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09 「ふたり」の形
11 Baltroy (嵐)
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「いえ。何も新しいことは……はい。どうもありがとうございます。拝見します」
コンロンからのコールを切る。結局、ヴェスタは日曜日も俺から隠れるみたいに部屋から出てこなくて、話はおろかまともに顔を見ることもできなかった。何だってんだ。いや。
わかってる。思い出した。この空気感。
「ヴェスタ、ほら。コンロンから新しいデータ。SNSの関係者。で、これで何もわからなかったら少し様子見しようって」
「はい」
ヴェスタは感情のない人形みたいに淡々と仕事をする。現況コールをして、メアリの自殺幇助の件を検討して。オートキャリアの中では一緒だから月曜に話しかけてみたけど、ヴェスタは目を逸らして髪を群青色にして俯くだけだった。
「……あーあ……」
まじか………。
仕方がない。わかってるだろ。俺はめんどくさいやつなんだよ。体質も気質も。むしろヴェスタはよく付いて来たもんだ。それに、覚悟してたんじゃないのかよ。一度は。一年か二年で身を引いて、あいつを見送るって。
おい。実現しただけだ。しっかりしろ。いい歳だろ。高校生じゃないんだ。ナイーブに傷つくのはやめろ。見苦しい。もう何回目だよ。次の展開も知ってるはずだ。
もう少ししたら言われる。「話があるの。大事な話」。
「……バル、この人、コールに全然応答しない。三度目だし画像もかかってこないから……」
「うん」
これだから職場恋愛てのは嫌なんだよ。
結局それから、二週間何も動かなかった。自殺幇助の件もスタックしたまま。ヴェスタもよそよそしいまま。辛い。家に好きなやつと住んでいるのに、話もできない。
金曜日の夜になっていた。ヴェスタは土曜日に誰かと会っている。たぶんレプリカントの誰か。俺が知らないやつ。まだやってはいない、でもヴェスタには触れている。匂いが付くくらいには。例えば、手を繋いだり。例えば、肩を抱いたり。例えば……
ぴったり体を寄せて、身を預けるヴェスタ。
ひと月前まではそれは俺だったのにな。嘘みたいだ。明日またヴェスタは朝から出かけて、そいつと会って、この家に戻ってくる。青い髪で。きっとそいつと会っている時は、緑なんだろう。
しばらく一人でしか寝てないから、すっかり自分のにおいしかしなくなったベッドに寝転ぶ。照明が最低まで落ちる。もういい。寝る。気持ちを取り戻そうとは思わない。若い頃やってみて、戻ってきた試しがなかったからな。もしかするとまたバディを変えないといけないかもしれない。次は? ヒューマンかな? 別なレプリカントを買うか? 次は支配率が30あるやつ……。
「ふ……」
考えただけで虚しい。人工知能に本心を矯正させて言うことを聞かせるのか。命令だ、俺の恋人でいろ。はは。
ヴェスタ、お前はヒューマンがレプリカントと結局結婚する気を無くすって言う。でもそれはレプリカントのせいじゃない。中にはほんとに、ただ気に入らなくて結婚しないやつもいると思う。でも大半は、たぶん……
ふっとドアが開いた。匂いが流れ込んでくる。ドンと体中に血が一気に巡った。微かだが、頭のネジをほじくり返してくる匂い……。
「おい!」
ヴェスタがベッドの横に立つ。やめろ。
「来るな! 何で……」
息が上がってくる。血が一点に集まって沸騰している。叫び出しそうな衝動。
「なんで……そんなもん付けて……」
4年半ぶりに嗅ぐ、イグニスの香水。捨てたはずだろ? こんなもののためにお前を抱きたくない。せめて部屋の外に出て欲しい。もうあの時みたいに、お前のことを使いたくない……。
