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 最初は夢。リアルな。とても、とてもリアルな。そして地図の変化。それから、ドアの外の景色。
「地図はお持ちですか?」
「いや、びっくりして……ぞっとして捨てちまったんです」
「ドアの外に出てみました?」
「出てないです。あっと思ってドアを閉めました。すぐネリに開けてもらったら、普通になってました」
「ふむ」
 セイはさらさらとメモを取ると、大きな本を持ってきてページを繰った。
「実はエイダンについてはわからないことが多いんです。ドルゴン殿の代では召喚はなかった。その前の代となるともう、50年も前の話で……あった」
 シロはセイが指さした文字を必死に読んだ。エイダンについて。エイダンは必ず二人召喚され、光と闇の一対となっている。王が努力し、国民が力を合わせてもなお苦しみが続く時、それを終わらせる力を持つ。
「ただし」
 二人のエイダンは必ず一人が国を救い、一人が国を滅ぼす星である。いずれを辿るかは約束されていない。エイダンは元の世界にそぐわぬ者が選ばれるが、もし帰還を望む時、それは次の方法で叶えられる。
「ひとつに、呪術師により下記の呪陣を描き呪文を唱えること。ひとつに、伝えられし呪歌を真なる吟遊詩人が歌うこと。エイダンが帰還を望まぬ時は、アーガの木がいずれか一人を選ぶ」
 あとは呪陣と思われる模様と、初めて見る記号のようなものが並んでいるだけだ。これがやはり譜面なのか。
「これが、この意味がわからなかったのです。アーガの木がいずれか一人を選ぶ。あなたの状況を伺うに、いずれか一人を元の世界に返すことを言っているみたいですね」
「何で俺なんだ……」
 素直に出てきた気持ちだった。だって、この国を、そんな気はなかったにしても結果的に救ったのは俺だ。エルフたちが帰ってきたのだって、俺が願ったからだ。泥棒もすっぱりやめて、村で村人の一人として、毎日水を汲み、仕事をして、家を手入れし、ネリと普通に、穏やかに暮らしている。誰にも危害を加えるつもりはない、それなのに……

 アーガの木は、俺がこの世界に不要だと言うのか。

「帰りたくない!ネネリオより俺の方が絶対にここにいる理由があるのに、どうして俺なんだ!」
 セイは困った顔をして俯いた。
「アーガの木が選ぶというなら、私たちにできることはありません……。あなたが選ばれたのなら、それはそうする理由がアーガの木にはあるのでしょう」
「あのなあ!」
 思わずテーブルをがつんと叩いてしまった。ネリがその拳を白い手で握った。
「あんたは勝手に俺を呼び出して、役目が終わったから用済みでいいだろう。でも俺は……」
 言葉にならない。俺はここに来てまさに転生したんだ。生まれ変わった。目が開いた。驚くほど沢山のものをもらった。これらを、また全部むしり取られてあんな世界に勝手に返されるのか……。
「……ごめんなさい、そんな言い方しかできなくて。ただ、この文を読む限り、どうしてもアーガの木が選んだ人が帰らないといけないわけじゃない。可能性としては……」
「もう一人のエイダンが元の世界に帰ればいい。アーガの木が送り返す前に。そうですね」
 トランが文を指差しながら言った。
「そうね。ネネリオが帰ると決めて、私が呪陣を組めさえすれば」
「あるいは、俺が呪歌を歌いさえすれば」
「……」
「シロ、一度家に帰って支度して。ネネリオを探し出そう。ネネリオに元の世界に帰ってもらうんだ」
「私ももっと文献がないか探してみます。何か見つかったら知らせるわ」
「……ありがとう………」



 馬車を捕まえ、急いで村で支度をした。カラスたちにも協力してほしい。明け方に前から世話になっている二羽を呼んだ。
「カァー!ナァー!」
「ドシタノォー」
「タビィー?」
「そう……あの、歌うたいのやつ、あいつを探したいんだ。しばらく旅をする。それでお願いなんだけど、一緒に来てくれないか。前みたいに、先導とか手紙を運んだりとかお願いしたいんだ」
「いいヨォーッ!」
「イーヨー!」
 ほっとした。このカラスたちは本当に頼りになるんだ。どんなにこれまで助けられたかわからない。ブラーフも連れて行きたいところだが、トランもいるから、馬車での移動が多くなるだろう。それに彼は今は幸せそうにカインの家の手伝いをしている。何より長旅の辛いおじいちゃん馬だし。あとは……。
 いや。充分だ。行かないと。真夏はすぐ来てしまう。無駄にする時間はない。朝早くからダイゴンに行商に行く馬車の荷台に乗らせてもらう。ゆらゆらと揺られる。ふと目をやると、村の小さな屋根屋根が見えるはずが、元の世界の街並みになっている。吉松屋。丸橋デパート。ドラッグストア。このまま荷台から飛び降りたら、元の世界の街の真ん中に放り出されてしまうのか。目を瞑る。まだ行かない。ここから出てたまるか。何もかも忘れてたまるか。なぜ俺を帰らせようとするのか、アーガの木のことはわからない。でも、できるだけしがみついてやる。



 ダイゴンの領都に着くと、広場でトランがシロを待っていた。トランの隣によく知っている背中がある。高く結った金髪。背中に担いだ弓。色の違う矢が何本かずつ入った矢筒……。
「シュトロウ?」
「おう。おはよう」
 どうして?たまたま?肉を売りに来た?
「昨日肉をお前んちに持ってったら、隣の家の人がネリとダイゴンに行ったみたいだって言うから、なんかあったなと思って。昨日から俺もここに来てた」
「……そんな。ばかじゃねーのか。なんも……」
 ばかじゃねーの。なんで来ちゃうんだ。また助けてほしいって、言わなかったのに。
「ごめん!トランから聞いちまった。俺も行くよ、人手は多い方がいいだろ。お前よりはこの国のことも詳しいしさ」
「そんな……だって、お前だって家のこと……」
「ノアのシルシも育ってきたし、親父もまだまだ現役だから大丈夫だよ。むしろ今しか家なんか開けられないよ。連れて行けよ、旅に」
 カラスたちよりブラーフより、声を掛けたかったやつ。
「泣くなよ?感動か?」
「……泣いてねーよ」

 



「ネネリオ殿はしばらくは西の牢に幽閉されていました。まあ、王を操って危うく戦争を起こすところだったのですから、それは免れなかったでしょう。本来ならすぐさま死刑になるような大罪です。ただ、結果的に未遂で終わったこと、彼がエイダンだったこと、何よりすでにシルシを一つ失っていたことから、もう罰を受けているということとなり、減刑され国外追放になりました」
 セイは知っていることを残らず教えてくれた。
「私が彼と連絡が取れたのは彼が幽閉されていたからです。彼はタトワとの国境付近で追放されたはずなので、おそらくタトワのどこかにはいるでしょう……。私から各領境と、タトワの国境を行き来するための紹介状を書きましょう。不自由なくとは言えませんが、少なくとも門前払いはされないはずです」
「ありがとうございます。色々……」
「いいえ。あなたの言った通りです。私はこの国を助けたいと思って術を使いました。でもあなたの気持ちは考えていなかった。別な世界に無理矢理呼び出しておいて、用が済んだらあとは知らない、なんて、無責任ですよね……。あなたを呼び出した召喚士として、できることはさせていただきます」
 そして馬車まで貸してくれた。城の紋章が入っているので、セイの紹介状とこの馬車に乗っていれば、どこの関所も通ることができた。二日でタトワとガルデアの国境の町、ソーレについた。

 
 
 
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