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02 潜入捜査
23 Baltroy (違和感)
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28人目の時だった。ふと違和感があった。女性の役員にコールしていた。
『キャリコ・トルーディです』
「こんばんは。レプリカント人権保護局の捜査官のA492090rpです。貴社の職員に情報漏洩の可能性があり……」
『ああ。CEOから一斉メールが来ました。協力はしますよ』
「何かご存知のことはありませんか? 怪しい動きをしている職員であったり、外部から貴社のシステムに侵入されたりしたことなど……」
『システムのことはシステム管理課に聞いて頂ければ。少なくとも私の知る範囲では心当たりはありません』
コール画面の向こうの女は、化粧っけのない顔で後ろで髪を一つに結んでいる。その目をじっと見る。秒数をカウント。
『他に何か』
「……いえ、あなたはレプリカントをお持ちですか?」
『はい。一体所有しています。自宅におりますけど』
「そのレプリカントの方とお話できますか?」
『レプリカント人権保護局は人権のあるレプリカントの保護をするところですよね。うちのレプリカントには人権がないので、必要性を感じません』
まばたき。
「……承知しました。でも、できるだけご協力願います」
『人権のないレプリカントのことも守ってくれると言うならいいんですけどね』
コール終了。念のため撮っていた録画をもう一度見る。まばたきの間隔。とても一定している。とても。ヒューマンならあり得ないほどに。あの女はレプリカントだ。
じゃあ、家にいる方がヒューマンでオーナー?
彼女の戸籍を見直す。キャリコ・トルーディ。納品書をオーナー名で逆引きすると、確かに一昨年、一体のレプリカントを発注している。当然AAA製だ。
納品書の隅々まで眺める。容貌に画像指定ありになっている。指定された画像は先程の女の画像だ。発注者に似せて作ったのか……。支配率は80%。プログラミング技能がプレインストールされている。このレプリカントは人権がないので、戸籍がなくて個人IDもない。
入れ替わっている?
この女について名前で検索してみる。大企業の役員だ。たぶんいろんなところに経歴やらなんやらが公開されているはずだ。ちょっと見ただけでずらりと検索結果が並ぶ。手前から開いて見てみる。
この女、キャリコ・トルーディはもともとはAIプログラムの研究者だった。特許もとっている。金には困らないだろう。彼女の著書も出てきた。レプリカントの自由と平等について。いくつかの雑誌にもAAAの役員の肩書きでレプリカントの人間性やヒューマンとの共生について寄稿している。レプリカントの自由……。ファビアの書き置き。私は自由になります。
ReLFが今の活動をするには四つのファクターが必要だ。金とプログラマ、そしてレプリカントの情報と、思想。この女は全てを持っている。たまたま? いやいや。怪しすぎる。だってレプリカントが本人のフリまでしてるんだ。ポーカーならフォアカードってとこ。
公用車を出す。局長にバレたらまた説教だ。都心からさほど離れていない、瀟洒な住宅地のキャリコ・トルーディの家に着いてインターフォンを押す。さっき会社で話した女と同じ声が聞こえた。
「はい。どちら様でしょうか」
「レプリカント人権保護局の捜査官A492090rpです。少しお話させていただきたいのですが」
「レプリカント人権保護局……」
ドアが開く。ものすごく広い家だ。
「どうぞ」
さっきのキャリコと全く同じ女が家の中に招く。
「先程、オーナーさんの個人IDにコールさせていただいたところ、レプリカントの方が出られたのでオーナーご本人とお話したいと思いまして」
女はぴたりと止まった。
「……レプリカントだとわかったんですか」
「まあ。職業柄。なぜレプリカントがキャリコさんとして?」
「仕事が嫌になりまして。のんびりしたくて自分そっくりのレプリカントを作って入れ替わったんです。誰からも気づかれた事はなかったんですが」
「なるほど……ところで、あなたは全てのレプリカントに人権を与えるべきだという内容の本や文章を出しておられますよね。今、ReLFという団体が事件を起こしていますが、どう思われますか」
「レプリカントも自由であるべきです。事件を起こしているというのはヒューマン側の見方ですよね。レプリカントが自由意志を手に入れたと思ってはいかがですか」
「でもあなたは支配率の高いレプリカントを買われていますよね。かなり高い。自由とは程遠いと思われませんか?」
「支配率が高くても、自由意思がないわけではないわ。私は常にそういう主張をしているはずです。お帰りください」
「最後にもう一つだけ。保証をお使いになりましたか? あるいは、もう一体レプリカントを購入されたことはありますか? 言っていただけなければこちらで調べますが」
「……保証を使ったことがあります。去年かしら。階段から落ちて動かなくなってしまったので」
「ありがとうございました」
公用車に乗る。さっきの会話を思い起こす。
入れ替わった。私にそっくりのレプリカントを作って入れ替わったんです。二人ともレプリカントだ。会社にいたやつも、家にいるやつも。こっちの女はにおいがしなさすぎる。レプリカントだ。
── そしたらさ、オーナーの人から、「お前はブレンダンじゃなく、ジャックだ」って言われたらそうなっちゃうってことかな?
