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09 「ふたり」の形
24 Baltroy (2:2)
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「お疲れさん! 乾杯」
かちんとグラスを当ててビールを飲み干す。ヴェスタは途中で飲みきれなくなったが、ほかの3人のグラスは空になった。
「どうもありがとう。君たちに頼んで良かった。コールドケースにはしたくなかったからね」
キンバリーはおかわりをテーブルについたブリングで注文しながら言った。
「診療録の保管は院長の責任だし、エミールが捨てた証拠もないからたぶん罰金くらいは付くんじゃないかな。なんでもかんでもエミールに押し付けようとしてるけど、審判員も馬鹿じゃないからね。とはいえ、メアリの件はレプリカントが犯人てのは思いつかなかったけど」
「いや、結構捕まるレプリカントもいるんですよ。詐欺とか、直接ヒューマンに手を出さないようなやつで」
「なるほどね」
今日の集合場所はまるで海賊たちの酒場みたいな、巨大な木製のワイヤーリールや木箱がテーブルや椅子になっている野趣溢れる造りだった。ランタンを模したあかり、一人席は樽がテーブル代わり。騒々しい店だ。
「そう言えば、どうやったんですか? ログバートを捕まえる時。キンバリーさんが……」
「ああ。あれね、教える約束だったね」
キンバリーはちょっと屈んで車椅子の台座からゴーグルを取り出した。それを掛けるよう促されて、着けてみる。
「あれ」
「今、署の機材室にあるから。ガラクタが見えるでしょう。暗視がついてるから」
その通りだった。目の前に救急セットやよくわからない箱の山、今時珍しいバインダーがぎっちり収まった頑丈そうな棚が見える。何かに付いたカメラの映像。
「それね、ドローンにつけたカメラの映像なんだ。最大で時速200キロで飛べる、結構大きいやつ。それを飛ばして、犯人を追いかけ回すわけ」
「一度に4台までキムは操縦できるんだよ」
コンロンが追加した。4台?
「一度に4台?」
「そう。今は1台しか動かしてないけど、もう3台同時に動かすんだ。画面が四分割になって、なかなか忙しい」
なかなか忙しいなんてもんじゃない。普通なら無理だ。
「混乱しませんか? 凄い」
ゴーグルを返しながら言うと、キンバリーは少し照れたように笑った。
「そうでもないと追いつかなくて。僕、義足が付けられないんですよね。ラテックスとシリコンにアレルギーがあって。車椅子ではどうしても制限があるんで、別な発想で、僕が動けなくても別なものでコンロンについて行こうと思って」
「おかげでまあ、逃したことないよね、逃げられても。地の果てまでキムが追うよ」
「はは」
この2人が警察で一番だ、ヒーローだと言われるわけだ。それに見合った実力と努力がある。
「ところで、バルトロイさん、指輪してるね。この前はしてなかった」
コンロンが自分の左手の薬指を指した。コンロンの指にも指輪がある。
「ああ、結婚したので。3日前」
「え? 最近だね! 誰と?」
「この」
顔を真っ赤にして俯いたヴェスタを指すと、コンロンとキンバリーは笑った。
「おめでとう! 今日は奢るね」
「バディ同士でか。コンビ解消できないねえ」
「お二人は長いんですよね? コンビ」
「そうそう。22年。僕がまだ歩けた時も、車椅子になってからもずっと」
「懐かしいね」
キンバリーが片足を失った事件は保安機構ではなかなか有名だった。
ある日、彼らは強盗の乗ったエア・バイクを追跡していた。コンロンは公用のエア・バイク、キンバリーはパトカーだった。慌てた強盗は彼らを巻こうと反対車線に飛び出したが、あいにくそこには大きなトレーラータイプのオートキャリアが曲がってきているところだった。強盗はそれに突っ込んでバウンドし、そのエア・バイクが追ってきたキンバリーのパトカーを直撃した。
トレーラーは発火性の荷物を積んでいて、事故の火花であっという間に引火した。でも飛んできて車体に突き刺さったエア・バイクのせいで、キンバリーは座席に足を挟まれて動けなくなっていた。コンロンがなんとかドアを外側から開けたが、がっちりと膝の上に食い込んだ破片はびくともせず、そこからの出血であたりは血まみれだった。
「あの時は死ぬと思った。火の手は迫ってきてるし、足は抜けないし、結構血も出てる。嫌な死に方になったなって」
でもコンロンは諦めなかった。彼はメスでキンバリーの脚の膝から下を切り落として、素手で足の骨を折った。そして痛みで気絶した彼を車から引き摺り出した。
「伝説ですよね」
「本人は必死だったんだけどね。他にやりようがない」
「あ、ヴェスタさん、大丈夫かな?」
ヴェスタが真っ青になっていた。髪も顔色も。
「ちょっと風に当たりますか? こっちへ」
キンバリーがヴェスタを連れて席を離れる。ヴェスタには少し刺激が強かったかも知れない。
「あのね、ゴーシェ・ノッディングハムの件」
2人になるとコンロンが声を抑えて言った。
「彼、保安総局病院に移送された」
「……」
「再発って聞いている。癌をやってるんだね。運ばれた時の状態では意識がないってことだった。今はどういう状態なのかわからない。念のため知らせたいと思って」
「ありがとうございます」
「君たちと彼はどんな関係なの?」
どんな……。
「なんでしょうね。俺にもわからないんです。腐れ縁なんですかね」
コンロンは表情を出さない彼にしては珍しく、ふっと笑った。
「拉致監禁される腐れ縁。なかなかないね」
「そうですね」
でも本当にわからない。どうしてあんなに俺に執着するのか。ただの好みの問題なのか? ハイブリッドという共通点のためか?
「どうしてなのか……そんなに接触したことも無いんですが」
「でもなんとなくわかるよ。君のことが気になっちゃうんだろうね」
「なんでですかね?」
「君にはなんて言うか……スタイルがあるから」
スタイル。
かちんとグラスを当ててビールを飲み干す。ヴェスタは途中で飲みきれなくなったが、ほかの3人のグラスは空になった。
「どうもありがとう。君たちに頼んで良かった。コールドケースにはしたくなかったからね」
キンバリーはおかわりをテーブルについたブリングで注文しながら言った。
「診療録の保管は院長の責任だし、エミールが捨てた証拠もないからたぶん罰金くらいは付くんじゃないかな。なんでもかんでもエミールに押し付けようとしてるけど、審判員も馬鹿じゃないからね。とはいえ、メアリの件はレプリカントが犯人てのは思いつかなかったけど」
「いや、結構捕まるレプリカントもいるんですよ。詐欺とか、直接ヒューマンに手を出さないようなやつで」
「なるほどね」
今日の集合場所はまるで海賊たちの酒場みたいな、巨大な木製のワイヤーリールや木箱がテーブルや椅子になっている野趣溢れる造りだった。ランタンを模したあかり、一人席は樽がテーブル代わり。騒々しい店だ。
「そう言えば、どうやったんですか? ログバートを捕まえる時。キンバリーさんが……」
「ああ。あれね、教える約束だったね」
キンバリーはちょっと屈んで車椅子の台座からゴーグルを取り出した。それを掛けるよう促されて、着けてみる。
「あれ」
「今、署の機材室にあるから。ガラクタが見えるでしょう。暗視がついてるから」
その通りだった。目の前に救急セットやよくわからない箱の山、今時珍しいバインダーがぎっちり収まった頑丈そうな棚が見える。何かに付いたカメラの映像。
「それね、ドローンにつけたカメラの映像なんだ。最大で時速200キロで飛べる、結構大きいやつ。それを飛ばして、犯人を追いかけ回すわけ」
「一度に4台までキムは操縦できるんだよ」
コンロンが追加した。4台?
