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04 (e)VAC(u)ATION

03 Vesta (酔う)

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「かんぱーい」

 ザムザの音頭でみんなが最初の一杯を飲み干す。どんと空のグラスをテーブルに置く。

「わー! 回る」
「お前こういうの初めてだろ」

 バルに言われて初めて気がついた。言われてみればそうだった。ザムザと二人でお酒を飲みながら食事したり、バルと家で食後にちょっと飲んだりはしたけど、みんなで飲み会ってしたことがない。お腹が減ってるからすぐに酔う。

「ヴェスタは結構飲むんだよなーこの顔で」
「顔は関係ないだろ」

 普通のパブでの飲み会。バルは大丈夫かな? 今のところ平気そうな顔をしている。

「レップの勝ちかぁ」

 ウジャトが悔しそうに言った。

「レップ?」
「レプリカント・ライツ・プロテクション・エージェンシー(レプリカント人権保護局)。レップ」
「ウジャト、こういうのは勝ち負けじゃないって言ってるだろ。相手は時間だ。どれだけ犯人逮捕までの時間を短縮できたかが一番大事。バルトロイとヴェスタを巻き込んで良かっただろ?」

 ヒューマンとレプリカントの連続殺人事件を解決した打ち上げだった。犯人は16歳の少年。バルが並のヒューマンなら三回は殺されてるような傷を負わせられながらも逮捕にこぎつけた。

「何よりバルトロイ様様でした。女装して囮になってくれた上に」
「女装を強調すんなよ。お前らのせいだろ」
「一時は死にかけるほどの怪我までして」
「何で警察は来なかったんだ?」
「警察の方にあのアパートの情報が行ってなくて、空き家扱いになってたんだ。だから誤報だと思ったらしい。俺たちに照会が来てたけど俺たちはもう出た後で……」
「やれやれ」

 逮捕の日、バルは俺が刺されそうになったのを庇って、犯人から刃渡り8センチのナイフで背中から刺された。俺がそれを抜いた。肺の損傷と大量の出血で本当に死ぬところだった。でもバルはそのことを一言も言わず、おかげで俺は誰からも責められなかった。

 たぶんそれが局長の耳に入っていたら、またバディを変える話になったと思う。

「バルトロイがまさかのハイブリッドだったとはなあ」
「言うなよ。もう珍獣扱いはうんざりなんだ」

 今回の件でバルの体質のことはザムザやウジャトにもバレてしまった。3リットルの出血が翌日には完治してるなんて、普通ならありえないから。

「両方絶滅危惧種のコンビだったわけだ」

 ウジャトが口を挟んだ。何こいつ。ずっとこうなの?

「なんでウジャトはいつもそうなの? 失礼だよね」
「ごめん。ヴェスタ」

 謝ったのはザムザだった。なんで?

「こいつ、前からそうなんだ。お前と組んだ時も、こいつ、上司に生意気言って研修に回されてたんだ。俺が躾けてるんだけど全然学ばなくて」
「そんなの、本人の責任だろ。ザムザが謝るのはおかしい」
「……ヴェスタ、酔ってる?」
「酔ってない!」
「たまにヴェスタも暴発するんだ。微妙なとこだな、酔ってるかもしれない」

 今度はバルが口を挟んだ。まだそんなに酔ってないと言いかけた時、ウジャトがどんとグラスの底をテーブルに叩きつけた。

「なんだよ。ハイブリッドのバディ頼みのレプリカントのくせに」
「ウジャト!」
「お前なんか、囮にさえなれないでオタオタしてただけのくせに!」
「………」

 言葉が出なかった。髪が青白くなるのがわかった。一気に酔いが覚めた。俺が、バルが囮になれば、なんて軽口を言ったから、バルは刺されることになった。俺が囮になれば良かったのに。

「おい」

 バルだった。

「もう一回言ってみろよ。そのレプリカントの助けがなかったらもう一人二人殺してただろ? お前らにとってはレプリカントなんか被害者のうちに入りませんてか?」
「お前らに頼まなくても……」
「解決できた? 俺らに話を持ってきた時点で四人殺されてたやつに言われたくないね」
「それは……」
「黙れウジャト!」

 ザムザが初めて見るような顔でウジャトを叱りつけた。

「ウジャト。お前少し頭を冷やせよ。本当ならこっちが土下座して謝らないといけないとこなんだ。バルトロイに怪我させたことも、警察に連絡がちゃんと行かなかったことも」

 ウジャトは顔を赤くして席を立ち、椅子を蹴るようにして出て行ってしまった。なんかもう、めちゃくちゃだ……。

「ごめん。俺が余計なこと」
「ヴェスタのせいではない。ウジャトはちょっと……難しいんだ。悪く思うなとは言わないよ。腹が立って当たり前だと思う。あいつは旧家の生まれでプライドが高くて、なまじそこそこできるもんだから反省できないんだな。自分が絶対正義なとこがあって」
「首にしろ」

 バルがあんな風に怒ったのを初めて見た。むっとしたりイラッとしてるなっていう時は結構あったけど、こんなに露骨に人に怒ったのは。怒ってくれたんだ。

「ふふ。ヴェスタ、髪が忙しいな。どうなってんの?」

 エメラルドグリーンになっている。ザムザは条件を知らないから、ただ変わってると思ってるだろう。ウジャトは結局席に戻ってこなかった。

「あれの面倒見ないといけないんじゃザムザも大変だな」

 帰りのオートキャリアの中でバルが言った。でもウジャトから言われたことは真実だった。ウジャトはいつも痛いところを突く。バルがやり返してくれなかったら、俺には何も言えなかった。

「ありがとう。ごめん」
「あのな」

 バルが俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「お前はよくやってる。誰からもあんな言われ方をされるいわれはない」
「刺されたのだって俺のせいだ」
「違う。あれはまず初手を間違った俺が悪い。素人にやられてベッドルームに逃げ込んでたなんてのは俺の恥だ」
「そうじゃなくて。俺が、バルが囮になるって言ったんだなんて……」
「実際言っただろ。俺が。気にすんなよ。結果的に全部うまくいった」

 バルを見上げた。黒曜石みたいな瞳。

「飲み直すか?」
「ふふ」

 思わずバルの肩に顔を伏せた。優しいよね。ほんと。ぽんぽんと頭を大きな手が軽く叩く。俺が元気になったのわかってるだろ? 髪がこんなに緑になっている。あーあ。死ぬほど好き。心臓が止まりそうなくらい好き。

「ごめんね。俺がんばるからさ。ウジャトみたいなやつも何も言えなくなるくらい」
「今度は『絶滅危惧種コンビ』か。色んな言い方があるな」
「はは」

 酔ったふりしてそのまま家までバルにもたれていた。










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