Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

文字の大きさ
上 下
225 / 229
09 「ふたり」の形

24 Baltroy (2:2)

しおりを挟む
「お疲れさん! 乾杯」

 かちんとグラスを当ててビールを飲み干す。ヴェスタは途中で飲みきれなくなったが、ほかの3人のグラスは空になった。

「どうもありがとう。君たちに頼んで良かった。コールドケースにはしたくなかったからね」

 キンバリーはおかわりをテーブルについたブリングで注文しながら言った。

「診療録の保管は院長の責任だし、エミールが捨てた証拠もないからたぶん罰金くらいは付くんじゃないかな。なんでもかんでもエミールに押し付けようとしてるけど、審判員も馬鹿じゃないからね。とはいえ、メアリの件はレプリカントが犯人てのは思いつかなかったけど」
「いや、結構捕まるレプリカントもいるんですよ。詐欺とか、直接ヒューマンに手を出さないようなやつで」
「なるほどね」

 今日の集合場所はまるで海賊たちの酒場みたいな、巨大な木製のワイヤーリールや木箱がテーブルや椅子になっている野趣溢れる造りだった。ランタンを模したあかり、一人席は樽がテーブル代わり。騒々しい店だ。

「そう言えば、どうやったんですか? ログバートを捕まえる時。キンバリーさんが……」
「ああ。あれね、教える約束だったね」

 キンバリーはちょっと屈んで車椅子の台座からゴーグルを取り出した。それを掛けるよう促されて、着けてみる。

「あれ」
「今、署の機材室にあるから。ガラクタが見えるでしょう。暗視がついてるから」

 その通りだった。目の前に救急セットやよくわからない箱の山、今時珍しいバインダーがぎっちり収まった頑丈そうな棚が見える。何かに付いたカメラの映像。

「それね、ドローンにつけたカメラの映像なんだ。最大で時速200キロで飛べる、結構大きいやつ。それを飛ばして、犯人を追いかけ回すわけ」
「一度に4台までキムは操縦できるんだよ」

 コンロンが追加した。4台?

「一度に4台?」
「そう。今は1台しか動かしてないけど、もう3台同時に動かすんだ。画面が四分割になって、なかなか忙しい」

 なかなか忙しいなんてもんじゃない。普通なら無理だ。

「混乱しませんか? 凄い」

 ゴーグルを返しながら言うと、キンバリーは少し照れたように笑った。

「そうでもないと追いつかなくて。僕、義足が付けられないんですよね。ラテックスとシリコンにアレルギーがあって。車椅子ではどうしても制限があるんで、別な発想で、僕が動けなくても別なものでコンロンについて行こうと思って」
「おかげでまあ、逃したことないよね、逃げられても。地の果てまでキムが追うよ」
「はは」

 この2人が警察で一番だ、ヒーローだと言われるわけだ。それに見合った実力と努力がある。

「ところで、バルトロイさん、指輪してるね。この前はしてなかった」

 コンロンが自分の左手の薬指を指した。コンロンの指にも指輪がある。

「ああ、結婚したので。3日前」
「え? 最近だね! 誰と?」
「この」

 顔を真っ赤にして俯いたヴェスタを指すと、コンロンとキンバリーは笑った。

「おめでとう! 今日は奢るね」
「バディ同士でか。コンビ解消できないねえ」
「お二人は長いんですよね? コンビ」
「そうそう。22年。僕がまだ歩けた時も、車椅子になってからもずっと」
「懐かしいね」

 キンバリーが片足を失った事件は保安機構ではなかなか有名だった。

 ある日、彼らは強盗の乗ったエア・バイクを追跡していた。コンロンは公用のエア・バイク、キンバリーはパトカーだった。慌てた強盗は彼らを巻こうと反対車線に飛び出したが、あいにくそこには大きなトレーラータイプのオートキャリアが曲がってきているところだった。強盗はそれに突っ込んでバウンドし、そのエア・バイクが追ってきたキンバリーのパトカーを直撃した。

 トレーラーは発火性の荷物を積んでいて、事故の火花であっという間に引火した。でも飛んできて車体に突き刺さったエア・バイクのせいで、キンバリーは座席に足を挟まれて動けなくなっていた。コンロンがなんとかドアを外側から開けたが、がっちりと膝の上に食い込んだ破片はびくともせず、そこからの出血であたりは血まみれだった。


「あの時は死ぬと思った。火の手は迫ってきてるし、足は抜けないし、結構血も出てる。嫌な死に方になったなって」

 でもコンロンは諦めなかった。彼はメスでキンバリーの脚の膝から下を切り落として、素手で足の骨を折った。そして痛みで気絶した彼を車から引き摺り出した。

「伝説ですよね」
「本人は必死だったんだけどね。他にやりようがない」
「あ、ヴェスタさん、大丈夫かな?」

 ヴェスタが真っ青になっていた。髪も顔色も。

「ちょっと風に当たりますか? こっちへ」

 キンバリーがヴェスタを連れて席を離れる。ヴェスタには少し刺激が強かったかも知れない。

「あのね、ゴーシェ・ノッディングハムの件」

 2人になるとコンロンが声を抑えて言った。

「彼、保安総局病院に移送された」
「……」
「再発って聞いている。癌をやってるんだね。運ばれた時の状態では意識がないってことだった。今はどういう状態なのかわからない。念のため知らせたいと思って」
「ありがとうございます」
「君たちと彼はどんな関係なの?」

 どんな……。

「なんでしょうね。俺にもわからないんです。腐れ縁なんですかね」

 コンロンは表情を出さない彼にしては珍しく、ふっと笑った。

「拉致監禁される腐れ縁。なかなかないね」
「そうですね」

 でも本当にわからない。どうしてあんなに俺に執着するのか。ただの好みの問題なのか? ハイブリッドという共通点のためか?

「どうしてなのか……そんなに接触したことも無いんですが」
「でもなんとなくわかるよ。君のことが気になっちゃうんだろうね」
「なんでですかね?」
「君にはなんて言うか……スタイルがあるから」

 スタイル。



 
 
 
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

君に触れたい

むらさきおいも
BL
ある日、売れっ子小説家の紫雨(しぐれ)が出会ったのは綺麗な顔立ちの男の子。 素性も分からない彼に興味を持った紫雨は段々とその彼に惹かれていく。 しかし紫雨は彼に触れることが出来ない… その理由とは…? だんだんと距離は縮まっていくのにお互い秘密を隠しながらすれ違い傷ついていく… 二人はこの先幸せになることが出来るのだろうか… ※第11回BL小説大賞参加作品

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

処理中です...