたじゃない。 私は誰かの『唯一』になりたいの……。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

処理中です...