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二十五話 運命の違い
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「ふんふーん♪」
セシリオが鼻歌を歌っていると、トントン、と誰かに背中を叩かれた。
『セシリオ様、鼻歌なんて歌って上機嫌ですね』
手話で話しかけてきたのは、シルバーの婚約者のロナだった。
「ロナさん、セシリオ様って呼ぶのやめて下さい。僕は貴方の義弟なのに…」
『ごめんなさい、つい癖で…』
「謝らないで下さい。今度は名前で呼んでくださいね。ところで、ロナさん今お時間ありますか?」
『はい』
セシリオはロナを自室に連れて入った。
「あのですね……ロナさん、市井の人達はどのようにして愛を深めるのでしょうか?」
『え?』
こそこそと誰も聞いてないのに小さな声で囁かれた言葉にロナは驚いた。
『そんなこと聞いてどうするんです?』
「それはもちろん、ルイ様との愛を深めるんです!」
『え、えっと…セシリオくんとルイ様は恋愛結婚って聞きましたけど?』
「はい!でも、僕はルイ様が愛していますけど、ルイ様は僕のことを愛してくれていないので…」
『え?!せ、セシリオくんの片想い…!??そんなことってあるの?』
ロナからするとセシリオは完璧で極上のオメガだ。容姿も美しく、放つフェロモンも芳しい。
前にロナは発情期のセシリオの面倒を見たことがあったが、オメガであるロナですら少しくらくらするほどの芳香だった。
それにセシリオは家柄も申し分ないし、貴族としてどこへ出しても恥ずかしくない教養と所作を身につけている。欠点など一つもない、そんなセシリオを袖にする男がこの世に本当にいるのだろうか。
『はは…それこそ、下町のオメガがするみたいに、フェロモンを振り撒いてアピールすればすぐに相手は惚れちゃうと思うけど…そんなことしたらお兄様たちが黙ってないですよね』
「フェロモンの匂いなら、ルイ様は何度か嗅いでますよ」
[っえぇえ?!だ、だだ大丈夫だったんですか?発情期にアルファがそばにいたってことですか?妊娠とか、しちゃってないですよね?』
「いえ、発情期は抑制剤をちゃんと飲んでいるので。でも、ルイ様が、ときどき甘い匂いがするって」
『…おかしいですね。発情期でもないのにフェロモンが漏れることは滅多にありません…それこそ』
「?」
ロナは続けようとした言葉を飲み込んだ。
『運命の番』
魂で惹かれ合うアルファとオメガ。
その二人が出会った時、発情期でなくてもアルファはオメガの匂いが分かるらしい。
庶民の間では有名な話だが、こんな御伽噺めいたことは貴族の間でよりむしろ庶民の間でのほうがよく広まる。
「なんですか?ロナさん」
『いえ、なんでも…』
ロナ自身もそれが本当のことかただの作り話かは知らない。ただ、確かなことは『運命の番』を実際に見たことがある人はどこにもいないということ。それだけ、運命の番は巡り会うのが難しいことなのだろう。
もしくはただの作り話なのだ。
それに、もし運命の番だったら、魂惹かれ合うのだからとっくに二人は両思いになっているはずだ。
『でも、お二人は貴族なんですから、庶民のやり方で仲を深めなくても良いと思いますよ。それに、なんにしても結婚するんですから。ずっとそばにいれば自然と愛着が生まれるものです』
「そうですかね?」
『はい』
「ロナさんとお兄様も、そうだったんですか?」
『うーん…僕の場合は』
ロナが喉に手を当てた。
『声を失ったことが、一番かと』
ロナはかつて庶民には、いや、貴族でも、知らないものはいない、美しい歌声を持つ青年だった。
セシリオも詳しいことは知らないが、ロナはその歌声をシルバーのせいで失ってしまったらしい。おそらく、シルバーを庇って失った。
「声を失ったことが?どうしてですか?だってロナさんにとって歌は…」
『はい。歌が僕の生きる価値。僕のたった一つの誇れる特技。でも、それを自分のせいで失わせてしまったから、きっとシルバー様は僕のことを手放すことができなくなってしまったんです』
「そんなことは…ないと、思いますよ。お兄様はロナさんを愛しています。そんな罪悪感からではなく」
『はい…そうだと、嬉しいです』
でも、たしかに、シルバーがロナを家に迎えたのは罪悪感があってこそだろう。
シルバーは政略結婚とはいえ前夫人のことを愛していた。
子供の養育のためにも後妻を迎えようという話も、自分の妻は彼女だけだと言って断っていた。
それなのに、シルバーがロナを迎えたのは罪悪感があったからだろう。
ただ単にシルバーがロナを愛していたとしたら、シルバーは前夫人を想い、ロナへの愛は押し殺していたに違いない。
前夫人への哀悼に罪悪感が勝ったからこそ、二人は結ばれた。
「話してくれてありがとうございました」
『ううん。手話をわかる人は多く無いから、話し相手になってくれて僕のほうが嬉しかったです』
「僕でよければ何時でも話しますよ」
『ありがとう』
セシリオはロナを部屋に送り届けてから自室に戻った。
