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05 追跡

15 Vesta (約束)

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 マリーンに話を聞いてもらって、少し気持ちは落ち着いた。バルには結婚自体に何か思うところがあるのかも知れない……。

 昼間泣き過ぎたせいか早くに眠ってしまって、夜中に目が覚めるとバルが横で眠っていた。びっくりしたけど、嬉しくてたまらなくなった。こうして同じベッドで眠るのすら、手の届かないことだったのを思い出した。

 今、バルはこんなにそばに居てくれるんだ。





「レプリカント人権保護局のC571098rpです。現況調査でコールしました」

 毎週100人は産まれる人権のあるレプリカント。俺のように、オーナーに一目で恋するのはどれくらいいるんだろうか。

「レプリカントご本人とお話しできますか?」
「オーナーの方とはどうですか?」

 統計上、ヒューマンとレプリカントの結婚率は10%に満たない。でも同棲だけは続けているという人たちはそれなりにいる。

『いや、先日払い下げました。管理番号はえーと、ちょっと待って。確認します』
『オーナーとは……うまくは行ってないかな。でも暴力とかはないです』

 別れてしまう人たちの方が圧倒的に多いけど。

「ヴェスタ。ウーナが退院する。ハックルトンはもう収監されたから、身元を引き受けに行く」
「はい」

 レプリカントにはオーナー以外の身寄りは基本、全くない。だからこういう時に必ず困る。俺たちはレプリカント本人から唾を吐きかけられても、手続きを身内に変わって進める。

 病院に着くと、もうウーナは荷物をまとめて待合室に腰掛けていた。まだ再生パッドが目の上に貼られているが、頬の腫れは引いている。紫と黄色のあざ。

「ウーナさん」

 きっとまた罵声を浴びせられるだろうと思った。でもウーナはこちらに向き直って、深々と頭を下げた。

「捜査官さん。本当に申し訳ありませんでした……」

 手続きを済ませて彼女をコンドミニアムに送る道すがら、彼女はぽつりぽつりと話をした。

「入院中、保護局の世話になんかならなければと思いました。でも、パパがママを殴る家に、どんな子も来たくないですよね」
「……別れないのは、結婚しているからですか?」

 これは捜査官としてはあまり聞いていいタイプの質問じゃない。バルからたしなめられるかもしれないと思った。でもバルは何も言わなかった。

「結婚しているから……というわけではないですね……」

 ウーナさんは独り言のように続けた。

「どうしてかしら。私にはあの人しかいなかったからかな。あの人の暴力を受け止めるのも私だけだし」
「でもその人を怒らせるのもあなただけだ。違いますか?」

 バルが言った。ウーナは唇を噛んで俯いた。

「あなたは怒らせる。そいつは殴る。あなたは怒らせないように努力してるんでしょう。でもね、もう彼の頭の中ではあなたはサンドバッグになってしまってるんです。どんなに機嫌を取ったところで、サンドバッグは殴られるんです。殴るためにあるものだから。認識が変わらない限り反省もクソもない。ただの悪循環だ。違いますか」

 普段ならバルは絶対に保護対象にこんなことを言わない。

「受け止めたらだめでしょう。ちゃんと殴り返したら。あなたにはその権利がある。それができないのなら、パートナーじゃないんです」

 何かが頭の奥でチカッと光った。

 ──お前は人権あんだからさ。黙って泣かなくていいんだ。嫌なら嫌でいいんだ。踏み躙られたと思ったらキレていいんだ。

 バルが初めて俺を抱いた時だ。バルは本当に混乱していた。してる最中も、終わった後も。俺も混乱していた。あれはたしかに、暴力だった。

「………ふふ。殴り返すって。捜査官さん、大胆ですね」
「ものの例えですけどね」

 コンドミニアムの誰もいない部屋の前についた。ハックルトンはしばらくは……数年は帰らない。ウーナは一人でここで彼を待つと言った。

「でも、そうですね。今度帰ってきたら、取っ組み合いの喧嘩でもしてやろうかしら。もののたとえだけど。言い返すくらいできますものね……」

 ウーナは泣き笑いで部屋に入って行った。

「……バルがあんなこと言うなんて」
「うん。我慢できなくて。真似すんなよ」
「あれ、昔俺にも言ったよね。覚えてる?」
「……覚えてるよ」
「あれでさ、俺もっとバルのこと好きになった」

