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夜通し馬車を走らせて、とりあえずガルドに辿り着いたのは2日後だった。召喚士セイに馬車を返すために城に寄った。彼女はシロたちの表情を見て、何があったのか悟ったようだった。
「力になれなくて……」
「いえ」
セイは文献を本当に調べてくれていた。以前から、帰りたい方のエイダンを帰らせる呪陣と呪歌はあったけど、実際に使われた記録がないこと。やはりアーガの木の選択に任せるのが正統と考えられていたこと。それに、前のエイダンたちの記録。
「これは、当時の城の召喚士が記録していたものです。エストランド様の前の召喚士になりますね」
紙は古い。シロは読みにくい文字を目で追った。
「……国を分つような反乱軍に与した闇のエイダンは逃亡……光のエイダンはこれを追った」
この時の光のエイダン。タキのことだ。
闇のエイダンはガルデア全域で指名手配となった。それでも反乱の首謀者と共に行方は知れず、国王の配下と光のエイダンはあらゆる方法で探したが、見つけることはできなかった。
「やがて光のエイダンは元の世界の幻を見るようになり、帰還の時が迫ったことを知った。人々は光のエイダンが選ばれたことを嘆き、惜しんだ」
……あれ?
「ところがある日、闇のエイダンが死んだ。このため光のエイダンはこの世界に留まることとなった」
「光のエイダンが元の世界に戻る予定だった?」
「文献にはそのように書かれています」
そんなこと、タキは一言も言わなかった。元の世界からの引き戻しとでも言うのか、幻覚、夢はかなり強烈だ。それも年月が経てば忘れてしまうんだろうか?
「俺も変だなと思っていた」
トランが思い出したように言った。
「前の光のエイダンの話と、伝わっている叙事詩との内容が違う……」
闇のエイダン 人の心を読み
その心操る
この力をもって 裏切り者は膨れ膨らみ
国を分つ軍となる
簡単に口ずさまれたサーガ。闇のエイダンは心を読む力だと言っている。タキが言っていた薬を作るのはもう片方の手の力?そして……。
ネネリオが死ねば、この世界に残れる?
ぶるっと手が震えた。あいつが死ねば。あいつを殺せば。俺はこの世界でいつまでも暮らせる。
「………待って!タキさんに確認をしたい……何が正しいのか」
シュトロウが言った。
「タキさんは元の世界に戻される兆候があったとは言わなかった。でも文献では光のエイダンが戻される方になって幻を見たことになってる。もし……」
文献が本当なら。
シュトロウは次の言葉を飲み込んだ。
「確かめないと」
でももうタキを尋ねる気にはなれなかった。まだ時間はあるのかも知れないけど、かなり遠かった。どうしてこの国の英雄があんな遠くの海辺の街に住んでいるんだ……。
「あの人が来てくれないかな?」
トランが言った。あんなおじいちゃんを?こっちが行く方がまだ早そうだ。どうして?
「彼はタキ・クムシュトラと名乗った」
それで思い出した。俺の名前を聞いて、「与える者」か、シルシの力がそうなのかな、と言った。それなら、クムシュトラは?
「クムシュトラは古代アービ語で『速く走る者』。移動に関わるシルシだったんじゃないかな?」
すぐに左の手にリジンする。窓からカァーとナァーを呼ぶ。
「アノ、海のトコォー?」
「そう。俺たちが話をしていた、灯台の下の家のおじいさん。あの人に手紙を届けてほしい……どれくらいかかる?」
「ンート、明日かナァー」
「頼んだ。帰ってきたらなんでも好きなもんをやる」
手紙をセイに書いてもらおうとしたら、ネリが口を開いた。
「待ってください。カラスたちより……」
ネリが窓辺で両手を差し出す。その両手を金髪のエルフが取った。
「エアリアル。お願いがあります」
「ネリ!こんな話にあんまりエルフを……」
「今は忙しくないから、聞いてあげるさ。はじまりのエルフがいないと、俺たちも始まらないからね。春先なら無理だよ、受粉させないといけない」
エアリアルはにやっと笑って、セイの手紙を受け取って飛んで行った。
「……だって、私だって何かしたい……」
私には何の力もない、とネリは言った。
その日は城に泊まることになり、東の塔の部屋を借りた。明日タキと話せればいいが。
ただ、それも虚しいと思う。確かめてどうするって言うんだ。もし文献の通りで、戻らない方のエイダンが死ねば残ることができるのが本当なら、俺は、ネネリオを。
殺さないといけない。
心がぐらぐらとする。殺してでもここに残りたい。人を殺してまで残りたくない。いいじゃないか、ネネリオは悪人だ。シルシを一つ失ってなお、悪いことをし続けている。いや、だめだろ。どんなやつでもどんな理由でも、殺していいなんてことはない……。そう。もし文献が本当でも、それは希望じゃない。選択肢が増えるだけ。どっちの悪夢を取るかっていう。
ネリが、召喚士はどんな話をしたのか、と聞いてきたので、ざっくり説明した。タキは元の世界に戻る兆候には全く触れなかったけど、文献では光のエイダンが元の世界に戻されそうになっているところを、闇のエイダンが死んだために残ることになったと書いてある。何が本当なのか確かめたい。
「……リム ネネリオ デル ハ テル ネタ マ」(もしネネリオが死ねば、あなたはここにいるの)
「シ……ネ、エタイ マ」(そう……まだわからない)
「イル リム クツト ネネリオ!」(なら私がネネリオを殺します!)