「愛に勝る、罪悪感…」
セシリオの呟きが部屋に小さく響いた。
セシリオが鼻歌を歌っていると、トントン、と誰かに背中を叩かれた。
『セシリオ様、鼻歌なんて歌って上機嫌ですね』
手話で話しかけてきたのは、シルバーの婚約者のロナだった。
「ロナさん、セシリオ様って呼ぶのやめて下さい。僕は貴方の義弟なのに…」
『ごめんなさい、つい癖で…』
「謝らないで下さい。今度は名前で呼んでくださいね。ところで、ロナさん今お時間ありますか?」
『はい』
セシリオはロナを自室に連れて入った。
「あのですね……ロナさん、市井の人達はどのようにして愛を深めるのでしょうか?」
『え?』
こそこそと誰も聞いてないのに小さな声で囁かれた言葉にロナは驚いた。
『そんなこと聞いてどうするんです?』
「それはもちろん、ルイ様との愛を深めるんです!」
『え、えっと…セシリオくんとルイ様は恋愛結婚って聞きましたけど?』
「はい!でも、僕はルイ様が愛していますけど、ルイ様は僕のことを愛してくれていないので…」
『え?!せ、セシリオくんの片想い…!??そんなことってあるの?』
ロナからするとセシリオは完璧で極上のオメガだ。容姿も美しく、放つフェロモンも芳しい。
前にロナは発情期のセシリオの面倒を見たことがあったが、オメガであるロナですら少しくらくらするほどの芳香だった。
それにセシリオは家柄も申し分ないし、貴族としてどこへ出しても恥ずかしくない教養と所作を身につけている。欠点など一つもない、そんなセシリオを袖にする男がこの世に本当にいるのだろうか。
『はは…それこそ、下町のオメガがするみたいに、フェロモンを振り撒いてアピールすればすぐに相手は惚れちゃうと思うけど…そんなことしたらお兄様たちが黙ってないですよね』
「フェロモンの匂いなら、ルイ様は何度か嗅いでますよ」
[っえぇえ?!だ、だだ大丈夫だったんですか?発情期にアルファがそばにいたってことですか?妊娠とか、しちゃってないですよね?』
「いえ、発情期は抑制剤をちゃんと飲んでいるので。でも、ルイ様が、ときどき甘い匂いがするって」
『…おかしいですね。発情期でもないのにフェロモンが漏れることは滅多にありません…それこそ』
「?」
ロナは続けようとした言葉を飲み込んだ。
『運命の番』
魂で惹かれ合うアルファとオメガ。
その二人が出会った時、発情期でなくてもアルファはオメガの匂いが分かるらしい。
庶民の間では有名な話だが、こんな御伽噺めいたことは貴族の間でよりむしろ庶民の間でのほうがよく広まる。
「なんですか?ロナさん」
『いえ、なんでも…』
ロナ自身もそれが本当のことかただの作り話かは知らない。ただ、確かなことは『運命の番』を実際に見たことがある人はどこにもいないということ。それだけ、運命の番は巡り会うのが難しいことなのだろう。
もしくはただの作り話なのだ。
それに、もし運命の番だったら、魂惹かれ合うのだからとっくに二人は両思いになっているはずだ。
『でも、お二人は貴族なんですから、庶民のやり方で仲を深めなくても良いと思いますよ。それに、なんにしても結婚するんですから。ずっとそばにいれば自然と愛着が生まれるものです』
「そうですかね?」
『はい』
「ロナさんとお兄様も、そうだったんですか?」
『うーん…僕の場合は』
ロナが喉に手を当てた。
『声を失ったことが、一番かと』
ロナはかつて庶民には、いや、貴族でも、知らないものはいない、美しい歌声を持つ青年だった。
セシリオも詳しいことは知らないが、ロナはその歌声をシルバーのせいで失ってしまったらしい。おそらく、シルバーを庇って失った。
「声を失ったことが?どうしてですか?だってロナさんにとって歌は…」
『はい。歌が僕の生きる価値。僕のたった一つの誇れる特技。でも、それを自分のせいで失わせてしまったから、きっとシルバー様は僕のことを手放すことができなくなってしまったんです』
「そんなことは…ないと、思いますよ。お兄様はロナさんを愛しています。そんな罪悪感からではなく」
『はい…そうだと、嬉しいです』
でも、たしかに、シルバーがロナを家に迎えたのは罪悪感があってこそだろう。
シルバーは政略結婚とはいえ前夫人のことを愛していた。
子供の養育のためにも後妻を迎えようという話も、自分の妻は彼女だけだと言って断っていた。
それなのに、シルバーがロナを迎えたのは罪悪感があったからだろう。
ただ単にシルバーがロナを愛していたとしたら、シルバーは前夫人を想い、ロナへの愛は押し殺していたに違いない。
前夫人への哀悼に罪悪感が勝ったからこそ、二人は結ばれた。
「話してくれてありがとうございました」
『ううん。手話をわかる人は多く無いから、話し相手になってくれて僕のほうが嬉しかったです』
「僕でよければ何時でも話しますよ」
『ありがとう』
セシリオはロナを部屋に送り届けてから自室に戻った。
「愛に勝る、罪悪感…」
セシリオの呟きが部屋に小さく響いた。
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