 バルがはたと俺を見た。

「この人、正直な人だなって。わざわざさ、そんなこと今、俺に言うんだって」
「……それで黙ってようと思ったのか?」
「いや、だって……だって言っただろ。目を開けた時からバルが好きだったって。言わなかったっけ? 確かにあれはだめなやつだったけど、俺もうバルのこと好きだったから」
「オーナーだから?」
「あのさ、バルはすぐ自分がオーナーだからって言うけど、違うんだからね。マリーンさんだってさ、オーナーのこと大嫌いだったって。レプリカントでもみんなオーナーのことが好きなわけじゃないよ」
「でもお前、前に産まれる前から待っててくれる人のことは好きに決まってるって言ってただろ」
「それはそうだろ! でも接してみたらサイアクってのもあるよ。俺はさ、もうほんとに……」

 はたと気が付いた。制服着て、人のコンドミニアムの前で、何言ってんだ。慌てて公用車に乗り込む。

「続きは?」

 バルが笑っていた。もう! 人が真剣に話してるのに。

「ほんとに、最初からバルが好きだったから。でも産まれる前から無条件に好きだっただけじゃないよ、ちゃんとバルのこと見てからも好きになったよ。それに、その後もバルのこと一回も嫌いにならなかった。好きになるばっかりだった。ねえ、俺は支配率ゼロなんだよ。もっと俺の心を信用してよ。例えばさ、ザムザとかアラスターがオーナーで、バルが友達だったとしても、俺さ、たぶんバルが好きになったよ……」

 バルが窓にスモークを入れた。また盛大に告白してしまった。キスされるかなと思ったら、バルはただぎゅっと抱きしめてきた。今回は長かった。何かがしんしんと伝わるような、そんなハグだった。バルの体の温かさや、大きさ。呼吸。心臓の鼓動。抱きしめたまま、バルがぼそっと言った。

「もうあんなことはしない」
「知ってるよ。ねえ、俺が知らないと思ってたの?」
「だって怖かっただろ」
「怖かったけどさ」
「だよな」
「でもバルのせいじゃなかっただろ。俺だって馬鹿じゃないよ……」
「あれはどんな理由があってもだめなことだよ。無かったことにはならない」
「じゃあどうだったらいい? バルはどうだったら、無かったことにできる?」
「あんなことそもそもしなきゃ良かったんだ」
「もしかしてずっと気にしてたの?」

 二年間、三年近くも? バルならやりかねない。

「……時効は10年だよ」
「俺はもう時効でいいよ」
「そういうわけにはいかない」

 バルの手が俺の背中を強く抱き寄せた。

「お前のことを、最初っから大事にしてやりたかったな……」
「………!」

 そんなこと言ってもらえると思ってなかった。確かに最初の頃は荒っぽかったよね。でも好きだった。最初から。

「今、大事にしてくれてる」

 バルは何も言わずにちょっと首を横に振った。バルはこういうの頑固だから。ずっと引っかかるんだろうな。でもこの前こんな話をしたな。ウーナの件。応用篇だ。

「……じゃあ、信用を積み重ねて下さい!」
「ん?」
「信用を積み重ねて、何年も円満なことを証明してください」
「あれはうそだって言っただろ」
「いいんだよ。俺のは本当なんだから。俺のことずっとそばに置いて大切にするって誓って」
「……ずっと大切にします」
「俺もバルのことずっと大切にする! はい。誓いのキスをして下さい」
「はは」

 ちゅっとバルがキスした。

「ね。約束」
「うん」

 髪がエメラルドグリーンに光るのがわかった。約束・・。嬉しい。

 バルが公用車を帰局に設定する。

「帰るか」
「うん!」


 スモークを切ろうとした手を止めて、指を絡める。
 バルは手を握り返してくれた。














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