「ネー……ネリ、オー ネー」(だめだよ、絶対だめ)
「……キ ヨム ウルー、クツト ハ、ス イル トワ……ネー ネタ アロ……」(私もセイレーンのようにあなたを殺して、虜にしてしまいたい。どこにも行かないで)
ネリは肩を震わせて激しく泣いていた。拭っても拭っても次々に涙が溢れて出てくる。
「キ オー タヌ アーガ ネ シロ シーマ……」(アーガにあんなにシロを選ばないでと頼んだのに)
「……ん?ハ タヌ?アーガ?」
「イルアーガ シーマ フフ アス エラン イル。アーガ ソーマ シロ エーノ エラン エ リム レツル ウセ アキ リテ マ……」
「ネリ……ハ クンワ フフ シーマ?」(ネリ……お前は誰が選ばれるか知ってたのか?)
「……シ」(……はい)
「そうだったのか……」
そうか。ネリは知っていたんだなあ。元の世界で悪いことばかりしたから、元の世界で償えということかとも思ったりもしたけど……。
「……もういいんだ、ネリ」
アーガの木の決めたこと。それを覆すには誰かがそれだけのことをしなければならない。
左手にリジンする。しゃっくりあげる体を抱く。
あなたが好き。
この気持ちは、いつも本物……
あの日のトランの歌を思い出す。ネリには歌詞が分からなかったはずだ。
木陰であなたを待つ
川べりであなたを待つ
「愛しています 言葉はいらない……」
お前に聞いてほしい。そんなにうまくないけど。
わたしの手を取っておくれ
「……っ……シロ……」
ネネリオの死を望むのは、やめよう。
俺はそんな手でネリに触れたくない。
俺がいなくなったら。誰かお前を、お前たちを必要だと思うやつがいるようにと願う。シュトロウやカインが、トランが、この世界の全ての人が、このまま平和で……。
俺は何事もなく、元の世界に溶け込んで。
俺の記憶がなくなっても、この一瞬は本当にあったことだ。
愛しています、言葉はいらない……
本当にあったことだよ。
「力になれなくて……」
「いえ」
セイは文献を本当に調べてくれていた。以前から、帰りたい方のエイダンを帰らせる呪陣と呪歌はあったけど、実際に使われた記録がないこと。やはりアーガの木の選択に任せるのが正統と考えられていたこと。それに、前のエイダンたちの記録。
「これは、当時の城の召喚士が記録していたものです。エストランド様の前の召喚士になりますね」
紙は古い。シロは読みにくい文字を目で追った。
「……国を分つような反乱軍に与した闇のエイダンは逃亡……光のエイダンはこれを追った」
この時の光のエイダン。タキのことだ。
闇のエイダンはガルデア全域で指名手配となった。それでも反乱の首謀者と共に行方は知れず、国王の配下と光のエイダンはあらゆる方法で探したが、見つけることはできなかった。
「やがて光のエイダンは元の世界の幻を見るようになり、帰還の時が迫ったことを知った。人々は光のエイダンが選ばれたことを嘆き、惜しんだ」
……あれ?
「ところがある日、闇のエイダンが死んだ。このため光のエイダンはこの世界に留まることとなった」
「光のエイダンが元の世界に戻る予定だった?」
「文献にはそのように書かれています」
そんなこと、タキは一言も言わなかった。元の世界からの引き戻しとでも言うのか、幻覚、夢はかなり強烈だ。それも年月が経てば忘れてしまうんだろうか?
「俺も変だなと思っていた」
トランが思い出したように言った。
「前の光のエイダンの話と、伝わっている叙事詩との内容が違う……」
闇のエイダン 人の心を読み
その心操る
この力をもって 裏切り者は膨れ膨らみ
国を分つ軍となる
簡単に口ずさまれたサーガ。闇のエイダンは心を読む力だと言っている。タキが言っていた薬を作るのはもう片方の手の力?そして……。
ネネリオが死ねば、この世界に残れる?
ぶるっと手が震えた。あいつが死ねば。あいつを殺せば。俺はこの世界でいつまでも暮らせる。
「………待って!タキさんに確認をしたい……何が正しいのか」
シュトロウが言った。
「タキさんは元の世界に戻される兆候があったとは言わなかった。でも文献では光のエイダンが戻される方になって幻を見たことになってる。もし……」
文献が本当なら。
シュトロウは次の言葉を飲み込んだ。
「確かめないと」
でももうタキを尋ねる気にはなれなかった。まだ時間はあるのかも知れないけど、かなり遠かった。どうしてこの国の英雄があんな遠くの海辺の街に住んでいるんだ……。
「あの人が来てくれないかな?」
トランが言った。あんなおじいちゃんを?こっちが行く方がまだ早そうだ。どうして?
