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07 ドミニオン

10 Vesta (昨日の続き)

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 22時12分。エレベーターのドアが開き、ふらりとそのお面をつけた黒づくめの誰かが入ってくる。何かを考えるように、ゆらゆらと体を揺らしながら少し立ち止まり、突き当たりのスペシャルルームに続く廊下を歩き出す。かと思うと俊敏な動作でSPの控室に飛び込んだ。

 2分後、バルがエレベーターから飛び出して控室に。1分もしないうちにお面の人物は何かを手に持ってエレベーターホールに走り出てきて、すっとエレベーターに乗り込んでしまう。バルが追ってくる。肩に血がついているのが、映像からもわかる。閉まる扉に拳を叩きつけるバル。ほんの5分かそこらの出来事。

「防犯カメラがここにしかなかった。エレベーターホール」
「なるほどね」

 テンマはその映像を見て、眉間に皺を寄せた。

「どうしてわかったんだろう……このホテルにドミが行くのは誰も知らないはずなのに」
「知ってるんでしょうね。スケジュールを」

 バルが言うと、テンマはため息をついた。

「……あなた怪我した? 保障は必要?」
「傷はもう大丈夫です。シャツは捨てましたけど」
「じゃあシャツだけでも弁償させて。すぐ本番なので、また後で」

 ライブ会場の控室だった。色んな人が出入りしている。ダンサー、メイク、衣装担当、舞台装置、カメラマン、照明、プロジェクションのプログラマ。ドミニオンは別室に一人でいるはずだ。またドアにSPが張り付いている。

「帰るか。ホテルのゲストルームに。ここはうるさすぎる」
「うん」

 ここでは座ってブリングを見るのも一苦労だ。ドミニオンのライブを見てみたくはあったけど、それは仕事ではない。
 舞台には防弾シールドが張られていて、何か投げつけられたり実弾の銃で撃たれたりしてもはじくようになっているし、SPもドミニオンが連れている三人と会場付けの警備員が沢山いるから、まず大丈夫だろうと思われた。ホテルもオートキャリアで10分足らずで着く。

「さあ。まず誰がドミニオンのそんなスケジュールを知ってるかだ」
「テンマ。プロデューサー。ドミのオーナーの」
「あとは? SPかな」

 10人。

「この中に犯人がいるとして、なんでだ?」

 なんで。例えば昨日。ドミニオンが誰かと寝ている時に、あいつが踊り込んだら。

「テンマとプロデューサーは違うと思う……。その二人なら、少なくとも昨日、あのホテルでは何もしない」
「なんでわかる?」
「………大切な用事だから」
「そうか。じゃあSPしか残らない。こいつらが? うーん、昨日の感じだとSPって感じじゃなかったけどな。背は高かったが体型が普通だった」

 SPだったとしたって、8人もいる。どうやって絞る?

「シフト表をもらおう。さすがに何かあった時にシフトに入ってりゃ外せるだろ。さて。やるか」

 バルがすっと立ち上がった。やる? 何を?

「立てよ。昨日の続きだ。今日は服が借り物じゃないから」
「……護身術?」
「そう。俺が昨日のやつだと思いな……まず逆がいいか。ほら。襲いかかってきてみろ。昨日は何された?」
「えーと、こう」

 バルの服の襟を巻き込むように両手で掴む。このまま壁にぐっと押しつける。バルは無抵抗だ。

「こうされたら、こう」

 バルがくるくるっと片腕を俺の腕に巻きつけるように回した。

「あ、あ」

 指がなぜか離れてしまう。その手をバルが掴んでそのまま捻りあげられた。

「痛った!」
「内側から相手の腕を巻き込む。関節の向きのせいで力が入りづらくなるんだ。やってみな」

 巻き込む。巻き込む? どうやって?

「相手の腕と腕の間から自分の腕を。そう。なるべく大きく、肘を曲げないで」

 くるっと腕を回す。ふっとバルの手から力が逸れたのがわかった。

「できた!」
「できてない。半分。そのまま俺の手を取ってねじれ。相手の動きを止めること。お前は小さいから、関節狙えよ。肉弾はだめだ」

 ねじる。こうかな?

「痛い?」
「痛くしないと意味ないだろ。大丈夫だから思いっきりやれ」

 こう? バルが顔を顰める。

「そう。そこまでやること。あとな、ナイフを持ってる相手に近寄ったらだめだ」
「だってさ、ドミニオンの部屋に入られたら困ると思って……」
「心掛けはいいけど。相手が何か武器を持ってたらこっちも持たないとだめ。相手より攻撃範囲が広いやつ。あの部屋には何もなかったな。てか、催涙スプレーは? なんで使わなかった?」
「首絞められて、とっさに出せなかった……」
「じゃあとっさに出す練習しよう。いつも同じところに入れておきな。いくぞ」

 いくぞ?

 次の瞬間、バルは俺の首根っこをぱっと掴んで壁に押し付けてしまった。片手も封じられている。

「ほら。出せ。この体勢でも出せる。苦しいのはわかる。でもそれに気を取られるな」
「……ん」

 落ち着いて。ポケットに動く方の手を入れて取り出す。バルにスプレーを向ける。

「合格」

 手が緩む。ほっと息をつく。バルは俺なんて簡単に組み伏せられるんだな。頭ではわかってたけど……。

「あと、悪人キャッチャーの方。これはもうやってみるしかないな」

 ぽんぽんと放ってくる。そうなんだよ。いざ使おうとすると相手にうまく押し付けられないんだ。

「ボタンが付いてない方。こっち側がセンサーになってるんだ。ボタンを押してから相手に付けるんでもいい。暴発はしやすくなるけど」

 バルがかちんとボタンを押す。ほんとだ。裏側さえ触らなければ何も起こらない。そのまま椅子の背に向かって投げる。うまくセンサー面が当たって椅子の背にひもが巻きついた。

「ほら。鬼ごっこだ。俺を縛り上げてみろよ」

 ぱっとバルが逃げ出す。ほんとに鬼ごっこすんの? 慌てて追いかける。悪人キャッチャーのボタンを押してバルの背中に投げつける。バルがパンと空中でそれを叩き落としてしまう。ぐるぐる巻になったキャッチャーが転がる。

「えー!」
「抵抗しないとは言ってない。練習にならないだろ。こっちからも攻撃するからな」

 言うなり胸ぐらを掴まれてテーブルの上にころりと転がされた。

「スプレーを向けたら離してやる」
「……!」

 スプレーを向ける。ぱっと手が離れて仕切り直し。だんだん真剣になる。バルは丸腰なんだから、これで捕まえられなきゃ武器を持った相手なんて無理だ。かかっていくとうまく捕まえられてしまう。

「ぐ……」

 後ろから首を腕で締められる。結構本当に苦しい。

「何をされてもまず落ち着く。腕は動くぞ」
「……」

 スプレー。仕切り直し。どうすれば? どうすればバルを捕まえられるかな? まず相手から距離を取ること。相手が武器を持っていたら、自分も持つか逃げること……武器か。思いついた。

 バルのすぐ横を掠めるように通り抜ける。バルが俺を捕まえようと後ろを追いかけてくる。今! ぽんと椅子を蹴っ飛ばす。

「おっと」

 バルが椅子に足を取られて少し立ち止まった瞬間、スイッチ! ヒュヒュと風を切る音がして、バルの体にうまく黒い紐が巻きついた。

「やったー!」
「やられたな。うまいうまい」

 なんでもありなんだ。もっと頭を柔らかくしなきゃいけない。紐を切って自由になったバルは少し受け身を教えてくれた。頭を打たないこと。衝撃を殺すこと。

「次は俺も本気出す」
「出してなかったの!」

 ぱっと腕を掴まれる。ふわっと天地が逆転する。そのまま床に落ちる。

「痛った……」

 頭がくらくらする。投げられたんだ。

「受け身を取れよ」
「急には無理だよ!」

 立ち上がってベッドの影に隠れる。一人なら逃げたらいい。でも俺は捜査官だからなんとかできなきゃだめだ。どうする?

「‼︎」

 ベッドを回り込んでくると思っていたバルが上から髪を掴んだ。もう! 指を振り解いてベッドの下を潜る。と、足首を掴まれて引き摺り出された。

「だめ。自分で逃げ場を無くすなよ」

 そのまま腹這いで手を後ろに取られる。何もできない。

「これが最悪。動けないだろ? よっぽど馬鹿力なら手を振り解くかもしれないけど」

 まだ本気じゃないよね。解説する余裕があるもんね。腹立つ!

 ぱっと手が離れる。ほんとに噛んでやろうかな? 近づくのがまず難しい。すぐに捕まえられて投げられたり絞められたりするんだもん……。

「言っとくけどこっちが丸腰で相手が銃を持ってたら脇目も振らずに逃げろよ。防弾シールドを張るか、遮蔽物があるところに隠れろ」

 拘束具を投げて当たればいいけど。うまくセンサー面が当たるとは限らないんだよね。やっぱり近くからくっ付けないと確実じゃない。
 バルの目を逸らさせて近づければ。せめて後ろを取れればなあ。何か使えないかな。バルがどうしても立ち止まってしまうもの。いす。テーブル。クッション。まだルームサービスドロイドは来ていないから、ベッドは朝起きた時のまま。

 ベッドに走り寄ってシーツを振り向き様にバルに被せる。足に肩を当てるようにして倒す。昨日でわかったけど、相手の重心を確実に動かさないとだめなんだ。内側から外側に。

「お!」

 上に馬乗りになって余裕で縛り上げる。

「捕まえた!」
「よくできました………緑の髪しやがって」

 バルは笑っている。うっすら汗をかいている。俺もだ。

「解いて」
「………」

 少し意地悪したい気分になる。あんだけ投げられて首絞められてこかされたんだから。普段だってバルは……

 バルのひたいに触れる。普段だって、俺を服の隙間から触るんだもん。焦らして焦らして、俺が自分から服を脱ぎ捨てないといけないくらい、ゆっくり。俺が他のことを何も考えられなくなるまで……。

