64 / 229
03 トライアル (1)マリーン探し
15 Vesta (マリーンとザムザ)
しおりを挟む
その日も雨が降っていて、公用車で向かっている間もこんな日に本当にいるのか心配だった。逃げられないようにマドラ・デュナンの家の裏手に停めて、静かに近づいた。いる。深くフードを被って、ずぶ濡れになっている。
「マリーン・トーマソンさんですね?」
ばっと男が声をかけたバルを睨みつけた。深い青い目。面影がある。間違いない。
「何の用?」
「レプリカント人権保護局です。あなたを保護します」
「保護なんかされたくない! 私はあいつを殺してやりたいの! 同じ目に遭わせてやるまで動かない」
「落ち着いて。あんなやつのために自分の将来を棒に振ることはない」
バルがマリーンの手首を掴む。でもマリーンは手を引き剥がそうと抵抗する。
「離して!」
「とりあえず局に行きましょう」
あのバルが動けない。手荒なことをしたくないというのはあるけど、バルにこんなに抵抗するなんてかなり力がある。急いであたりを見回す。そろそろ来ると思うんだけど。鎮静剤を打つかどうかだ。
やりようがなくて困っていると、雨の中、ばしゃばしゃと駆けてくる足音が聞こえた。やっと来た。
「マリーン!」
ふっとマリーンの手から力が抜けたのがわかった。
「見ないで!」
「マリーン」
バルがほっと息をついて、おせーんだよとつぶやいた。息を切らせて走ってきたザムザは、同じくらいの身長の彼……彼女を抱きしめた。
「見ないで! ザムザ」
「ずっと探してたんだ、マリーン。帰っておいで」
「だって……」
「一緒に行こう?」
「いや! あなたを信じられない……」
「いいよ。君が信じられるまで何度でも疑っていい。俺は君が好きだ。一緒に帰ろう」
ザムザはどう見ても男性のマリーンに熱烈にキスした。
「いつまで待ってりゃいいんだこれ」
「茶化すなよバル」
少し二人にしよう、とバルが言うので、裏手に停めた公用車でザムザとマリーンを待った。
「……あの……あれはさ、薬なの? 手術なの?」
「ああ。薬だと思う。手術は高いのと回復も遅いからやる人は多くないな。薬だけでかなり変わるし」
「性別が変わるの?」
「んー……薬だと正確には変わらない。ぱっと見だけ。でもマリーンは背が高くて割とがっちりしてるからな。どう見ても男だったな。あれは予想できねえ」
「元に戻れるのかな?」
「戻れるよ。ほっとけば半年くらいで戻るんじゃないか」
あれなら男性として日雇の仕事ができる。それでもかなり辛かっただろう。もともと女の人なのに、いきなり男の人たちに混じって力仕事をするのは。
休暇をとってマリーンを迎えに来たザムザとマリーンは、もうしばらくしてやっと車の後部座席に乗り込んだ。やはり仕草が女性らしい。さめざめと泣いている。さっきバルの手を力づくで引き剥がそうとした人には見えない。
「とりあえず、レプリカント人権保護局に行ってもらいますね」
「……何をするの?」
「あなたの保護。プログラムを書き換えられているだろ。戻します。そして元いたところに帰る」
「信じられない。私の居場所なんてない。記憶をいじってどこかで働かされるんでしょ?」
ザムザがぎゅっとマリーンの手をにぎる。でもマリーンにはわからないみたいだ。どんなにザムザが心配して、どんなに探していたのか。
「どうして信じられないの?」
マリーンに向かって話しかけたけど、返事をしたのはバルだった。
「ヴェスタ、マリーンはプログラムのせいでヒューマンに対する猜疑心が強くなってるんだ。仕方ない」
「そんなにプログラムってすごいの?」
「さあ。わかんねえ。俺にもお前にも入ってないからな」
「じゃあ、マリーン、俺はレプリカントだよ。あなたとおんなじ。俺のことは信じてね。ザムザはずっと休日潰してあなたのこと探してた。半年間。本当だよ」
「………」
また涙がマリーンの頬を伝った。ザムザはそっとマリーンの肩を抱いて、涙を手で拭いた。マリーンの服は雨でびしゃびしゃで、泥や黒い汚れが沢山ついていた。くつもどろどろだった。でもザムザの肩に体を預けて濡れた目をしている彼女と、捜査局のジャケットを着たまま飛び出してきたらしいザムザはすごくお似合いで美しかった。
目に見えるみたいだった。二人の関係性が。
「いいなあ」
口をついて出た言葉だった。
「何が」
バルも俺を迎えに来てくれる? こんな風に。何もかも放り出して。俺がどんな姿になっても。
「見つかってよかったねって」
「そうだな」
たぶんそういうんじゃないんだよね。バルと俺は。涙が出そうになって、局に着くまで外を眺めていた。
「マリーン・トーマソンさんですね?」
ばっと男が声をかけたバルを睨みつけた。深い青い目。面影がある。間違いない。