「……苦しい?」
苦しい。何でだ、ヴェスタ。
「来るなって!! やめろ……どうして……」
ヴェスタの手が服の上からガチガチに勃起したそれを撫でる。効き目を確かめるみたいに。
「うあっ……」
「ごめんね」
ごめんね? ヴェスタが柔らかい唇を俺の唇に重ねる。1ヶ月ぶりだ。やめろ。今そうされたら理性が弾け飛んでしまう。ヴェスタがゆっくりとベッドに上がり、俺の体に馬乗りになる。ヴェスタの体の重さと熱さ。さらさらと頬に落ちかかってくる髪。
「バカ! バカだな……」
白くて細い肩を掴んで組み敷く。部屋着を引き剥がす。こんな風に、こんな風にお前を抱きたいんじゃないんだよ。こんな香水なんて要らないんだ。こんなものを使うから、俺は俺の快楽を追うことしかできなくなる。頼むからこんなもんを二度と使わないでくれ。俺は誰かとセックスがしたいんじゃないんだ。お前を抱きたいんだよ。
「バカ……」
嵐のような強烈な発情が終わって、めちゃくちゃにしてしまったヴェスタをやっと見た。ヴェスタはぐったりと目を閉じている。
「……おい、大丈夫か?」
薄い照明の中にヴェスタの白い肌が浮かぶように見える。広がる髪。長いまつ毛。薄紅色の唇。これが俺のものでなくなる?
嘘だろう。
髪を撫でる。真っ白に見える。青いのか緑なのかわからないくらいに。ヴェスタの目がゆっくり開く。目が合う。
「ヴェスタ」
心臓が抉られる。背中からナイフを刺されたことがあるが、あのくらいに痛みを感じる。物理的な痛みだ。
嘘なんだろ?
ヴェスタは細い腕を背中に回してぎゅっと抱きついてきた。ヴェスタ自身の淡いにおいがする。
「愛してるんだよ、ヴェスタ」
縛り付けられるものなら。閉じ込めておけるなら。背中のヴェスタの指が硬く握り締められたのがわかった。何を考えてる?
ヴェスタの体温を感じながら、そのまま眠ってしまった。離したくなかった。
コンロンからのコールを切る。結局、ヴェスタは日曜日も俺から隠れるみたいに部屋から出てこなくて、話はおろかまともに顔を見ることもできなかった。何だってんだ。いや。
わかってる。思い出した。この空気感。
「ヴェスタ、ほら。コンロンから新しいデータ。SNSの関係者。で、これで何もわからなかったら少し様子見しようって」
「はい」
ヴェスタは感情のない人形みたいに淡々と仕事をする。現況コールをして、メアリの自殺幇助の件を検討して。オートキャリアの中では一緒だから月曜に話しかけてみたけど、ヴェスタは目を逸らして髪を群青色にして俯くだけだった。
「……あーあ……」
まじか………。
仕方がない。わかってるだろ。俺はめんどくさいやつなんだよ。体質も気質も。むしろヴェスタはよく付いて来たもんだ。それに、覚悟してたんじゃないのかよ。一度は。一年か二年で身を引いて、あいつを見送るって。
おい。実現しただけだ。しっかりしろ。いい歳だろ。高校生じゃないんだ。ナイーブに傷つくのはやめろ。見苦しい。もう何回目だよ。次の展開も知ってるはずだ。
もう少ししたら言われる。「話があるの。大事な話」。
「……バル、この人、コールに全然応答しない。三度目だし画像もかかってこないから……」
「うん」
これだから職場恋愛てのは嫌なんだよ。
結局それから、二週間何も動かなかった。自殺幇助の件もスタックしたまま。ヴェスタもよそよそしいまま。辛い。家に好きなやつと住んでいるのに、話もできない。
金曜日の夜になっていた。ヴェスタは土曜日に誰かと会っている。たぶんレプリカントの誰か。俺が知らないやつ。まだやってはいない、でもヴェスタには触れている。匂いが付くくらいには。例えば、手を繋いだり。例えば、肩を抱いたり。例えば……
