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03 トライアル (2)エア・ランナー
18 Vesta (ノック)
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荷物はほとんどなかった。だって俺、生まれてまだ二年とちょっとだもの。服が少し。バッグや帽子や靴が少し。
アラスターが、あの日、手伝うからどうしても来週来て欲しいと言った。なんだかすごく急いでいるみたい。
しかも、実際に引っ越しなんて一瞬で終わるくらいしか荷物もない。引き伸ばす理由がなくて、頷いた。そしてあっという間に週末になって、明日、アラスターが来る。俺を迎えに。
いいことじゃないか。俺のことを大切にしてくれる、すごく優しい人と暮らせるんだ。そんな人、いない。俺がレプリカントでも、何もできなくても、わがままで泣き虫でも、気にしないで愛してくれる。ザムザに愛されるマリーンみたいに。
服と靴と小物で、そんなに大きくもない箱4つくらいで収まってしまった。あとは捨てるか持っていくか迷うものばかり。棚の上に白い貝殻が載っていた。これは、アラスターからエアランナーの操縦を習い始めたばかりの時に行った海で拾った貝。バルが好きなにおいだと言って手に取った。
その隣には小さなガラスの瓶がある。バルとの最初の事件の時の。イグニスの香水。バルを発情させられる、俺にとっては魔法の小瓶……。
これを。
手に取って改めて見てみる。埃を払う。中身はまだある。これを、付けてしまえばと何度思ったか。これをほんのちょっと。一滴もいらない。紙に残った匂いだけでも効果があったんだ。ほんの少し。バルにわかるかわからないか、たったそれだけ付けられれば。
たったそれだけ。もう一度だけでいい。バルに触れられれば。バルの本当の気持ちじゃなくてもいい。だって諦められない。アラスターが好き。いい人だと思う。悲しませたくない。愛したい。俺もアラスターが愛してくれるのと同じくらい、愛したい。
でもバルがいつもいつも心の中を占めていて、アラスターを締め出してしまう。諦められない。もう一度、もう一度だけでいいから。バルに触れたい。今夜で………。
はっとした。今夜でバルとお別れなんだ。明日からはこの部屋に俺はいない。白いドアがノックされるのを待つこともない。ドアの外でレッダとバルが何かやりとりしているのを聞きながら眠ることも。局からオートキャリアで二人で帰ってくることも。レッダの料理を二人で食べることも………。
嫌だ。そんなの。
反射的に部屋を飛び出していた。バルの部屋をノックする。開けて。バル。お願い。怖い。
アラスターが、あの日、手伝うからどうしても来週来て欲しいと言った。なんだかすごく急いでいるみたい。
しかも、実際に引っ越しなんて一瞬で終わるくらいしか荷物もない。引き伸ばす理由がなくて、頷いた。そしてあっという間に週末になって、明日、アラスターが来る。俺を迎えに。
いいことじゃないか。俺のことを大切にしてくれる、すごく優しい人と暮らせるんだ。そんな人、いない。俺がレプリカントでも、何もできなくても、わがままで泣き虫でも、気にしないで愛してくれる。ザムザに愛されるマリーンみたいに。
服と靴と小物で、そんなに大きくもない箱4つくらいで収まってしまった。あとは捨てるか持っていくか迷うものばかり。棚の上に白い貝殻が載っていた。これは、アラスターからエアランナーの操縦を習い始めたばかりの時に行った海で拾った貝。バルが好きなにおいだと言って手に取った。
その隣には小さなガラスの瓶がある。バルとの最初の事件の時の。イグニスの香水。バルを発情させられる、俺にとっては魔法の小瓶……。
これを。
手に取って改めて見てみる。埃を払う。中身はまだある。これを、付けてしまえばと何度思ったか。これをほんのちょっと。一滴もいらない。紙に残った匂いだけでも効果があったんだ。ほんの少し。バルにわかるかわからないか、たったそれだけ付けられれば。
たったそれだけ。もう一度だけでいい。バルに触れられれば。バルの本当の気持ちじゃなくてもいい。だって諦められない。アラスターが好き。いい人だと思う。悲しませたくない。愛したい。俺もアラスターが愛してくれるのと同じくらい、愛したい。
でもバルがいつもいつも心の中を占めていて、アラスターを締め出してしまう。諦められない。もう一度、もう一度だけでいいから。バルに触れたい。今夜で………。
はっとした。今夜でバルとお別れなんだ。明日からはこの部屋に俺はいない。白いドアがノックされるのを待つこともない。ドアの外でレッダとバルが何かやりとりしているのを聞きながら眠ることも。局からオートキャリアで二人で帰ってくることも。レッダの料理を二人で食べることも………。
嫌だ。そんなの。
反射的に部屋を飛び出していた。バルの部屋をノックする。開けて。バル。お願い。怖い。
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