忌子は敵国の王に愛される

かとらり。

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七話 居心地の悪い歓迎

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 数日ほど経って、馬車はゼルトリアの首都、ガロアに着いた。

 カイは怯えるミシャに気を使ったのか、あの後馬車を降りて馬に乗ってしまった。

 たしかにミシャはカイが恐ろしい。
 あんなことをされたのもそうだが、カイはミシャよりも一回りも大きい。

 彼にとってミシャをどうこうするのは赤子の手をひねるように簡単なはず。

 それに、彼がどうしてミシャを求めたのか分からないのも怖かった。

 日光に弱いミシャの身体に気を遣ってくれたのか、馬車から降りたのは夕方ぐらいだった。

「長い距離を苦労させた」
「いえ、大丈夫です」

 久しぶりに会話したカイはミシャの手を取って馬車から下ろしてくれた。

 もう彼に触られてもそこまで怖くはなくなっていた。
 けど、こんなに丁寧に扱ってもらうのは居心地が悪い。

 馬車を出ると目の前には豪奢な城が佇んでいた。
 アマルティナの優美な城とは違う、堅牢な作りの実戦向きの城だ。

「あ、あの…」
「なんだ」
「その、ぼ…僕をどうするつもりなんですか?僕、何もできません。何の価値もありません。こんなところに連れてきて、どういうつもりなんですか?」

 カイは疑問符を浮かべるミシャを見て微笑んだ。

「見ればわかる」
「……?」

 カイに手を引かれるまま、ミシャは城の中に入った。そして、目を見開く。

 城に入るや否や目に入ったのは、いつだか父の描いた天使の絵だったのだ。

 周りを見渡すと、そこかしこに父の絵がある。
 中にはほとんどミシャと同じ容姿の天使の絵もあった。

「あれ…」
「あれはお前だろう?」

 違う。あれはミシャではない。天使だ。

 そう否定するにはあまりに天使たちはミシャに似ていた。

「ずっと探していたんだ…」
「ひ…」

 カイが熱のこもった瞳でミシャを見つめた。

「ぼ、ぼく…は、天使じゃないです。ただの、気持ちの悪い、人間で…」
「お前のどこが気持ち悪いんだ?」

 カイがミシャの髪を掬ってキスをした。

 父以外は誰も触れたがらなかった髪。
 それをなんの躊躇いもなくカイは触った。

「あ、ぅ…」
「この世に舞い降りた、俺だけの天使…」

 ミシャは熱烈な視線に耐えきれなくて、顔を真っ赤にしてぎゅっと目を閉じ、小鹿のように震えていた。

 カイはそれを見て笑うとミシャを抱き上げた。
 いきなり高くなった視界が怖くて、ミシャはカイにすがりつく。

「お前のために作った部屋があるんだ」
「僕の、ため…?」

 カイはミシャを抱き上げたまま城を歩いていく。

 周りにいる使用人らしい人達がちらちらと二人を見てくるので恥ずかしくて仕方ない。

 でも、アマルティナにいた頃のような悪意のある視線ではないことに少しほっとする。
 ゼルトリアではミシャのような色なし子が呪われた子だとは知られていないというのは本当だったのだ。

「ここがお前の部屋だ」

 そう言って連れてこられたのは、それなりに大きな邸宅で育ったミシャからしても大きな部屋だった。

 ミシャの身体が日の光に弱いことも知っていたのか、部屋には分厚いカーテンが引かれている。

 奥の方には見たこともないような大きなベッドがあり、美しい天蓋が幾重にも垂らされていた。
 ベッド以外にも家具は全て凝った装飾のなされた見るからに高価そうなものばかりだ。

「あ、あの、この部屋が全て僕一人だけのものなんてこと、ありませんよね…?」

 ミシャは敗戦国の捕虜。
 こんな素晴らしい部屋を与えられる理由がない。

「何を言っているんだ?お前の部屋だと言っただろう」
「へ…?だって、こんな部屋…」
「狭すぎるか?気に入らないなら…」
「そ、そんなこと!ただ…あまりにも、豪華過ぎませんか…?」
「お前は俺の天使なのだから、これくらいの部屋、むしろ粗末といっても過言ではない」

 ミシャは震えた。本当に、彼にとって自分は天使なんだと。

 どうしよう。ミシャは天使どころか、不幸を呼ぶ忌子でしかないのに。
 もし、ミシャがカイの思う天使ではないと分かってしまったら……カイは激昂してミシャを…

 恐ろしい想像をしてしまい、ミシャは青ざめる。

「どうした?顔色が悪いな。長旅で疲れたのか?今日はもう寝たほうがいいな」
「あ、いや…はい」

 疲れたのは確かだったので、ミシャはされるがままにベッドに降ろされた。

「やっと、お前を手に入れることができた…」

 カイは恭しくミシャの手を取ると、手の甲にキスをした。

「愛している、ミシャ…」
「ぇ…」
「何か必要なことが有ればそこのベルを鳴らして呼んでくれ」

 颯爽と去っていくカイを見つめたままミシャは呆けていた。

 カイに名前を呼ばれたのは初めてだった。
 彼はいつもミシャのことを、お前、とか天使、としか呼ばなかったから。

『愛している』という言葉が頭の中をぐるぐる巡ってミシャは全然眠れなくなってしまった。
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