ぴったり体を寄せて、身を預けるヴェスタ。
ひと月前まではそれは俺だったのにな。嘘みたいだ。明日またヴェスタは朝から出かけて、そいつと会って、この家に戻ってくる。青い髪で。きっとそいつと会っている時は、緑なんだろう。
しばらく一人でしか寝てないから、すっかり自分のにおいしかしなくなったベッドに寝転ぶ。照明が最低まで落ちる。もういい。寝る。気持ちを取り戻そうとは思わない。若い頃やってみて、戻ってきた試しがなかったからな。もしかするとまたバディを変えないといけないかもしれない。次は? ヒューマンかな? 別なレプリカントを買うか? 次は支配率が30あるやつ……。
「ふ……」
考えただけで虚しい。人工知能に本心を矯正させて言うことを聞かせるのか。命令だ、俺の恋人でいろ。はは。
ヴェスタ、お前はヒューマンがレプリカントと結局結婚する気を無くすって言う。でもそれはレプリカントのせいじゃない。中にはほんとに、ただ気に入らなくて結婚しないやつもいると思う。でも大半は、たぶん……
ふっとドアが開いた。匂いが流れ込んでくる。ドンと体中に血が一気に巡った。微かだが、頭のネジをほじくり返してくる匂い……。
「おい!」
ヴェスタがベッドの横に立つ。やめろ。
「来るな! 何で……」
息が上がってくる。血が一点に集まって沸騰している。叫び出しそうな衝動。
「なんで……そんなもん付けて……」
4年半ぶりに嗅ぐ、イグニスの香水。捨てたはずだろ? こんなもののためにお前を抱きたくない。せめて部屋の外に出て欲しい。もうあの時みたいに、お前のことを使いたくない……。
「……苦しい?」
苦しい。何でだ、ヴェスタ。
「来るなって!! やめろ……どうして……」
ヴェスタの手が服の上からガチガチに勃起したそれを撫でる。効き目を確かめるみたいに。
「うあっ……」
「ごめんね」
ごめんね? ヴェスタが柔らかい唇を俺の唇に重ねる。1ヶ月ぶりだ。やめろ。今そうされたら理性が弾け飛んでしまう。ヴェスタがゆっくりとベッドに上がり、俺の体に馬乗りになる。ヴェスタの体の重さと熱さ。さらさらと頬に落ちかかってくる髪。
「バカ! バカだな……」
白くて細い肩を掴んで組み敷く。部屋着を引き剥がす。こんな風に、こんな風にお前を抱きたいんじゃないんだよ。こんな香水なんて要らないんだ。こんなものを使うから、俺は俺の快楽を追うことしかできなくなる。頼むからこんなもんを二度と使わないでくれ。俺は誰かとセックスがしたいんじゃないんだ。お前を抱きたいんだよ。
「バカ……」
嵐のような強烈な発情が終わって、めちゃくちゃにしてしまったヴェスタをやっと見た。ヴェスタはぐったりと目を閉じている。
「……おい、大丈夫か?」
薄い照明の中にヴェスタの白い肌が浮かぶように見える。広がる髪。長いまつ毛。薄紅色の唇。これが俺のものでなくなる?
嘘だろう。
髪を撫でる。真っ白に見える。青いのか緑なのかわからないくらいに。ヴェスタの目がゆっくり開く。目が合う。
「ヴェスタ」
心臓が抉られる。背中からナイフを刺されたことがあるが、あのくらいに痛みを感じる。物理的な痛みだ。
嘘なんだろ?
ヴェスタは細い腕を背中に回してぎゅっと抱きついてきた。ヴェスタ自身の淡いにおいがする。
「愛してるんだよ、ヴェスタ」
縛り付けられるものなら。閉じ込めておけるなら。背中のヴェスタの指が硬く握り締められたのがわかった。何を考えてる?
ヴェスタの体温を感じながら、そのまま眠ってしまった。離したくなかった。
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