オーナーが「あなたは私」と支配率8割のレプリカントに言ったらどうなるのか。
ブレンダンが自分をヒューマンだと信じて疑わなかったように、キャリコのレプリカントもキャリコが言ったことを忠実に再現する。何もかも。仕事も、思想も。入れ替わっていることは誰にもわからない。むしろ、オーナーの言うことを真っ向から捉えて必死で実現させようとするだろう。自分はキャリコだ、仕事を務めレプリカントを自由にしなければならない、と。
イレプリカは、irreplicant
レプリカントではない
ヴェスタに通信する。
『バル!』
「とりあえず、怪しいレプリカントは見つかった。オーナーと入れ替わってる」
『どういうこと?』
「オーナーはたぶん死んでる。オーナーが死んだ時、自分がオーナーだと思い込んでいるレプリカントが保証を使ってオーナーの遺体を始末させたと思う」
『そんなのわからないものなの?』
「わからないだろうな。納品したのと同外見なら。今回のレプリカントは人権なしだから事件にもならない」
『支配率どのくらい?』
「80%。お前、自分が言ったこと覚えてるだろ?」
『まさか。本当に? 自分がヒューマンのオーナーになり切ってるの?』
「たぶんな。オーナーは生前からレプリカントの自由や解放を訴えていた。オーナーが死んで、レプリカントが本気でそれを成し遂げようと動き出したんじゃないか。ザムザに伝えてくれ。容疑者は『キャリコ・トルーディ』。AAAの役員だ。ReLF絡みじゃなかったとしても、死体遺棄はやってる。土曜日だから通信不能とはまさか言われてねえよな?」
『ん。わかった! すごいね、どうやってみつけたの?』
「コールしたんだよ。AAAの社員の上から順に」
『ふふふ、バルらしいね』
?
「ヴェスタ?」
『なに?』
なんだろう。何か変だ。作ってる感じがする。なんだか、わざと明るく振る舞ってるみたいだ。
「どうかしたか?」
『ううん。新しいことがわかって嬉しいだけ。すぐザムザに知らせるね』
「うん」
『大丈夫だから。じゃ、またね』
『キャリコ・トルーディです』
「こんばんは。レプリカント人権保護局の捜査官のA492090rpです。貴社の職員に情報漏洩の可能性があり……」
『ああ。CEOから一斉メールが来ました。協力はしますよ』
「何かご存知のことはありませんか? 怪しい動きをしている職員であったり、外部から貴社のシステムに侵入されたりしたことなど……」
『システムのことはシステム管理課に聞いて頂ければ。少なくとも私の知る範囲では心当たりはありません』
コール画面の向こうの女は、化粧っけのない顔で後ろで髪を一つに結んでいる。その目をじっと見る。秒数をカウント。
『他に何か』
「……いえ、あなたはレプリカントをお持ちですか?」
『はい。一体所有しています。自宅におりますけど』
「そのレプリカントの方とお話できますか?」
『レプリカント人権保護局は人権のあるレプリカントの保護をするところですよね。うちのレプリカントには人権がないので、必要性を感じません』
まばたき。
「……承知しました。でも、できるだけご協力願います」
『人権のないレプリカントのことも守ってくれると言うならいいんですけどね』
コール終了。念のため撮っていた録画をもう一度見る。まばたきの間隔。とても一定している。とても。ヒューマンならあり得ないほどに。あの女はレプリカントだ。
じゃあ、家にいる方がヒューマンでオーナー?
彼女の戸籍を見直す。キャリコ・トルーディ。納品書をオーナー名で逆引きすると、確かに一昨年、一体のレプリカントを発注している。当然AAA製だ。
納品書の隅々まで眺める。容貌に画像指定ありになっている。指定された画像は先程の女の画像だ。発注者に似せて作ったのか……。支配率は80%。プログラミング技能がプレインストールされている。このレプリカントは人権がないので、戸籍がなくて個人IDもない。
入れ替わっている?
