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03 トライアル (3)Vesta & Baltroy
07 Baltroy (猟奇事件)
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出勤してデスクについたが、ヴェスタが見当たらなかった。休み? 有休を取るならバディには連絡することになっている。遅刻?
ウロウロしているディーに、ヴェスタを見かけなかったか聞く。
「ヴェスタ? いたよ。てかデスクにいるじゃん」
ヴェスタのデスクを見る。さっきから明るい黄色の髪の誰かが座っている。まさか。
「ヴェスタ?」
「おはよう」
振り返ったのは確かにヴェスタだった。
「髪?」
「ランプがレモンイエローを勧めてきたから」
てっきり情報担当が端末の調整でもしてるんだと思った。確かに似合ってはいるけど。
「どうした?」
「うーん……気分転換かな?」
まあいいや。気分を転換したにしては表情が暗いが、あまり構っても仕方ない。デスクに戻るとコールが来ていた。ザムザだ。ヴェスタを入れての三者コールになっている。
「おう。新婚さん。どうした」
『はは! パーティに来てくれてありがとな。あのさ。仕事の話なんだ』
連邦捜査局の方で今当たっている案件。連続殺人だ。ヒューマンの美形が殺されていたが、先日殺されたのがレプリカント。
『連続殺人には違いないんだけど……』
「発表してない共通点はあるんだろ?」
『うん。それはそうなんだけど。ちょっと不気味な案件なもんで、慎重にしたい。局長から正式に合同捜査の依頼があると思うけど、先に言っとこうかなと思って』
不気味な案件?
ザムザが送ってきた捜査資料をヴェスタと眺める。黄色い髪に慣れない。
殺人事件の一件目は去年の冬。ザムザとマリーンの結婚パーティのすぐ後くらいだ。ヒューマンの女性が何者かに自宅の室内で殺されていた。頸部圧迫による窒息死。暴行の痕跡あり。体液を照合したが登録なし。
二件目が三ヶ月後。同様の手口。被害者はヒューマンの女性。次が一ヶ月後。同じ。その次が先月。ヴェスタとアラスターが住み始めた頃。これは被害者がレプリカント。残された体液が一致。
まあ、嫌な事件。でも不気味ってのは何でだ。
現場の画像を開く。一件目。死後硬直した女性の遺体。喉元が青黒く変色している。部屋の状況。普通の部屋。遺体さえなければ。
二件目。こちらも同じ。でも暴行の跡がかなりはっきりしている。親族なら見ていられないような遺体。その次。遺体の髪が切られている、とメモがついている。戦利品を持っていくようになったわけ。エスカレートしている。次。レプリカント。
不気味というか……。
ぐちゃぐちゃだ。体を切り開かれている。片目も取り出されて、戦利品どころの騒ぎじゃない。
ヴェスタを見る。髪の色がわからない。でも眉根を寄せている。
「体液の登録なしってどういうこと? 前科がないってこと?」
「今のヒューマンは全員18歳で体液を政府に登録させられるんだ。だからそれがないっていうのは、18歳未満か、ヒューマンじゃないか」
「ヒューマンじゃないっていうと、レプリカントかもしれないってこと?」
「でもレプリカントにはヒューマンは殺せないな。お前以外」
「俺だってわざわざこんなことしないよ」
まあそうだ。17歳以下のヒューマン。
ザムザにコールする。
「見たよ。被害者の照合くらいはしてるんだろ? 容疑者は?」
『それがなあ』
被害者たちはほとんど防犯カメラのない街の外れに住んでいた。決め手になる画像が出ない。
「何か共通点?」
『美人』
「そうじゃなくて」
『ごめん。わかってる。でも本当にそれしかないんだ。被害者が美形。あとは職場が街中ってことくらい』
「被害者が美形……」
ヴェスタを見る。こいつも美形。でも被害者たちの容貌が犯人の好みだとすると、ちょっとタイプが違う。被害者たちは勝ち気そうな大人っぽい美人だ。
「バル、今何考えた?」
「囮捜査は無理だなって」
ザムザが画面の向こうで笑う。
『おそらく街で被害者を物色して、それなりに調べてから事に及んでいると思う。自宅付近の防犯カメラのある無しを調べたりね。四人目のレプリカント殺害はレプリカントだとわかってやったのか、そうでないのかはわからない。でも三人目までと明らかに違ってるから、そっちで何か思いつくことはないかと思って。餅は餅屋だろ』
「連邦捜査局でわかんないことを聞かれてもなあ……」
『そう言うなよ。頼りにしてるよお二人さん』
コールが切れた。面倒な案件だ。
「見ただけでレプリカントだって普通の人でもわかることってあるの?」
ヴェスタが聞いてきた。普通はわからない。俺みたいに鼻が利けば、体臭の少なさでわかるかもしれないけど、そんなやつは多くない。
「わかることもある。例えば夜のお前」
ヴェスタは暗視とサーモグラフィが片目ずつ入ってるせいで、夜になると目が光る。
「もちろん、ヒューマンだってコンタクトで光るようにしてるやつはいる。でも、そういうやつはそれなりにそういう服装をしてるだろ。一見普通なのに夜になると目が光るようなのはレプリカントのオプションつきだ」
「ほかには?」
「人形みたいな美形。これも整形や化粧でなんとかしてるヒューマンもいるけど、しみやほくろが全くないのはレプリカントの可能性が高い」
「あとは?」
「ないな。本人とオーナーが他人に言うかどうか」
「言わないんだよね? 普通は」
「そう。普通は。だから可能性としては、レプリカントだからって犯行がエスカレートしたわけじゃなくて、殺してるうちに捕まらないって自信が出てきちゃったってやつ」
「自信が出てくるとエスカレートするの?」
「うん。考えてみな。最初はバレるかも、失敗するかもって考えながらやるから、余計なことしないでさっと終わらせるわけだ。でも二回目三回目になると慣れてくる。これくらいやってもバレない、これくらいやればこうなるって学習する。だから余裕が出てきて、まあ、わけのわからんことも始めるんだよ」
「犯人は捕まえないとやめない?」
「やめない。捕まらないで自分がやりたいことをできるんなら、やめる理由がないだろ」
「こんなことやりたいの?」
「やりたいんだろうな」
なかなか大胆な犯行。手間もかかってる。一度は被害者の家を確認してる。もし被害者の自宅が防犯カメラ満載の街中なら、ターゲットから外すんだろう。どうやって? 被害者をつけていくにも限界がある。
「バグみたいなのをつける?」
「あー。いいかも。ただ、バグは位置情報を送ってこないからな……GPSつきの何かを持たせた?」
「バグでも、撮影間隔がすごく狭ければ」
なるほど。追えるかも知れない。ヴェスタにつけた時のように、何日もつかを考えなくていいなら。バッテリーの尽きたバグは勝手に落ちてゴミに混ざってしまう。
でもそれなら誰にでもできる。全く範囲が狭まらない。こういう被害者と加害者になんの関連もない、行きずりのやつは本当に難しくて、迷宮入りになりがちだ。だからザムザが初手で助けを求めてくる。
「こういう事件は別件逮捕か被害者が逃げ出して通報するかなんだよなあ」
「そんなに難しいの?」
「難しい。次が誰なのかわからないし、目的も動機もわからないから犯人を特定しようがない」
好みそうな女性に協力してもらう? でもそんなのは何人いるか。確実に次のターゲットになるとは限らない。何かないか。狙われている段階でそれを見つけることができれば。
「ねえ、なんで囮捜査できないって思った?」
「お前は犯人の好みじゃないだろ。根に持ってんのか」
ヴェスタはちぇっと言って画面をまた眺めた。
ウロウロしているディーに、ヴェスタを見かけなかったか聞く。
「ヴェスタ? いたよ。てかデスクにいるじゃん」
ヴェスタのデスクを見る。さっきから明るい黄色の髪の誰かが座っている。まさか。
「ヴェスタ?」
「おはよう」
振り返ったのは確かにヴェスタだった。
「髪?」
「ランプがレモンイエローを勧めてきたから」
てっきり情報担当が端末の調整でもしてるんだと思った。確かに似合ってはいるけど。
「どうした?」
「うーん……気分転換かな?」
まあいいや。気分を転換したにしては表情が暗いが、あまり構っても仕方ない。デスクに戻るとコールが来ていた。ザムザだ。ヴェスタを入れての三者コールになっている。
「おう。新婚さん。どうした」
『はは! パーティに来てくれてありがとな。あのさ。仕事の話なんだ』
連邦捜査局の方で今当たっている案件。連続殺人だ。ヒューマンの美形が殺されていたが、先日殺されたのがレプリカント。
『連続殺人には違いないんだけど……』
「発表してない共通点はあるんだろ?」
『うん。それはそうなんだけど。ちょっと不気味な案件なもんで、慎重にしたい。局長から正式に合同捜査の依頼があると思うけど、先に言っとこうかなと思って』
不気味な案件?
