実践的擬態 Practical disguise

黒遠

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 まず、結婚指輪をゴミ箱に捨てた。

 結局一度も付けなかった。そして友達に弁護士を紹介してもらった。離婚に強い人。とにかく一刻も早く離婚したい、そのためならこっちから慰謝料を払ったって構わないと言った。弁護士さんはすぐに調停の申し立てをしてくれた。
 こっちが弁護士を立てるとあっちも弁護士を立ててきたが、心証はあっちの方が悪かったらしい。俺の弁護士さんが優秀だったのか。妻の体を労って実家で休むことを認めていた寛大な夫と裏切った妻という図式になり、向こうの弁護士も概ね争わない姿勢を取った。

 俺は俺がひどかったと思う。いくらなんでも、そもそもあんな気持ちのない結婚を最初からすべきじゃない。彼女が浮気したのは当然の流れだし、なんなら俺は最初からそれを期待していた。

 だから彼女が慰謝料を払うのは気の毒だと思った。あまり俺にも結婚生活を維持しようという気がなかったので、制裁というのはいらない、ただ早く離婚してほしい、と言った。うちの弁護士はこの条件が一番いい状態、これから何か取引をするなら、慰謝料を請求せざるを得ない、と提示した。

 彼女の弁護士は、息子の親権を渡すので慰謝料なしで離婚としたい、養育費もできれば共有財産と相殺で一括で払えるだけにしてほしいと言ってきた。正直、ソーマは彼女か彼女の実家で引き取ると思っていたから驚いた。
 ソーマのことはかわいかったし、一番の被害者だ。了承したら、あっさり離婚が成立した。彼女のお腹にいた子どもとの親子関係不存在の手続きも取った。全部きれいになるまでそれでも半年かかった。ソーマと二人での暮らしが始まった。

 少し落ち着いてから、スマホからエンマにかけてみた。まだ着拒されていた。事務所に掛け直すとカナエが出た。

「エンマは今日外回りで。かけるように言いますよ。てか、今度三人で飲みに行きましょうよ」
「そうだね、よろしく」

 その夜、スマホに電話がかかってきた。表示名がエンマだった。自分で折り返しを頼んだくせに出る時緊張した。

「何?」

 やや不機嫌そうなエンマの声。それでも嬉しかった。

「終わったわ」
「何が」
「離婚した。先月末かな。今、息子と二人で暮らしてる」
「お疲れ。息子さんの名前は?」
「ソーマ。草冠に倉のソウに馬。おまえが炎に馬だから」
「ふーん……」
「ありがとな」
「何が」
「おまえに言われなかったらまだ離婚できてないわ」
「だろうね。……あのさ」
「ん?」

 かなり長い間があった。電話が切れたのかと思った。スマホの画面を見るとまだ通話時間が動いていた。

「何か、できることがあったら言って」

 今度はこっちが黙る番だった。顔を見たい。直接声が聞きたい。でもそういうことじゃないんだろ?

「あ、おまえさ、不動産屋に知り合いいる?」
「そりゃいるよ。多少は。設計士だもん」
「紹介してくんないかな。稲生に越したいんだよ。今の家、職場から遠いんだ」
「いいよ。明日にでも送るわ」

 エンマが電話を切った後、着拒が外れているかどうか確かめたくて仕方なかった。
 
 
 次の日、エンマからメッセージでいくつかの不動産屋の連絡先が送られてきた。
 四年ぶりかな。エンマからメッセージが入るのは。
 ありがとう、と返したら、ちゃんとメッセージが飛んで既読がついた。カナエからも連絡がきて、飲みましょうよ、と言われた。でももうソーマを夜見てくれるところがないから、難しいかもと返したら、エンマんちで飲みましょう、ソーマくんも連れて来て泊まったらいいと返ってきた。

 本当にいいの? エンマに確認した? と聞くと、カナエがその場でエンマに尋ねる声が電話越しに聞こえた。エンマ、おまえんちでブッチ先輩と三人で飲まね? 先輩子供いるから連れてきてもらってさあ。泊まってもらって。いつ? 金曜日? んー、いいよ。でも布団足りないな。布団? まだ無くていいっしょ。あ、敷く方なら俺エアマット持ってるわ。

「いいって。でもポットラックですからね。なんか持ってきてくださいね」
 









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