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願い

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 その日は、寒い雪の日だった。
 テオドアは暖かいお茶をもって義母の部屋にいた。

「お体の調子はどうですか?」
「……えぇ、大丈夫…大丈夫よ」

 義母は最近では話すことも辛そうだった。
 父はすっかり母につきっきりで部屋からめったに出なくなってしまっていた。医者以外は部屋にも入れずに父自ら義母の世話をしている。
 あの冷酷無比の父が愛する女の看病をするなんて、テオドアはいまだに信じられない。

「あなたが会いに来てくれて、うれしいわ…あなたから、すこしだけアエテルニアの香りがするの……」
「そうなんですか…?」
「ねぇ、テオドア…あなたは無理をしていない?」
「え?」
「この部屋に入ることを、あの人は許していないでしょう…?あぶない思いをしてまで、来なくてもいいのよ…」

 テオドアは父の隙を見て彼女を訪ねていた。
 もう彼女は先も長くない。それなのにこんな部屋に閉じ込められて、父にしか合わせてもらえない彼女が哀れに思えたから。

 ヴァルキュリア家には脱出、盗聴、監視などのために隠し通路や隠し部屋が多数ある。
 その隠し通路のうちの一つが、当主である父の部屋と、継嗣のテオドアの部屋をつないでいたので、テオドアは父にも知られることなく義母に会うことができた。

「俺は大丈夫です。それより、なにかほしいものはありますか?かなえられる範囲でしたら、要望を聞きますよ」
「ほしいもの…」

 彼女は長らく考えていた。

「ほしいものはないわ…でも、会いたい人がいるの…」
「えっ……と、それはどなたですか」

 テオドアは少し身構えた。もしその会いたい人が彼女のかつての恋人とかだったら、テオドアはかなりの危険を冒して手引することになる。
 でも、それでも、もし彼女が望むならかなえてやりたいと思った。

「アエテルニア……」

 それは彼女がよく口にする名前だった。
 美しくてかわいらしい、彼女の想像の中の妖精。

「それは……その、その方はどちらにいらっしゃるんですか?」
「この屋敷に」

 この屋敷に、妖精なんているはずがない。テオドアは思った。
 もし仮にこの世界に妖精がいるとしても、よりによって吸血公の屋敷にいるはずないのだ。

「きっと、そろそろ妖精が窓際に現れるはずなの」
「現れる?」
「妖精は、夜にしかこれないの…あの人に見つかってはいけないから。でも、私の体力じゃ、毎晩起きて待つことができない」

 夜にしか来ない妖精。母と逢引きする誰か。

「いったいどんな関係なのですか」

 恋人?それ以外に思いつかない。
 決して話すこともできない、世闇の中で顔を見ることもかなわないかもしれない。それでも彼女のもとに健気に通うなんて、なんて美しい愛なんだろう。

「わたしの子供……愛しいあの人の忘れ形見」
「……え?」

 テオドアは、その時初めて、彼女に子供がいることを知った。
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