ザムザが送ってきた捜査資料をヴェスタと眺める。黄色い髪に慣れない。
殺人事件の一件目は去年の冬。ザムザとマリーンの結婚パーティのすぐ後くらいだ。ヒューマンの女性が何者かに自宅の室内で殺されていた。頸部圧迫による窒息死。暴行の痕跡あり。体液を照合したが登録なし。
二件目が三ヶ月後。同様の手口。被害者はヒューマンの女性。次が一ヶ月後。同じ。その次が先月。ヴェスタとアラスターが住み始めた頃。これは被害者がレプリカント。残された体液が一致。
まあ、嫌な事件。でも不気味ってのは何でだ。
現場の画像を開く。一件目。死後硬直した女性の遺体。喉元が青黒く変色している。部屋の状況。普通の部屋。遺体さえなければ。
二件目。こちらも同じ。でも暴行の跡がかなりはっきりしている。親族なら見ていられないような遺体。その次。遺体の髪が切られている、とメモがついている。戦利品を持っていくようになったわけ。エスカレートしている。次。レプリカント。
不気味というか……。
ぐちゃぐちゃだ。体を切り開かれている。片目も取り出されて、戦利品どころの騒ぎじゃない。
ヴェスタを見る。髪の色がわからない。でも眉根を寄せている。
「体液の登録なしってどういうこと? 前科がないってこと?」
「今のヒューマンは全員18歳で体液を政府に登録させられるんだ。だからそれがないっていうのは、18歳未満か、ヒューマンじゃないか」
「ヒューマンじゃないっていうと、レプリカントかもしれないってこと?」
「でもレプリカントにはヒューマンは殺せないな。お前以外」
「俺だってわざわざこんなことしないよ」
まあそうだ。17歳以下のヒューマン。
ザムザにコールする。
「見たよ。被害者の照合くらいはしてるんだろ? 容疑者は?」
『それがなあ』
被害者たちはほとんど防犯カメラのない街の外れに住んでいた。決め手になる画像が出ない。
「何か共通点?」
『美人』
「そうじゃなくて」
『ごめん。わかってる。でも本当にそれしかないんだ。被害者が美形。あとは職場が街中ってことくらい』
「被害者が美形……」
ヴェスタを見る。こいつも美形。でも被害者たちの容貌が犯人の好みだとすると、ちょっとタイプが違う。被害者たちは勝ち気そうな大人っぽい美人だ。
「バル、今何考えた?」
「囮捜査は無理だなって」
ザムザが画面の向こうで笑う。
『おそらく街で被害者を物色して、それなりに調べてから事に及んでいると思う。自宅付近の防犯カメラのある無しを調べたりね。四人目のレプリカント殺害はレプリカントだとわかってやったのか、そうでないのかはわからない。でも三人目までと明らかに違ってるから、そっちで何か思いつくことはないかと思って。餅は餅屋だろ』
「連邦捜査局でわかんないことを聞かれてもなあ……」
『そう言うなよ。頼りにしてるよお二人さん』
コールが切れた。面倒な案件だ。
「見ただけでレプリカントだって普通の人でもわかることってあるの?」
ヴェスタが聞いてきた。普通はわからない。俺みたいに鼻が利けば、体臭の少なさでわかるかもしれないけど、そんなやつは多くない。
「わかることもある。例えば夜のお前」
ヴェスタは暗視とサーモグラフィが片目ずつ入ってるせいで、夜になると目が光る。
「もちろん、ヒューマンだってコンタクトで光るようにしてるやつはいる。でも、そういうやつはそれなりにそういう服装をしてるだろ。一見普通なのに夜になると目が光るようなのはレプリカントのオプションつきだ」
「ほかには?」
「人形みたいな美形。これも整形や化粧でなんとかしてるヒューマンもいるけど、しみやほくろが全くないのはレプリカントの可能性が高い」
「あとは?」
「ないな。本人とオーナーが他人に言うかどうか」
「言わないんだよね? 普通は」
「そう。普通は。だから可能性としては、レプリカントだからって犯行がエスカレートしたわけじゃなくて、殺してるうちに捕まらないって自信が出てきちゃったってやつ」
「自信が出てくるとエスカレートするの?」
「うん。考えてみな。最初はバレるかも、失敗するかもって考えながらやるから、余計なことしないでさっと終わらせるわけだ。でも二回目三回目になると慣れてくる。これくらいやってもバレない、これくらいやればこうなるって学習する。だから余裕が出てきて、まあ、わけのわからんことも始めるんだよ」
「犯人は捕まえないとやめない?」
「やめない。捕まらないで自分がやりたいことをできるんなら、やめる理由がないだろ」
「こんなことやりたいの?」
「やりたいんだろうな」
なかなか大胆な犯行。手間もかかってる。一度は被害者の家を確認してる。もし被害者の自宅が防犯カメラ満載の街中なら、ターゲットから外すんだろう。どうやって? 被害者をつけていくにも限界がある。
「バグみたいなのをつける?」
「あー。いいかも。ただ、バグは位置情報を送ってこないからな……GPSつきの何かを持たせた?」
「バグでも、撮影間隔がすごく狭ければ」
なるほど。追えるかも知れない。ヴェスタにつけた時のように、何日もつかを考えなくていいなら。バッテリーの尽きたバグは勝手に落ちてゴミに混ざってしまう。
でもそれなら誰にでもできる。全く範囲が狭まらない。こういう被害者と加害者になんの関連もない、行きずりのやつは本当に難しくて、迷宮入りになりがちだ。だからザムザが初手で助けを求めてくる。
「こういう事件は別件逮捕か被害者が逃げ出して通報するかなんだよなあ」
「そんなに難しいの?」
「難しい。次が誰なのかわからないし、目的も動機もわからないから犯人を特定しようがない」
好みそうな女性に協力してもらう? でもそんなのは何人いるか。確実に次のターゲットになるとは限らない。何かないか。狙われている段階でそれを見つけることができれば。
「ねえ、なんで囮捜査できないって思った?」
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