この女について名前で検索してみる。大企業の役員だ。たぶんいろんなところに経歴やらなんやらが公開されているはずだ。ちょっと見ただけでずらりと検索結果が並ぶ。手前から開いて見てみる。
この女、キャリコ・トルーディはもともとはAIプログラムの研究者だった。特許もとっている。金には困らないだろう。彼女の著書も出てきた。レプリカントの自由と平等について。いくつかの雑誌にもAAAの役員の肩書きでレプリカントの人間性やヒューマンとの共生について寄稿している。レプリカントの自由……。ファビアの書き置き。私は自由になります。
ReLFが今の活動をするには四つのファクターが必要だ。金とプログラマ、そしてレプリカントの情報と、思想。この女は全てを持っている。たまたま? いやいや。怪しすぎる。だってレプリカントが本人のフリまでしてるんだ。ポーカーならフォアカードってとこ。
公用車を出す。局長にバレたらまた説教だ。都心からさほど離れていない、瀟洒な住宅地のキャリコ・トルーディの家に着いてインターフォンを押す。さっき会社で話した女と同じ声が聞こえた。
「はい。どちら様でしょうか」
「レプリカント人権保護局の捜査官A492090rpです。少しお話させていただきたいのですが」
「レプリカント人権保護局……」
ドアが開く。ものすごく広い家だ。
「どうぞ」
さっきのキャリコと全く同じ女が家の中に招く。
「先程、オーナーさんの個人IDにコールさせていただいたところ、レプリカントの方が出られたのでオーナーご本人とお話したいと思いまして」
女はぴたりと止まった。
「……レプリカントだとわかったんですか」
「まあ。職業柄。なぜレプリカントがキャリコさんとして?」
「仕事が嫌になりまして。のんびりしたくて自分そっくりのレプリカントを作って入れ替わったんです。誰からも気づかれた事はなかったんですが」
「なるほど……ところで、あなたは全てのレプリカントに人権を与えるべきだという内容の本や文章を出しておられますよね。今、ReLFという団体が事件を起こしていますが、どう思われますか」
「レプリカントも自由であるべきです。事件を起こしているというのはヒューマン側の見方ですよね。レプリカントが自由意志を手に入れたと思ってはいかがですか」
「でもあなたは支配率の高いレプリカントを買われていますよね。かなり高い。自由とは程遠いと思われませんか?」
「支配率が高くても、自由意思がないわけではないわ。私は常にそういう主張をしているはずです。お帰りください」
「最後にもう一つだけ。保証をお使いになりましたか? あるいは、もう一体レプリカントを購入されたことはありますか? 言っていただけなければこちらで調べますが」
「……保証を使ったことがあります。去年かしら。階段から落ちて動かなくなってしまったので」
「ありがとうございました」
公用車に乗る。さっきの会話を思い起こす。
入れ替わった。私にそっくりのレプリカントを作って入れ替わったんです。二人ともレプリカントだ。会社にいたやつも、家にいるやつも。こっちの女はにおいがしなさすぎる。レプリカントだ。
── そしたらさ、オーナーの人から、「お前はブレンダンじゃなく、ジャックだ」って言われたらそうなっちゃうってことかな?
オーナーが「あなたは私」と支配率8割のレプリカントに言ったらどうなるのか。
ブレンダンが自分をヒューマンだと信じて疑わなかったように、キャリコのレプリカントもキャリコが言ったことを忠実に再現する。何もかも。仕事も、思想も。入れ替わっていることは誰にもわからない。むしろ、オーナーの言うことを真っ向から捉えて必死で実現させようとするだろう。自分はキャリコだ、仕事を務めレプリカントを自由にしなければならない、と。
イレプリカは、irreplicant
レプリカントではない
ヴェスタに通信する。
『バル!』
「とりあえず、怪しいレプリカントは見つかった。オーナーと入れ替わってる」
『どういうこと?』
「オーナーはたぶん死んでる。オーナーが死んだ時、自分がオーナーだと思い込んでいるレプリカントが保証を使ってオーナーの遺体を始末させたと思う」
『そんなのわからないものなの?』
「わからないだろうな。納品したのと同外見なら。今回のレプリカントは人権なしだから事件にもならない」
『支配率どのくらい?』
「80%。お前、自分が言ったこと覚えてるだろ?」
『まさか。本当に? 自分がヒューマンのオーナーになり切ってるの?』
「たぶんな。オーナーは生前からレプリカントの自由や解放を訴えていた。オーナーが死んで、レプリカントが本気でそれを成し遂げようと動き出したんじゃないか。ザムザに伝えてくれ。容疑者は『キャリコ・トルーディ』。AAAの役員だ。ReLF絡みじゃなかったとしても、死体遺棄はやってる。土曜日だから通信不能とはまさか言われてねえよな?」
『ん。わかった! すごいね、どうやってみつけたの?』
「コールしたんだよ。AAAの社員の上から順に」
『ふふふ、バルらしいね』
?
「ヴェスタ?」
『なに?』
なんだろう。何か変だ。作ってる感じがする。なんだか、わざと明るく振る舞ってるみたいだ。
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