25 / 36
二十五話 運命の違い
しおりを挟む
「ふんふーん♪」
セシリオが鼻歌を歌っていると、トントン、と誰かに背中を叩かれた。
『セシリオ様、鼻歌なんて歌って上機嫌ですね』
手話で話しかけてきたのは、シルバーの婚約者のロナだった。
「ロナさん、セシリオ様って呼ぶのやめて下さい。僕は貴方の義弟なのに…」
『ごめんなさい、つい癖で…』
「謝らないで下さい。今度は名前で呼んでくださいね。ところで、ロナさん今お時間ありますか?」
『はい』
セシリオはロナを自室に連れて入った。
「あのですね……ロナさん、市井の人達はどのようにして愛を深めるのでしょうか?」
『え?』
こそこそと誰も聞いてないのに小さな声で囁かれた言葉にロナは驚いた。
『そんなこと聞いてどうするんです?』
「それはもちろん、ルイ様との愛を深めるんです!」
『え、えっと…セシリオくんとルイ様は恋愛結婚って聞きましたけど?』
「はい!でも、僕はルイ様が愛していますけど、ルイ様は僕のことを愛してくれていないので…」
『え?!せ、セシリオくんの片想い…!??そんなことってあるの?』
ロナからするとセシリオは完璧で極上のオメガだ。容姿も美しく、放つフェロモンも芳しい。
前にロナは発情期のセシリオの面倒を見たことがあったが、オメガであるロナですら少しくらくらするほどの芳香だった。
それにセシリオは家柄も申し分ないし、貴族としてどこへ出しても恥ずかしくない教養と所作を身につけている。欠点など一つもない、そんなセシリオを袖にする男がこの世に本当にいるのだろうか。
『はは…それこそ、下町のオメガがするみたいに、フェロモンを振り撒いてアピールすればすぐに相手は惚れちゃうと思うけど…そんなことしたらお兄様たちが黙ってないですよね』
「フェロモンの匂いなら、ルイ様は何度か嗅いでますよ」
[っえぇえ?!だ、だだ大丈夫だったんですか?発情期にアルファがそばにいたってことですか?妊娠とか、しちゃってないですよね?』
「いえ、発情期は抑制剤をちゃんと飲んでいるので。でも、ルイ様が、ときどき甘い匂いがするって」
『…おかしいですね。発情期でもないのにフェロモンが漏れることは滅多にありません…それこそ』
「?」
ロナは続けようとした言葉を飲み込んだ。
『運命の番』
魂で惹かれ合うアルファとオメガ。
その二人が出会った時、発情期でなくてもアルファはオメガの匂いが分かるらしい。
庶民の間では有名な話だが、こんな御伽噺めいたことは貴族の間でよりむしろ庶民の間でのほうがよく広まる。
「なんですか?ロナさん」
『いえ、なんでも…』
ロナ自身もそれが本当のことかただの作り話かは知らない。ただ、確かなことは『運命の番』を実際に見たことがある人はどこにもいないということ。それだけ、運命の番は巡り会うのが難しいことなのだろう。
もしくはただの作り話なのだ。
それに、もし運命の番だったら、魂惹かれ合うのだからとっくに二人は両思いになっているはずだ。
『でも、お二人は貴族なんですから、庶民のやり方で仲を深めなくても良いと思いますよ。それに、なんにしても結婚するんですから。ずっとそばにいれば自然と愛着が生まれるものです』
「そうですかね?」
『はい』
「ロナさんとお兄様も、そうだったんですか?」
『うーん…僕の場合は』
ロナが喉に手を当てた。
『声を失ったことが、一番かと』
ロナはかつて庶民には、いや、貴族でも、知らないものはいない、美しい歌声を持つ青年だった。
セシリオも詳しいことは知らないが、ロナはその歌声をシルバーのせいで失ってしまったらしい。おそらく、シルバーを庇って失った。
「声を失ったことが?どうしてですか?だってロナさんにとって歌は…」
『はい。歌が僕の生きる価値。僕のたった一つの誇れる特技。でも、それを自分のせいで失わせてしまったから、きっとシルバー様は僕のことを手放すことができなくなってしまったんです』
「そんなことは…ないと、思いますよ。お兄様はロナさんを愛しています。そんな罪悪感からではなく」
『はい…そうだと、嬉しいです』
でも、たしかに、シルバーがロナを家に迎えたのは罪悪感があってこそだろう。
シルバーは政略結婚とはいえ前夫人のことを愛していた。
子供の養育のためにも後妻を迎えようという話も、自分の妻は彼女だけだと言って断っていた。
それなのに、シルバーがロナを迎えたのは罪悪感があったからだろう。
ただ単にシルバーがロナを愛していたとしたら、シルバーは前夫人を想い、ロナへの愛は押し殺していたに違いない。
前夫人への哀悼に罪悪感が勝ったからこそ、二人は結ばれた。
「話してくれてありがとうございました」
『ううん。手話をわかる人は多く無いから、話し相手になってくれて僕のほうが嬉しかったです』
「僕でよければ何時でも話しますよ」
『ありがとう』
セシリオはロナを部屋に送り届けてから自室に戻った。
「愛に勝る、罪悪感…」
セシリオの呟きが部屋に小さく響いた。
セシリオが鼻歌を歌っていると、トントン、と誰かに背中を叩かれた。
『セシリオ様、鼻歌なんて歌って上機嫌ですね』
手話で話しかけてきたのは、シルバーの婚約者のロナだった。
「ロナさん、セシリオ様って呼ぶのやめて下さい。僕は貴方の義弟なのに…」
『ごめんなさい、つい癖で…』
「謝らないで下さい。今度は名前で呼んでくださいね。ところで、ロナさん今お時間ありますか?」
『はい』
セシリオはロナを自室に連れて入った。
「あのですね……ロナさん、市井の人達はどのようにして愛を深めるのでしょうか?」
『え?』
こそこそと誰も聞いてないのに小さな声で囁かれた言葉にロナは驚いた。
『そんなこと聞いてどうするんです?』
「それはもちろん、ルイ様との愛を深めるんです!」
『え、えっと…セシリオくんとルイ様は恋愛結婚って聞きましたけど?』
「はい!でも、僕はルイ様が愛していますけど、ルイ様は僕のことを愛してくれていないので…」
『え?!せ、セシリオくんの片想い…!??そんなことってあるの?』
ロナからするとセシリオは完璧で極上のオメガだ。容姿も美しく、放つフェロモンも芳しい。
前にロナは発情期のセシリオの面倒を見たことがあったが、オメガであるロナですら少しくらくらするほどの芳香だった。
それにセシリオは家柄も申し分ないし、貴族としてどこへ出しても恥ずかしくない教養と所作を身につけている。欠点など一つもない、そんなセシリオを袖にする男がこの世に本当にいるのだろうか。
『はは…それこそ、下町のオメガがするみたいに、フェロモンを振り撒いてアピールすればすぐに相手は惚れちゃうと思うけど…そんなことしたらお兄様たちが黙ってないですよね』
「フェロモンの匂いなら、ルイ様は何度か嗅いでますよ」
[っえぇえ?!だ、だだ大丈夫だったんですか?発情期にアルファがそばにいたってことですか?妊娠とか、しちゃってないですよね?』
「いえ、発情期は抑制剤をちゃんと飲んでいるので。でも、ルイ様が、ときどき甘い匂いがするって」
『…おかしいですね。発情期でもないのにフェロモンが漏れることは滅多にありません…それこそ』
「?」
ロナは続けようとした言葉を飲み込んだ。
『運命の番』
魂で惹かれ合うアルファとオメガ。
その二人が出会った時、発情期でなくてもアルファはオメガの匂いが分かるらしい。
庶民の間では有名な話だが、こんな御伽噺めいたことは貴族の間でよりむしろ庶民の間でのほうがよく広まる。
「なんですか?ロナさん」
『いえ、なんでも…』
ロナ自身もそれが本当のことかただの作り話かは知らない。ただ、確かなことは『運命の番』を実際に見たことがある人はどこにもいないということ。それだけ、運命の番は巡り会うのが難しいことなのだろう。
もしくはただの作り話なのだ。
それに、もし運命の番だったら、魂惹かれ合うのだからとっくに二人は両思いになっているはずだ。
『でも、お二人は貴族なんですから、庶民のやり方で仲を深めなくても良いと思いますよ。それに、なんにしても結婚するんですから。ずっとそばにいれば自然と愛着が生まれるものです』
「そうですかね?」
『はい』
「ロナさんとお兄様も、そうだったんですか?」
『うーん…僕の場合は』
ロナが喉に手を当てた。
『声を失ったことが、一番かと』
ロナはかつて庶民には、いや、貴族でも、知らないものはいない、美しい歌声を持つ青年だった。
セシリオも詳しいことは知らないが、ロナはその歌声をシルバーのせいで失ってしまったらしい。おそらく、シルバーを庇って失った。
「声を失ったことが?どうしてですか?だってロナさんにとって歌は…」
『はい。歌が僕の生きる価値。僕のたった一つの誇れる特技。でも、それを自分のせいで失わせてしまったから、きっとシルバー様は僕のことを手放すことができなくなってしまったんです』
「そんなことは…ないと、思いますよ。お兄様はロナさんを愛しています。そんな罪悪感からではなく」
『はい…そうだと、嬉しいです』
でも、たしかに、シルバーがロナを家に迎えたのは罪悪感があってこそだろう。
シルバーは政略結婚とはいえ前夫人のことを愛していた。
子供の養育のためにも後妻を迎えようという話も、自分の妻は彼女だけだと言って断っていた。
それなのに、シルバーがロナを迎えたのは罪悪感があったからだろう。
ただ単にシルバーがロナを愛していたとしたら、シルバーは前夫人を想い、ロナへの愛は押し殺していたに違いない。
前夫人への哀悼に罪悪感が勝ったからこそ、二人は結ばれた。
「話してくれてありがとうございました」
『ううん。手話をわかる人は多く無いから、話し相手になってくれて僕のほうが嬉しかったです』
「僕でよければ何時でも話しますよ」
『ありがとう』
セシリオはロナを部屋に送り届けてから自室に戻った。
「愛に勝る、罪悪感…」
セシリオの呟きが部屋に小さく響いた。
1
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
檻の中
Me-ya
BL
遥香は蓮専属の使用人だが、騙され脅されて勇士に関係を持つよう強要される。
そんな遥香と勇士の関係を蓮は疑い、誤解する。
誤解をし、遥香を疑い始める蓮。
誤解を解いて、蓮の側にいたい遥香。
面白がる悪魔のような勇士。
🈲R指定です🈲
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説はだいぶ昔に別のサイトで書いていた物です。
携帯を変えた時に、そのサイトが分からなくなりましたので、こちらで書き直させていただきます。
SMはお酒とともに
おーか
BL
バーで飲んでいたはずなのに、目を醒ませば拘束され、逃れられない状況だった。
責められるままに感じさせられる。
サラリーマンがバーのマスターにお持ち帰りされちゃうお話。
エロしかない。ページの最初にプレイ内容書いておくので地雷避けしてください!
溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集
あかさたな!
BL
全話独立したお話です。
溺愛前提のラブラブ感と
ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。
いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を!
【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】
------------------
【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。
同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
全部欲しい満足
nano ひにゃ
BL
とあるバーで出会った二人が、性的な嗜好と恋愛との兼ね合いを探っていく。ソフトSとドMの恋愛模様。
激しくはないと思いますが、SM行為があり。
ただ道具を使ってプレイしてるだけの話……と言えなくもないです。
あまあまカップル。
【完結】聖アベニール学園
野咲
BL
[注意!]エロばっかしです。イマラチオ、陵辱、拘束、スパンキング、射精禁止、鞭打ちなど。設定もエグいので、ダメな人は開かないでください。また、これがエロに特化した創作であり、現実ではあり得ないことが理解できない人は読まないでください。
学校の寄付金集めのために偉いさんの夜のお相手をさせられる特殊奨学生のお話。
【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる