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03 トライアル (3)Vesta & Baltroy

32 Vesta (やるべき事)

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 朝から局に行って、昨日の報告をまとめた。ザムザからも簡単な報告書が来ていた。犯人はやっぱりダリル・K・ロマだった。

 バルはまずスタンガンで身動きを取れなくされて、かなり刺されたらしい。でも今までの女たちと違って、あまりにも死なないので犯人はおかしいと思ってバルから手を離した。その瞬間、バルは彼を一発殴って明かりを全て落とし、ベッドルームに逃げ込んだ。
 この時、バルは肩や腕、腹部を滅多刺しにされていた。俺が入って行った時は少し回復したところだったけど、今度は俺を庇ったせいで背中から肺まで届くような傷を負った。常人なら呼吸困難か失血性のショックで死んでる。危なかった。本当に。

 バルを昏倒させたのは犯人が家で作ったスタンガン。今時珍しい。かなり強力なものだったようだ。これが完成して誰かに使ってみたくなったダリルは、レプリカントなら罪にならない、大丈夫だろうと踏んで、サイトで見たレプリカントの特徴に当てはまる女を狙った。
 一度うまく行くともう一度やりたくなった。二回やったら次は何をしてやろうかと考えるようになった。

 だから彼は連続殺人事件としてニュースで大きく報道されるまで、自分が殺したのはレプリカントだと思っていた。しかも「人権のあるレプリカント」という概念も彼にはなかった。

 とにかく、バルは生きている。

 昨日アラスターと家に帰って、改めて話をした。

「ヴェスタ、結婚してくれる?」
「……する」
「仕事も辞めてくれる?」

 バルのバディを。
 俺が生まれてきた理由だったのにな。

「…………辞める」

 バルのバディじゃない俺にどんな価値があるんだろう。

 ──お前との記憶。

「……アラスターは、俺にどんな価値があって結婚したいと思うの?」
「君が君だから、そばにいてくれるだけで俺には何にも変えられない価値があるよ」

 バルのバディじゃない俺は俺じゃないよ。

「いつ結婚するの?」
「すぐにでも」
「……わかった」

 いい。バルが俺との記憶に価値を見出してくれたように、俺もバルとの記憶を抱えて生きていく。

 デスクを整理する。端末のデータはこの2年半でかなりの量になった。バルと俺の記憶のかけらたち。懐かしい。

 バニーノ・イグザの件。一番最初の事件だ。右も左も分からなかったけど、バルが全部やって見せて教えてくれた。

 ニゲイラ・アスラ……これは印象に残っている。ファイルを開く。レプリカントを売ってしまったけど、取り戻したいって自首してきた人の件。結局ニゲイラは遺体で見つかった。バルはニゲイラが買取人に引き渡される現場にたまたま居合わせたのに、気づかなかったからって後で謝りに行ったんだ。変なとこ真面目だよね、バルは。

 依頼人の人は、新しいレプリカントを買ったんだろうか。自分で売るって決めたくせになんなんだって俺は腹を立てた覚えがある。どうして手放してしまってからそんなはずじゃなかったって言うの? どんなつもりだったの? 何だと思っていた? バルは何て答えたんだっけ。何も言わなかったのかな……。

 ニフェルトの件。銃の使い方を教えてくれた時だ。シールドを張ったからってバルがバンバン撃ってくるからほんと怖かった。楽しかったけど。子供みたいな人だと思った。

 メイハンの件。これが一番印象深いな。どうしてもイグニスとバルのことを思い出してしまう。あんな風にバルに愛されたいと思った。そして三階からのジャンプ……。大胆だよね。ほんと。

 デスクに水滴が落ちて行った。その時後ろからユミンの声がした。

「ヴェスタ! バルは大丈夫だったの?」
「あ……」

 慌てて涙を拭いたけど、彼女には見られてしまった。

「大丈夫……明日には来ると思う」
「……ヴェスタ、検査室に来ない? バルの状態も聞きたいし、お茶菓子があるのよ。付き合ってくれない?」

 検査室はほとんどユミンだけの部屋だ。ある程度の怪我なら検査室に来ればユミンが診てくれる。ユミンはドクターなんだって。バル以外で俺に最初から優しかった人。部屋の中に入ると、お茶とお菓子が置かれる。

「どうぞ」
「ありがとう」
「昨日はバルは酷かったって聞いたけど」
「そう。すごく刺されて……俺を庇って背中を刺されたのが一番……かな。意識が無くなって。でも輸血してるうちに治って」
「ふふふ、さすが不死身のバルトロイね。でもそれはバルでもピンチだったね。回復が間に合わないレベルで出血したらバルでも死んでしまう」
「うん。病院のお医者さんたちもそう言ってた。回復が先か失血が先かって」
「バルでも無敵ではないからね。気をつけてあげて。バルは体質的に熱中症や低体温にもなり易いから」
「そうなの?」
「そうなの。筋肉量が多いのよね、何もしなくても、人より。しかも代謝がいい。だからカロリーの消費が多くて、気温が高すぎたり低すぎたりするとすぐにエネルギーが切れて体がついていけなくなるわけ。その上エネルギーが切れるまでは体温は人並み以上に保たれるもんだから、突然バタッと倒れる」
「そうなんだ……」
「だから、気に留めておいて。バディなんだから」
「………」

 もうバディを辞めないといけない。次の人に教えてあげてって言わないと。

「……つ」

 涙の続きが。もう隠すこともできなかった。

「ヴェスタ! どうしたの。さっきも泣いてたね?」
「俺、仕事辞めるから……」
「どうして?」

 そう約束したから。そういう条件で助けてもらったから。言えない。うまく言えない。ただ首を振った。

「バルとは話したの?」
「……てない」
「話さないと! ヴェスタ。辞めたくないんでしょ? バディに言わずに辞めるなんてだめだよ」

 辞めたくない。仕事中だけでいい、バルのそばにいたい。

「バルのバディの最長記録塗り替えてよ! あと半年だよ」
「……ふふ」

 昨日はバルが生きていてくれさえすればと思ったのに。生きてくれればやっぱりそばにいたいと思ってしまう。

「涙拭いて。元気出して」

 ユミンがもう一つチョコレートを握らせてくれた。

「緑の髪のヴェスタとバルのコンビが私は好きよ」
「……ありがとう、ユミン」

 どうしたらいいのかな……。

 涙を拭いたところで、パンと検査室のドアが開いた。

「ユミン! ヴェスタいねえか」

 バルだった。かなり元の印象に戻っている。早い。

「ヴェスタ! お前何してたんだよ。何回もコールしただろ?」
「ごめん! ちょっとさ……」

 なんだか懐かしくて笑ってしまった。まだ線が細い。少年のように見える。

「じろじろ見んなよ。今くらいが一番きもいよな」
「そんなことないよ。なんか、ああ、バルだなって」

 かっこいい。女の人のバルも素敵だったけど。

「今日は休んだんじゃないの?」
「退院て言われて暇で。時間休にした」

 もう会わないと思ってたから、すごく嬉しい。でもどうしよう。退職届を出すだけと思ってたのに。

「ヴェスタ、泣いた? 涙の匂いがする」

 ユミンがとんと俺の肩を叩いた。勇気を出して。

「私、ちょっと出てくるわね。しばらく戻らないから留守番してて」

 扉が閉まる。バルとふたり。すごく久しぶりのような気がする。

「あのね、バル、俺、仕事辞めないといけない」
「は?」
「あの……アラスターとの約束で………結婚して、仕事辞める……」
「なんで? 結婚と仕事は別の話だろ。そもそもお前は……」
「わかってる! 俺が仕事用だってわかってる。でも……」

 バルがちょっと片眉を上げた。そして俺の頬にかかった髪に指で触れた。

「何色だと思ってる?」
「……青」
「わかってんじゃん。俺が辞めていいって言ったら緑になるか?」
「……ならない」
「じゃあだめだな。アラスターと話しな。なんでお前らはちゃんと話さないんだ? 結婚するんだろ? ずっとそんな風に顔色伺いあって生きてくのか? 面倒だろ?」

 そう。どうしてアラスターにはぶつけられないんだろう。

「そもそも、な? ヴェスタ。お前、仕事好きだろ?」
「……すき!」

 バルがにこっとした。ちゃんと話す……アラスターにそうするのは難しい。約束だし……。だめかもしれないけど、ちゃんと話そう。

「ほら。まずデスクに戻ろう。こっちだってやることがあるんだ。ザムザの方でダリルを絞り終わったら今度はこっちに移送してもらってこっちでも絞るんだから」
「うん」

 二人で検査室を出ようとしたら、ユミンがちょうど戻ってきた。

「留守番ありがとうね」
「ユミン、ありがとう」

 俺が言うと、ユミンは「またお茶しましょうね」と言って部屋に入って行った。









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