 バルの体に服の隙間から触れる。いつも俺にバルがするみたいに。

「こら、就業中……」

 キスする。黙ってろ。ふふ。

 ジッパーを下げる。いつもは支配されるばっかりのバルの体を、今は俺が支配している。動いて熱くなった体が、別な熱を持つ。バルの服の中に手を入れて少しなぞっただけで、硬くなるのがわかる。

「ふ……」
「やめろって」

 やめない。バルを俺が好きにできることなんてないもん。

「たまに被害者の立場になってみろ」
「あのな」

 ひっぱりだして口に含む。バルの体がびくっと動く。どうしよう。俺もほしくなって来ちゃった……。自分のボトムを脱いで指を湿らせる。バルのそれを舐めながら、自分で開いていく。

「ヴェ……スタ」

 だって我慢できない。バルが俺にいいようにされている。バルにまたがってゆっくり飲み込んでいく。きつい。自分で慣らすのはあまりしないから……。

「は……」

 ゆっくり。ゆっくり……。バルの首筋に唇を這わせる。滑らかで張りのある皮膚。いつもならバルがしてくれること。中に入ってくる。根元まで入れる。体の奥がそれの形を確かめるみたいに吸い付くのが自分でもわかる。大好き。大好きなんだよ。

 体を動かす。自分の好きなように……。すごく気持ちいい。溶けそう。自分の中がそれをもっと奥に引き込もうと動く。溺れてしまう。バルがいつもしてくれるのも気持ちいいけど……

「……あ、あっ」

 中でいく。もうずっと気持ちいい。動くたびに、何度も何度も。汗が滴り落ちる。バルが眉根を寄せて唇を噛む。その表情に欲情する。好き。

「バル……触って」
「……無理だろ」

 バルにキスする。バルが突き上げる。

「……!」

 自分で動くよりよっぽど深いところを抉っていく。頭が変になりそう。体に力が入らない。溶けてしまう。

「きて、なかにきて……」

 バルの耳に囁く。お願い。一際深く貫かれる。バルのが体の中で震えるのを感じる。幸せ……。


 バルの胸の上で息を整えていると、コール音が鳴っているのに気がついた。

「ほら! 早くほどけ」

 解いたらバルは服を整えてさっさとテーブルでコールを受けてしまった。ちょっと怒ってるかな。我にかえってみればかなりまずいタイミングだった。ドミニオンに何かあったら駆けつけなきゃいけない。すぐにシャワーを浴びて服を着替える。

『……てわけ。以上!』
「ありがとう、よくわかったよ」

 コールが終わった。ソーヤの声だった。少しほっとする。

「どうやらラウンジにいるってツイートの主はわからないみたいだ。あとはあの脅迫メールだな。あれもソーヤの見込み通り、メールアドレスを送信すればそのアドレスにあのメールが届き続けるスクリプトだ」
「そっか……メールやツイートからじゃ追えないってことだね」
「ちょっと見てろよ。また誰かから連絡が来るかも。俺もシャワー使う」

 誰なんだろう。ピンと何かが届く。テンマからのシフト表だ。8人で三交代。3人ずつ。毎日一人は2回入らないといけない。たいてい休日を作るために、二人が8時間開けて2回入る。大変だ……。

「……………」

 異物混入の日。その時間。カードをつけられた日。昨日………。

「なんか来た?」
「シフト表。誰もいない」

 誰もいない。犯人になれそうな人は。3回のタイミングで、きれいに8人全員がどこかのシフトに入っている。

「本当だ。困ったな」

 SPじゃないのかな? でも他に誰が? 例えば昨日だ。あのスケジュールを知ってる人。スケジュール……。「ラウンジにドミニオンがいる」。

 自分のブリングを開く。あのドミニオンの非公式ファンサイトを見る。昨日の夜のツイート。「グランドンホテルの35階スペシャルルームにドミニオンがいる」

「バル」
「ツイートか。プロフィールを見て」

 何もない。この間のラウンジの時と同じ。でもツイートしている人物のアカウント自体は違う。グランドンホテルのフロントにコールする。

「昨日、何人か9時過ぎにドミニオンのファンの人とかは来ませんでしたか?」
『いらっしゃったようです。ただスペシャルルームにとのことでしたが、一般の方はご案内できませんので皆さん帰られたと聞いています』
「では、あの部屋に案内してもらえるのは? ……そうですね、どうすれば35階に行けますか?」
『事前に訪問を伺っている方でしたらサービスの者がご案内します。そうでなければ、業務用のエレベーターを勝手に使われたら……』
「そういうことはよくあるんですか?」
『普通ならありません。ただ、鍵をつけているわけではございませんので、使おうと思えば使えます。でも、35階がスペシャルルームだとご存知の方自体、あまり居られないですね。匿名のVIPの方専用のお部屋ですので』

 防犯カメラの映像をもう一度確認してみる。あの仮面のやつはどのエレベーターから降りてる? 右端。俺がドミニオンと降りたのは真ん中だった。業務用を使ってる? 俺が詰所にいることを知っている動きだった。SPはいない。俺だけ。

「バル」
「何か思いついた?」
「たぶんね、たぶん、このツイートは……」






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