「彼はタキ・クムシュトラと名乗った」
それで思い出した。俺の名前を聞いて、「与える者」か、シルシの力がそうなのかな、と言った。それなら、クムシュトラは?
「クムシュトラは古代アービ語で『速く走る者』。移動に関わるシルシだったんじゃないかな?」
すぐに左の手にリジンする。窓からカァーとナァーを呼ぶ。
「アノ、海のトコォー?」
「そう。俺たちが話をしていた、灯台の下の家のおじいさん。あの人に手紙を届けてほしい……どれくらいかかる?」
「ンート、明日かナァー」
「頼んだ。帰ってきたらなんでも好きなもんをやる」
手紙をセイに書いてもらおうとしたら、ネリが口を開いた。
「待ってください。カラスたちより……」
ネリが窓辺で両手を差し出す。その両手を金髪のエルフが取った。
「エアリアル。お願いがあります」
「ネリ!こんな話にあんまりエルフを……」
「今は忙しくないから、聞いてあげるさ。はじまりのエルフがいないと、俺たちも始まらないからね。春先なら無理だよ、受粉させないといけない」
エアリアルはにやっと笑って、セイの手紙を受け取って飛んで行った。
「……だって、私だって何かしたい……」
私には何の力もない、とネリは言った。
その日は城に泊まることになり、東の塔の部屋を借りた。明日タキと話せればいいが。
ただ、それも虚しいと思う。確かめてどうするって言うんだ。もし文献の通りで、戻らない方のエイダンが死ねば残ることができるのが本当なら、俺は、ネネリオを。
殺さないといけない。
心がぐらぐらとする。殺してでもここに残りたい。人を殺してまで残りたくない。いいじゃないか、ネネリオは悪人だ。シルシを一つ失ってなお、悪いことをし続けている。いや、だめだろ。どんなやつでもどんな理由でも、殺していいなんてことはない……。そう。もし文献が本当でも、それは希望じゃない。選択肢が増えるだけ。どっちの悪夢を取るかっていう。
ネリが、召喚士はどんな話をしたのか、と聞いてきたので、ざっくり説明した。タキは元の世界に戻る兆候には全く触れなかったけど、文献では光のエイダンが元の世界に戻されそうになっているところを、闇のエイダンが死んだために残ることになったと書いてある。何が本当なのか確かめたい。
「……リム ネネリオ デル ハ テル ネタ マ」(もしネネリオが死ねば、あなたはここにいるの)
「シ……ネ、エタイ マ」(そう……まだわからない)
「イル リム クツト ネネリオ!」(なら私がネネリオを殺します!)
「ネー……ネリ、オー ネー」(だめだよ、絶対だめ)
「……キ ヨム ウルー、クツト ハ、ス イル トワ……ネー ネタ アロ……」(私もセイレーンのようにあなたを殺して、虜にしてしまいたい。どこにも行かないで)
ネリは肩を震わせて激しく泣いていた。拭っても拭っても次々に涙が溢れて出てくる。
「キ オー タヌ アーガ ネ シロ シーマ……」(アーガにあんなにシロを選ばないでと頼んだのに)
「……ん?ハ タヌ?アーガ?」
「イルアーガ シーマ フフ アス エラン イル。アーガ ソーマ シロ エーノ エラン エ リム レツル ウセ アキ リテ マ……」
「ネリ……ハ クンワ フフ シーマ?」(ネリ……お前は誰が選ばれるか知ってたのか?)
「……シ」(……はい)
「そうだったのか……」
そうか。ネリは知っていたんだなあ。元の世界で悪いことばかりしたから、元の世界で償えということかとも思ったりもしたけど……。
「……もういいんだ、ネリ」
アーガの木の決めたこと。それを覆すには誰かがそれだけのことをしなければならない。
左手にリジンする。しゃっくりあげる体を抱く。
あなたが好き。
この気持ちは、いつも本物……
あの日のトランの歌を思い出す。ネリには歌詞が分からなかったはずだ。
木陰であなたを待つ
川べりであなたを待つ
「愛しています 言葉はいらない……」
お前に聞いてほしい。そんなにうまくないけど。
わたしの手を取っておくれ
「……っ……シロ……」
ネネリオの死を望むのは、やめよう。
俺はそんな手でネリに触れたくない。
俺がいなくなったら。誰かお前を、お前たちを必要だと思うやつがいるようにと願う。シュトロウやカインが、トランが、この世界の全ての人が、このまま平和で……。
俺は何事もなく、元の世界に溶け込んで。
俺の記憶がなくなっても、この一瞬は本当にあったことだ。
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