「一度に4台?」
「そう。今は1台しか動かしてないけど、もう3台同時に動かすんだ。画面が四分割になって、なかなか忙しい」
なかなか忙しいなんてもんじゃない。普通なら無理だ。
「混乱しませんか? 凄い」
ゴーグルを返しながら言うと、キンバリーは少し照れたように笑った。
「そうでもないと追いつかなくて。僕、義足が付けられないんですよね。ラテックスとシリコンにアレルギーがあって。車椅子ではどうしても制限があるんで、別な発想で、僕が動けなくても別なものでコンロンについて行こうと思って」
「おかげでまあ、逃したことないよね、逃げられても。地の果てまでキムが追うよ」
「はは」
この2人が警察で一番だ、ヒーローだと言われるわけだ。それに見合った実力と努力がある。
「ところで、バルトロイさん、指輪してるね。この前はしてなかった」
コンロンが自分の左手の薬指を指した。コンロンの指にも指輪がある。
「ああ、結婚したので。3日前」
「え? 最近だね! 誰と?」
「この」
顔を真っ赤にして俯いたヴェスタを指すと、コンロンとキンバリーは笑った。
「おめでとう! 今日は奢るね」
「バディ同士でか。コンビ解消できないねえ」
「お二人は長いんですよね? コンビ」
「そうそう。22年。僕がまだ歩けた時も、車椅子になってからもずっと」
「懐かしいね」
キンバリーが片足を失った事件は保安機構ではなかなか有名だった。
ある日、彼らは強盗の乗ったエア・バイクを追跡していた。コンロンは公用のエア・バイク、キンバリーはパトカーだった。慌てた強盗は彼らを巻こうと反対車線に飛び出したが、あいにくそこには大きなトレーラータイプのオートキャリアが曲がってきているところだった。強盗はそれに突っ込んでバウンドし、そのエア・バイクが追ってきたキンバリーのパトカーを直撃した。
トレーラーは発火性の荷物を積んでいて、事故の火花であっという間に引火した。でも飛んできて車体に突き刺さったエア・バイクのせいで、キンバリーは座席に足を挟まれて動けなくなっていた。コンロンがなんとかドアを外側から開けたが、がっちりと膝の上に食い込んだ破片はびくともせず、そこからの出血であたりは血まみれだった。
「あの時は死ぬと思った。火の手は迫ってきてるし、足は抜けないし、結構血も出てる。嫌な死に方になったなって」
でもコンロンは諦めなかった。彼はメスでキンバリーの脚の膝から下を切り落として、素手で足の骨を折った。そして痛みで気絶した彼を車から引き摺り出した。
「伝説ですよね」
「本人は必死だったんだけどね。他にやりようがない」
「あ、ヴェスタさん、大丈夫かな?」
ヴェスタが真っ青になっていた。髪も顔色も。
「ちょっと風に当たりますか? こっちへ」
キンバリーがヴェスタを連れて席を離れる。ヴェスタには少し刺激が強かったかも知れない。
「あのね、ゴーシェ・ノッディングハムの件」
2人になるとコンロンが声を抑えて言った。
「彼、保安総局病院に移送された」
「……」
「再発って聞いている。癌をやってるんだね。運ばれた時の状態では意識がないってことだった。今はどういう状態なのかわからない。念のため知らせたいと思って」
「ありがとうございます」
「君たちと彼はどんな関係なの?」
どんな……。
「なんでしょうね。俺にもわからないんです。腐れ縁なんですかね」
コンロンは表情を出さない彼にしては珍しく、ふっと笑った。
「拉致監禁される腐れ縁。なかなかないね」
「そうですね」
でも本当にわからない。どうしてあんなに俺に執着するのか。ただの好みの問題なのか? ハイブリッドという共通点のためか?
「どうしてなのか……そんなに接触したことも無いんですが」
「でもなんとなくわかるよ。君のことが気になっちゃうんだろうね」
「なんでですかね?」
「君にはなんて言うか……スタイルがあるから」
スタイル。
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