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#01.さお
#01-03.驚きの提案
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「えーとまじっすか。それじゃ、この三日間仕込んだデータパーじゃないですか。なに考えてんですか!」
語尾がきつくなり、ぱっ、と周囲の目線が集まるのが分かるが、わたしは言葉を止められない。
「えーとわたし。言いましたよね? 覚えてます? ここでフラグ立てとかないと、試験項目100まで行かないんで気を付けてくださいって。もーなに考えてんですか。
早馬さん、もう、なにもやんなくていいです。とりあえず102番からやってくれますか? 後始末はわたしがやっときますんで。『わたし』が」
「鬼島さん……あの」
「言い訳とか聞きたくないです。言い訳する暇があったら、試験項目を一個でも多く、片づけることを優先して欲しいです。お願いです」
「……」
職場の空気がひりつくのが分かっていた。受入試験は四つのチームに分かれた、六十人余りが所属するビッグプロジェクトだ。空気を読むことも大切なのだが、このときのわたしは、胃の中に渦巻く怒りを、どうすることも出来なかった。
(戻りたくないなあ)
自販機前の休憩スペースにてコーヒーをすする。あれからものすごいスピードで早馬さんの尻拭いを済ませ、ここに逃げ込んできている。
受入試験に従事する人間のレベルは様々だ。
プロパーならば、システムアイの厳しい入社試験をクリアした人間なので――うちの会社に入る人間はSPI、グループ面接、最終面接をパスしている――よってそこそこのレベルを保てている。文系SEという言葉が流通して久しいが、プログラミングの知識が皆無の彼らであれど、そもそも彼らは基礎能力が高いのでなんとかついていけてる。
一方、システムアイが雇うBPさんのレベルはピンキリで。わたしは一時期部長の秘書をしていた関係でどのBPさんにいくら払われているとか、どのプロジェクトにいくら支払われているのか等について熟知している。
これは以前の部長の頃から続く慣習で、秘書職を経験したほうが、事業部の全容が見えるからと、宗方部長後任の柏谷(かしわたに)部長の方針で、定期的に年次の若い女性が彼の秘書職に回されることを経験している。わたしも二年次の頃に回された。
一括のでかい開発案件を経験した直後で、プロジェクトのなんたるかを知ってからだったので、タイミング的にもよかったと思う。こうしてプロジェクトに配属されてからもあのときの経験が生きている。――とはいえ。
思いっきし怒ってしまった。
反省すべき、なんだよね。
あー泣きたい。この年になって外でぶち切れるとかどういう。
戻らなきゃ。でも戻りたくないな。あーうー。
「大分参っているようだな」
低い、お腹の底にまで響く声がした。知っている人間の声だ。はっ、と顔を覆っていた手を外すとそこには、予想通りの人物の姿があった。
「黒神(くろかみ)さん……」
きりっとした美形で、タイトに髪を撫でつけるスタイルが、相変わらず格好いい。彼は、基幹系Tのリーダー、及び外部のプロジェクトのGMを兼任する優秀な人物だ。はっきり言って髪型からするに元ヤンぽいが。彼はいつもしているような真面目腐った顔で、「さお。考えたことがあるか? ――あいつ。なんで早馬さんが毎回やらかしてるのか」
基幹系Tの黒神さんはわたしから離れた席でそれも、わたしに背を向けているというのに。動向を把握している辺りがいかにも黒神さんらしいというか。わたしはさほど彼と関わりはないのだが、それでも言葉の節々から、彼が優秀な人間であることくらいは読み取れる。確か、真鍋さんとは同期のはず。同期の異例の抜擢を真鍋さんはどう受け止めているのか、そこのところも気になるところではあるが、いまは早馬さんの話だ。
「まったく、心当たりがありません」
とわたしが言うと、やや皮肉げに黒神さんは唇を歪め、
「――気づいていないとは言わせないぞ? あいつの気持ちに」
――そっちなのか!?
