17 / 18
ギム
しおりを挟む
出会いは幸いだから。
それは、この世界に来たばかりの時にシュトロウが教えてくれたことだった。出会いは全て幸いだから、何一つ無駄ではない。ではこの、50年前の物語をめぐる出会いは、自分にとってどんな幸いになるんだろうか。別れを受け入れて最後の日々を過ごしたサヨと同じように、それを受け入れ、それぞれの幸せを見つけろと言うことだろうか。
「懐かしいな、ギムの街の広場」
シュトロウが言った。本当だ。この町にはあの時も何日かいたから、あちこち見知っている。トランと初めて会ったのもここだった。
「あれ、トランじゃないか?」
言われてよく見ると、人だかりの真ん中でトランが歌を歌っていた。
「ますます去年みたいだ」
「じゃあ再現しようか」
上着をシュトロウにパスする。トランが気づいて軽く手を上げる。
「踊る」
「了解」
師匠の葉をリジンする。トランの曲に合わせて、これで踊るのは格別に気分がいい。またシルシが育ったので、2曲続けて踊れる。
「リジンしないで踊ればいいのに」
「まだまだ無理だよ」
そして上達させる時間はない。でも毎月の練習のおかげで、体中ギシギシ痛むようなことはもうない。トランはどうしてここにいるのかな。
「たまたま?」
「いや、アストラから帰って来るならギムを通るだろうと思って」
素直に嬉しい。
タキとはブリムの家で別れた。最後にどうしてもタキに言っておきたいことがあった。
「タキさん、一つだけ、話しておきます。俺の恋人はエルフで、アーガの木がどちらの旅人を……エイダンを元の世界に返すのか知っていた。アーガの木が選ぶのは英雄の方じゃない」
タキは生気のない目でシロを見た。
「……アーガの木が元の世界に戻すのは、この世界で学ぶべきことを学んだ方の人。偉いから、英雄だから返されるのではない。召喚士の人はあなたを試したか、間違った伝承が伝わっていたかのどちらかだったんだ」
タキがもしも、嘘を真実とする力を正しく使っていたら。虚構を守ることの無意味さを理解していたら。帰るのはタキだったのかも知れない。そしてネネリオも、自分の力を悪用することなく、何か正しいことに使っていれば。
もう仕方がない。アーガの木は選んだ。確かに俺は学んだ。元の世界では存在すら知らなかったことを。だからネリがあの夜、泣きながらアーガの木がどうやって帰る旅人を選ぶのか話してくれた時、どうしようもなく腑に落ちてしまった。こんなにたくさん、心からこぼれ出るほど沢山のものを学んだ。それは選ばれるに決まっている。
サヨも最後はこんな気持ちだったのかな。彼女は条件を知らなかったと思うけど。
汗が引くのをトランの隣に座って待っていると、色んな人が通り過ぎて行った。傍にはネリがいて、その隣にシュトロウがいる。太陽が輝いて、埃っぽい広場の石畳を照らし、連なる市の屋根屋根が色とりどりに輝いている。
目に焼き付けていこう。
元の世界の夢の中で、いつも俺は少しだけこの世界のことを覚えている。大半を忘れてしまっても、きっと元の世界に持っていけるものがあるはずだ。だって元の木阿弥になるのなら、アーガの木は旅人を返したりはしない……。
そうだろ。それくらいは許してほしい。この世界で俺がトランのサーガの中だけの人になってしまったとしても。
「歌おうか。お前の好きな歌でいい。本気で歌ってやるよ、リジンして」
トランが言った。暗い顔をしていたからだろう。
「そうだな……ああ、俺が歌いたいな」
ふと思い出した。トランの師匠の葉を持ったままだった。
「ほら、エストランドさん?お前の師匠の葉を預かってるだろ。あれをリジンして、歌ってみたいな。もう最後だろうからさ」
太陽が、もう真夏だと言っていた。タイムアップ。ここまで。この世界でやり残したことをやって……。
消えるしかないのなら、俺もサヨのように、この世界の人たちの幸せを願って、消えたい。
「また、爪が割れるよ……」
「いいよ。ネリに治してもらう」
「まだお前、リジンできないだろ……」
「明日」
明日も俺がいるかはわからない。いるといい。
トランは唇を噛んで、楽器を鳴らし始めた。歌のない曲。明るい曲だったけど、涙が出て、太陽が眩しいふりをして顔を伏せた。
それは、この世界に来たばかりの時にシュトロウが教えてくれたことだった。出会いは全て幸いだから、何一つ無駄ではない。ではこの、50年前の物語をめぐる出会いは、自分にとってどんな幸いになるんだろうか。別れを受け入れて最後の日々を過ごしたサヨと同じように、それを受け入れ、それぞれの幸せを見つけろと言うことだろうか。
「懐かしいな、ギムの街の広場」
シュトロウが言った。本当だ。この町にはあの時も何日かいたから、あちこち見知っている。トランと初めて会ったのもここだった。
「あれ、トランじゃないか?」
言われてよく見ると、人だかりの真ん中でトランが歌を歌っていた。
「ますます去年みたいだ」
「じゃあ再現しようか」
上着をシュトロウにパスする。トランが気づいて軽く手を上げる。
「踊る」
「了解」
師匠の葉をリジンする。トランの曲に合わせて、これで踊るのは格別に気分がいい。またシルシが育ったので、2曲続けて踊れる。
「リジンしないで踊ればいいのに」
「まだまだ無理だよ」
そして上達させる時間はない。でも毎月の練習のおかげで、体中ギシギシ痛むようなことはもうない。トランはどうしてここにいるのかな。
「たまたま?」
「いや、アストラから帰って来るならギムを通るだろうと思って」
素直に嬉しい。
タキとはブリムの家で別れた。最後にどうしてもタキに言っておきたいことがあった。
「タキさん、一つだけ、話しておきます。俺の恋人はエルフで、アーガの木がどちらの旅人を……エイダンを元の世界に返すのか知っていた。アーガの木が選ぶのは英雄の方じゃない」
タキは生気のない目でシロを見た。
「……アーガの木が元の世界に戻すのは、この世界で学ぶべきことを学んだ方の人。偉いから、英雄だから返されるのではない。召喚士の人はあなたを試したか、間違った伝承が伝わっていたかのどちらかだったんだ」
タキがもしも、嘘を真実とする力を正しく使っていたら。虚構を守ることの無意味さを理解していたら。帰るのはタキだったのかも知れない。そしてネネリオも、自分の力を悪用することなく、何か正しいことに使っていれば。
もう仕方がない。アーガの木は選んだ。確かに俺は学んだ。元の世界では存在すら知らなかったことを。だからネリがあの夜、泣きながらアーガの木がどうやって帰る旅人を選ぶのか話してくれた時、どうしようもなく腑に落ちてしまった。こんなにたくさん、心からこぼれ出るほど沢山のものを学んだ。それは選ばれるに決まっている。
サヨも最後はこんな気持ちだったのかな。彼女は条件を知らなかったと思うけど。
汗が引くのをトランの隣に座って待っていると、色んな人が通り過ぎて行った。傍にはネリがいて、その隣にシュトロウがいる。太陽が輝いて、埃っぽい広場の石畳を照らし、連なる市の屋根屋根が色とりどりに輝いている。
目に焼き付けていこう。
元の世界の夢の中で、いつも俺は少しだけこの世界のことを覚えている。大半を忘れてしまっても、きっと元の世界に持っていけるものがあるはずだ。だって元の木阿弥になるのなら、アーガの木は旅人を返したりはしない……。
そうだろ。それくらいは許してほしい。この世界で俺がトランのサーガの中だけの人になってしまったとしても。
「歌おうか。お前の好きな歌でいい。本気で歌ってやるよ、リジンして」
トランが言った。暗い顔をしていたからだろう。
「そうだな……ああ、俺が歌いたいな」
ふと思い出した。トランの師匠の葉を持ったままだった。
「ほら、エストランドさん?お前の師匠の葉を預かってるだろ。あれをリジンして、歌ってみたいな。もう最後だろうからさ」
太陽が、もう真夏だと言っていた。タイムアップ。ここまで。この世界でやり残したことをやって……。
消えるしかないのなら、俺もサヨのように、この世界の人たちの幸せを願って、消えたい。
「また、爪が割れるよ……」
「いいよ。ネリに治してもらう」
「まだお前、リジンできないだろ……」
「明日」
明日も俺がいるかはわからない。いるといい。
トランは唇を噛んで、楽器を鳴らし始めた。歌のない曲。明るい曲だったけど、涙が出て、太陽が眩しいふりをして顔を伏せた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
・誤字脱字がある場合お知らせして頂けると幸いです🥲
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる