Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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04 (e)VAC(u)ATION

01 Baltroy (ドアの外側)

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 リビングでレッダが淹れたコーヒーを飲みながら、ふとヴェスタの部屋の白い扉を見た。

 意外なほどへこんでないな、と言うのがヴェスタから受けた印象だった。

 あの日ヴェスタはまさに身一つでアラスターから届けられた。文字通り「返品」。婚約はなかったことになって、荷物も全部家に戻ってきた。

 状況を飲み込んだヴェスタは、レッダの勧めるままにバスルームに行ってシャワーを浴びると、ついでに髪の色を元に戻した。少しは取り乱すのかと思ったら、すとんとテーブルについて髪の色と同じ色のマグでコーヒーを飲んだ。あのヴェスタあての手紙には何が書いてあったのか。

 なんだったんだ。結婚するって言ってたんじゃないのかよ。

 まあ、うまくいってないなとは薄々思っていた。髪を染めたあたりからだ。希望的観測かとも思った。でもどんどんヴェスタの、髪に隠れた耳の横の素の髪の色が、ブルーなままなことが増えていった。

 極め付けは婚約したって言うのに泣いてたこと。マリッジブルーなのかとも思ったけど、そんな感じじゃない。仕事好きなヴェスタを退職させるというのも、アラスターらしくないと思った。何かが歪んでうまくはまらなくなっている。どっちもいいやつなのに。

 ヴェスタが帰ってきて一ヶ月になる。髪はまあまあ緑の時が多い。アラスターとはなんとなく連絡が取りづらくなった。コールしても「現在応答不能」でめったに折り返しもない。俺、友達が少ないんだよ。信用できる友達なんて数えるほどだったのにな。

 とは言え、ヴェスタが帰ってきたことを喜んでいないと言えば嘘だ。未練がましくヴェスタの部屋をとっておいたくらいだ。嬉しくないわけがない。

 朝の光の中で、ヴェスタが髪の色と同じグリーンのマグでコーヒーを飲みながら、朝食を食べながらちょっと目を上げる。そんな姿を見るとほっとする。これがない時期があったなんて信じられなくなる。アラスターに渡した気がしてなかったのかもな。結局のところ。

 まただれかに渡さないといけない日が来るのかな。いつか。ヴェスタにまた好きな人ができて、またふっと俺の家からいなくなってしまう。俺はまた保護者ヅラしてそれを見送る。

「もう一杯飲みますか?」
「いらない」
「設定を変えませんか? 部屋の中に干渉していいですか?」
「やめろよ。俺は部屋の中でまでお前と話したくないね」
「そうでしょうか?」

 レッダがうるさいから部屋に入る。俺の部屋の扉は俺が室内に入るとロックするように設定してある。入れるのはクリーニングロボットだけだ。でも確かにヴェスタがいない間、レッダと結構話していたな。やばいよな。独身の男がホームキープドロイドとブツブツ会話してるのは。七年も使ってるとかなり俺のことを学習してるから、話しやすいと言えば話しやすい。何を言ってもめげないしな。機械だから。

 ふとベッドのサイドボードに目をやった。ガラスの美しい小瓶が置かれている。ヴェスタが出て行く前日に、その手から抜き取ったやつ。そういえばこれを捨てないといけない。

 イグニスの香水。

 ヴェスタはよく持ってたよな。あいつにだっていい思い出がある代物じゃないはずだ。俺にとってもろくなもんじゃない。ある意味、元凶。捨てないと捨てないとと思いつつ、蓋を開けられないからどうしようかなと思って今日まで来てしまった。レッダに言って俺がいないうちに捨ててもらおうか。もう二年も前のやつだ。中身もだめになってるかもしれない。

「レッダ」
「なんですかね」
「態度悪いなお前。これ、俺がいないうちに捨ててくれ」
「ガラスなので分別が必要です」
「だから俺がいないうちに中身を空けて捨ててくれって言ってんだよ」
「はい」

 あの夜もし、ヴェスタがこれを瓶に入れたまま持って来たんじゃなくて。例えばその蓋を開けて、その白い肌にほんの少しでも……。

 そうだったら俺は遠慮なくたがを外して喰らい付いていた。全部ヴェスタのせいにして。そしてたぶん口に出していただろう。

 行くな・・・お前は俺のもんだ・・・・・・・・

「本当に捨てていいんですか?」
「……そう言っただろ? 壊れたのか?」
「確認しただけですよ」

 だから、お前がそうしなくて本当に助かった。







 
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