頭蓋を雷鳴が直撃した感覚があった。うわつまり。――最低。わたしは自分で顔が引きつるのが分かった。
「つまり、早馬さんは、わたしの気を引くためもあって、しょっちゅうやらかしているのかと……そういうことですね」
「さお。提案があるんだが」
「なんでしょう?」
くっきりとした二重瞼。男らしく削げた頬。真鍋さんが白い子犬なら、黒神さんはさながら黒豹だ。言葉にも態度にも無駄がない。そんな黒神さんはわたしと視線を絡ませると、
「――偽装、職場恋愛しないか。おれと……」
驚きの提案に、開いた口が塞がらなかった。
*
語尾がきつくなり、ぱっ、と周囲の目線が集まるのが分かるが、わたしは言葉を止められない。
「えーとわたし。言いましたよね? 覚えてます? ここでフラグ立てとかないと、試験項目100まで行かないんで気を付けてくださいって。もーなに考えてんですか。
早馬さん、もう、なにもやんなくていいです。とりあえず102番からやってくれますか? 後始末はわたしがやっときますんで。『わたし』が」
「鬼島さん……あの」
「言い訳とか聞きたくないです。言い訳する暇があったら、試験項目を一個でも多く、片づけることを優先して欲しいです。お願いです」
「……」
職場の空気がひりつくのが分かっていた。受入試験は四つのチームに分かれた、六十人余りが所属するビッグプロジェクトだ。空気を読むことも大切なのだが、このときのわたしは、胃の中に渦巻く怒りを、どうすることも出来なかった。
(戻りたくないなあ)
自販機前の休憩スペースにてコーヒーをすする。あれからものすごいスピードで早馬さんの尻拭いを済ませ、ここに逃げ込んできている。
受入試験に従事する人間のレベルは様々だ。
プロパーならば、システムアイの厳しい入社試験をクリアした人間なので――うちの会社に入る人間はSPI、グループ面接、最終面接をパスしている――よってそこそこのレベルを保てている。文系SEという言葉が流通して久しいが、プログラミングの知識が皆無の彼らであれど、そもそも彼らは基礎能力が高いのでなんとかついていけてる。
一方、システムアイが雇うBPさんのレベルはピンキリで。わたしは一時期部長の秘書をしていた関係でどのBPさんにいくら払われているとか、どのプロジェクトにいくら支払われているのか等について熟知している。
これは以前の部長の頃から続く慣習で、秘書職を経験したほうが、事業部の全容が見えるからと、宗方部長後任の柏谷(かしわたに)部長の方針で、定期的に年次の若い女性が彼の秘書職に回されることを経験している。わたしも二年次の頃に回された。
一括のでかい開発案件を経験した直後で、プロジェクトのなんたるかを知ってからだったので、タイミング的にもよかったと思う。こうしてプロジェクトに配属されてからもあのときの経験が生きている。――とはいえ。
思いっきし怒ってしまった。
反省すべき、なんだよね。
あー泣きたい。この年になって外でぶち切れるとかどういう。
戻らなきゃ。でも戻りたくないな。あーうー。
「大分参っているようだな」
低い、お腹の底にまで響く声がした。知っている人間の声だ。はっ、と顔を覆っていた手を外すとそこには、予想通りの人物の姿があった。
「黒神(くろかみ)さん……」
きりっとした美形で、タイトに髪を撫でつけるスタイルが、相変わらず格好いい。彼は、基幹系Tのリーダー、及び外部のプロジェクトのGMを兼任する優秀な人物だ。はっきり言って髪型からするに元ヤンぽいが。彼はいつもしているような真面目腐った顔で、「さお。考えたことがあるか? ――あいつ。なんで早馬さんが毎回やらかしてるのか」
基幹系Tの黒神さんはわたしから離れた席でそれも、わたしに背を向けているというのに。動向を把握している辺りがいかにも黒神さんらしいというか。わたしはさほど彼と関わりはないのだが、それでも言葉の節々から、彼が優秀な人間であることくらいは読み取れる。確か、真鍋さんとは同期のはず。同期の異例の抜擢を真鍋さんはどう受け止めているのか、そこのところも気になるところではあるが、いまは早馬さんの話だ。
「まったく、心当たりがありません」
とわたしが言うと、やや皮肉げに黒神さんは唇を歪め、
「――気づいていないとは言わせないぞ? あいつの気持ちに」
――そっちなのか!?
頭蓋を雷鳴が直撃した感覚があった。うわつまり。――最低。わたしは自分で顔が引きつるのが分かった。
「つまり、早馬さんは、わたしの気を引くためもあって、しょっちゅうやらかしているのかと……そういうことですね」
「さお。提案があるんだが」
「なんでしょう?」
くっきりとした二重瞼。男らしく削げた頬。真鍋さんが白い子犬なら、黒神さんはさながら黒豹だ。言葉にも態度にも無駄がない。そんな黒神さんはわたしと視線を絡ませると、
「――偽装、職場恋愛しないか。おれと……」
驚きの提案に、開いた口が塞がらなかった。
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