「何の用?」
「レプリカント人権保護局です。あなたを保護します」
「保護なんかされたくない! 私はあいつを殺してやりたいの! 同じ目に遭わせてやるまで動かない」
「落ち着いて。あんなやつのために自分の将来を棒に振ることはない」
バルがマリーンの手首を掴む。でもマリーンは手を引き剥がそうと抵抗する。
「離して!」
「とりあえず局に行きましょう」
あのバルが動けない。手荒なことをしたくないというのはあるけど、バルにこんなに抵抗するなんてかなり力がある。急いであたりを見回す。そろそろ来ると思うんだけど。鎮静剤を打つかどうかだ。
やりようがなくて困っていると、雨の中、ばしゃばしゃと駆けてくる足音が聞こえた。やっと来た。
「マリーン!」
ふっとマリーンの手から力が抜けたのがわかった。
「見ないで!」
「マリーン」
バルがほっと息をついて、おせーんだよとつぶやいた。息を切らせて走ってきたザムザは、同じくらいの身長の彼……彼女を抱きしめた。
「見ないで! ザムザ」
「ずっと探してたんだ、マリーン。帰っておいで」
「だって……」
「一緒に行こう?」
「いや! あなたを信じられない……」
「いいよ。君が信じられるまで何度でも疑っていい。俺は君が好きだ。一緒に帰ろう」
ザムザはどう見ても男性のマリーンに熱烈にキスした。
「いつまで待ってりゃいいんだこれ」
「茶化すなよバル」
少し二人にしよう、とバルが言うので、裏手に停めた公用車でザムザとマリーンを待った。
「……あの……あれはさ、薬なの? 手術なの?」
「ああ。薬だと思う。手術は高いのと回復も遅いからやる人は多くないな。薬だけでかなり変わるし」
「性別が変わるの?」
「んー……薬だと正確には変わらない。ぱっと見だけ。でもマリーンは背が高くて割とがっちりしてるからな。どう見ても男だったな。あれは予想できねえ」
「元に戻れるのかな?」
「戻れるよ。ほっとけば半年くらいで戻るんじゃないか」
あれなら男性として日雇の仕事ができる。それでもかなり辛かっただろう。もともと女の人なのに、いきなり男の人たちに混じって力仕事をするのは。
休暇をとってマリーンを迎えに来たザムザとマリーンは、もうしばらくしてやっと車の後部座席に乗り込んだ。やはり仕草が女性らしい。さめざめと泣いている。さっきバルの手を力づくで引き剥がそうとした人には見えない。
「とりあえず、レプリカント人権保護局に行ってもらいますね」
「……何をするの?」
「あなたの保護。プログラムを書き換えられているだろ。戻します。そして元いたところに帰る」
「信じられない。私の居場所なんてない。記憶をいじってどこかで働かされるんでしょ?」
ザムザがぎゅっとマリーンの手をにぎる。でもマリーンにはわからないみたいだ。どんなにザムザが心配して、どんなに探していたのか。
「どうして信じられないの?」
マリーンに向かって話しかけたけど、返事をしたのはバルだった。
「ヴェスタ、マリーンはプログラムのせいでヒューマンに対する猜疑心が強くなってるんだ。仕方ない」
「そんなにプログラムってすごいの?」
「さあ。わかんねえ。俺にもお前にも入ってないからな」
「じゃあ、マリーン、俺はレプリカントだよ。あなたとおんなじ。俺のことは信じてね。ザムザはずっと休日潰してあなたのこと探してた。半年間。本当だよ」
「………」
また涙がマリーンの頬を伝った。ザムザはそっとマリーンの肩を抱いて、涙を手で拭いた。マリーンの服は雨でびしゃびしゃで、泥や黒い汚れが沢山ついていた。くつもどろどろだった。でもザムザの肩に体を預けて濡れた目をしている彼女と、捜査局のジャケットを着たまま飛び出してきたらしいザムザはすごくお似合いで美しかった。
目に見えるみたいだった。二人の関係性が。
「いいなあ」
口をついて出た言葉だった。
「何が」
バルも俺を迎えに来てくれる? こんな風に。何もかも放り出して。俺がどんな姿になっても。
「見つかってよかったねって」
「そうだな」
たぶんそういうんじゃないんだよね。バルと俺は。涙が出そうになって、局に着くまで外を眺めていた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
両腕のない義弟との性事情
papporopueeee
BL
父子家庭で育ったケンと、母子家庭で育ったカオル。
親の再婚によりふたりは義兄弟となったが、
交通事故により両親とカオルの両腕が失われてしまう。
ケンは両腕を失ったカオルの世話を始めるが、
思春期であるカオルは性介助を求めていて……。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる