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06 パイド・パイパー 連邦捜査官ザムザ・ホープの事件簿
01 Wdgat (奇妙な事件)
しおりを挟む「現職警察官でトップのコンビと言えば?」
「あー。何だっけ……コンロンとキンバリー」
「そうそう……レップでは?」
「有名だよな。両方レプリカントなんだろ? ヴェスタとバルトロイ」
「どっちか片方だけじゃないっけ?」
「そうだっけ?」
「あれだろ、この前アルミスとテナーの獲物を掻っ攫って行った……」
「ああ」
真後ろのデスクの二人が話している世間話に耳をそば立てていた。
つまんねー話。何がトップのコンビだ……。バルトロイはレプリカントじゃねーよ。ハイブリッドだよ。アルミスとテナーなんか強引なだけさ。俺と先輩の方がずっとできるのに、でかいヤマを当ててないだけ。
「ウジャト」
そう。運が少し足りないだけ。この間のヒューマン・レプリカント連続殺人事件の時だって、セオリー通り被害者の身辺から洗ってたらヴェスタとバルトロイに先を越された。いや、でもあれは、結局犯人を収容したのはこっちなんだから、こっちの勝ちでいいんじゃないか?
「ウジャート」
ザムザに呼ばれてはっと顔を上げる。ザムザのことは尊敬している。大学の先輩だった時から憧れの人だった。この人を追いかけて連邦捜査局に来たと言っても過言ではない。この人とコンビになるって決まってから、絶対先輩と俺のコンビがトップになってやるってずっと思っていた。
「新しいケース。孤児院が襲われて保育士が惨殺、児童が誘拐された」
「はい」
端末に、正面のデスクのザムザからファイルが飛んでくる。さまざまな年齢層の子どもたちの写真。
アカデミーの法学部にいた時、同じ学部のザムザのことを知った。主席とはいかないまでもずっと上位で、そのくせ付き合いやすくてできることを鼻にかけない。つい人を見下しがちで嫌われやすい俺にも優しかった。こんな人になれたらいいと思った。家の事業は全部姉だけが継ぐことになっていたから、弁護士でもなろうと思っていたけど、二歳上のザムザが連邦捜査局に入職したと聞いて追いかけてしまった。
「誘拐された子どもたちは見つかってない。可能な限り早く解決させないといけない……おい、聞いてるか?」
「あ、はい」
自分だって成績は悪くなかった。ザムザ先輩と連邦捜査局で一番のコンビになるのも夢じゃないはずだ。でもいざ憧れの先輩とバディを組んでみたら、先輩は思ってたのと違った。
「んー……俺たちにはまだ早いかも知れないな。アルミスとテナーにパスするか?」
「え! なんでですか! やりましょうよ!」
「内容的にスピード勝負だろ? ちんたらしてたら命に関わるよ。アルミスとテナーに持ってもらってサポートした方が」
「俺たちですぐに解決したらいいでしょう!」
結構消極的というか、ハングリーじゃない。一番になろうとしない。大きなヤマはすぐに他のチームに譲ろうとする。なんで?
「俺たちにはこういうケースは経験がない。アルミスとテナーのサブをやらせてもらってやり方を……」
「やりましょうよ! なんでそんなに尻込みするんですか! いつもいつも……」
「命に関わるからだよ。こないだの件でバルトロイからも……」
「受けますからね!」
「ウジャト!」
ケース担当官のフォームに名前を記入する。ロックがかかる。先輩がなんと言っても解決してみせる。
「あーあ……なんでお前は……」
「……逆に、なんで先輩はそんなにビビるんですか! バルトロイたちとの事件だって、結局捕まえたのは俺たちじゃないですか!」
「それは違うだろ、容疑者を見つけたのはあいつらだし、ヴェスタからの連絡がなきゃ……」
容疑者を見つけたのは確かにあいつらだったけど、結局証拠を見つけるとこまではできなくて現行犯逮捕だった。負けたとは思ってない。連絡だって、バルトロイのビーコンの連絡先にこっちも登録してくれてたらもっと早くに状況もわかったはずだ。
そもそも、あの事件の解決が連邦捜査局内でもレップのおかげみたいな扱いをされるのが気に入らない。「ヴェスタとバルトロイが付いてちゃな」って、うるせーよ。先輩だってなんであんな奴らに応援を頼んだんだ……。
「じゃ、早速現場に行こう。一分一秒の話だ」
ザムザが資料をざっくりとブリングに落として公用車を手配する。慌ててそれに倣った。現場まで一時間半はかかる。僻地だ。
「さて。事件の概要……」
公用車の中でファイルを確認する。子どもは15人在籍していた。惨殺された保育士は3名。ナラ・ボナツカヤ、イリーナ・ケイバン、マリオ・ダーコ。その日の夜勤だった。
子どもたちは一人残らず消えた。2歳児から11歳までの子どもたち。保育士以外の血痕や体液は見つかっていない。現場の画像が付いている。
「うーん……」
ザムザが唸った。凄惨な現場は慣れているつもりでも、今回のは際立っていた。唯一の男性職員であったマリオ・ダーコは顔を切り裂かれて上顎と下顎が完全に分離している。どんな刃物を使ったのか……。
首、胸、腹と、まるでペンの試し書きみたいにざっくりと横に血のラインが入っている。ナラ・ボナツカヤもひどい有り様だ。こちらは腹を縦に切り裂かれて内臓が飛び出ている。引きずり出されたのか? 長く腸が床に広がっている。右手の手首から上がない。抵抗しようとして切り落とされたのかも知れない。
イリーナ・ケイバンも酷い。片目をくり抜かれている。こちらは両手の先がない。心臓を一突にされている。保育士たちの遺体の様子だけを見れば、子どもたちが無事とも思えない……。
侵入経路は窓。セキュリティは入れてあったが、この窓は対象範囲外だった。あらかじめわかっていたんだろうか。監視カメラは入り口と裏口、通路と子どもたちの遊戯室に付いていたが、職員室でモニタされているだけの簡単なもので、案の定全てデータが消されていた。
「復元は試みている、けど物理的に破壊されているから、どのくらいデータが戻るかはわからないってさ」
子どもたちの靴は現場になかった。自分たちで履いて行ったのか? 服は特に着替えた形跡はない。出かけたとしたらパジャマ姿だっただろう。何のために?
「どうして子どもを攫ったんでしょう?」
「さあ~? わっかんね……。人身売買?」
人身売買……。子どもたちの画像を見る。15人のうち、女の子は6人。一番下が2歳、一番上が9歳。男の子の方は4歳から9人。うち11歳が一人。この子が一番年長だ。プロフィールを見る。3歳でこの児童養護施設に預けられている。親が両親とも不慮の事故で死んだ。来年、叔母の家に引き取られる予定になっていた。知能は高い。リーダーシップあり。
他の子のもざっと見てみる。両親が不慮の事故や病気で死んでしまった子も多いが、産まれてすぐに預けられた子もいる。どういうわけなんだろう。
現場につく。丘の上の児童養護施設だ。草原の中に忽然と建物があるような印象。規制線が張られてブルーシートが掛けられているのが遠目にもわかる。中に入ると顔を顰めたくなるような血と何かの生臭い匂いがする。なんとも言えない匂い。遺体はもう出されているはずなのに。
一歩踏み込む。玄関はきれいだ。何もない。キープアウトのテープをくぐって奥へ。すぐ右手が調理室、その向かいが保健室。写真が貼られた廊下を通ると職員室がある。中を少し覗く。血。ここでマリオ・ダーコは死んでいた。
入ってすぐに血溜まりと血飛沫。モニタが5台並んでいるが端末がない。おそらく端末は情報班が引き取ってデータの復元をしているんだろう。さらに奥に進む。
遊戯室。ここで二人殺されている。ナラ・ボナツカヤとイリーナ・ケイバン。血が床に黒々と残っている。その向かいに子どもたちの寝室と宿直室。
「ふーん。何でだろうな」
ザムザが血の跡を見て言った。犯行時刻はおそらく昨日の夜中の一時過ぎだ。子供たちは眠っていたに違いない。
「え?」
「いや。いいや。局に戻ってから考えよう……それより子どもたちがどこに行ったかだ」
15人もの子どもたちだ。移動させるだけで大変だろう。大型のオートキャリアを使わなければとても移動はできない。立地が悪すぎるのだ。靴とパジャマが残されていない。パジャマ姿に靴を履いて出かけたとしか思えない。
侵入口と考えられる窓を見る。カメラからは死角になっていて、セキュリティも入っていない。透過硬質プラスチックの窓が何かでくり抜かれている。くり抜かれた部分は施設の外側の壁に立て掛けてあった。
「確定なんですか? 外部から侵入っていうのは」
「んー、まあ、シフトを見るとこの3人だけの日になっているし……内側からならわざわざ窓、こんなことしないだろ」
内部の犯行ったって、他は子どもたちしかいないしなあ。ザムザは鑑識からの報告書をめくった。指紋や体液は被害者や施設職員、子どもたちのものしか見つかっていない。監視カメラのデータが復元できれば何かわかるかも知れない。
子どもたちの二段ベッドの中を覗く。ぼろぼろのおもちゃ。学校のかばん。タグがつけられた本。自由帳。めくってみる。たわいない絵が描かれている。上の段を見る。こっちは少し年齢層が高い子のベッドのようだ。細かい文字の本。何冊かのノート。ノートを手に取る。ダイアリーだ。念のため押収する。何かヒントがあるかも知れない。
「一度局に帰ろうか。他の職員にアポを取って聞き取りをしよう。何か変わったことがなかったか……」
ザムザがふと職員室のカレンダーに目を留めた。画面が切り替わるタイプのやつだ。一ヶ月の月日と予定表の入ったのが、週の予定表、今日の予定表と一分ほどで切り替わる。職員の名前が表示されている。シフトが入っているんだ。ザムザがブリングでそれぞれのカレンダーを撮影した。
「何か気になります?」
「いやあ、なんとなくさ。行こう」
生きている職員に車の中からアポを取る。なるべく早く、と言ったら、施設長がすぐに局に来てくれることになった。他の職員たちにもスケジュールを調整してもらう。
「全員ですか?」
「できれば。誰かが知っていて他の人が知らないこともあるだろ」
ザムザのいつもの余裕たっぷりな微笑はなかった。
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