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02 潜入捜査
13 Baltroy (ピンポイント)
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昼間は普通にディーと仕事をしなきゃいけない。
先日、金持ちに送ってたメールのレスポンスが来ていた。今すぐ中身を確認したいけど我慢。
「バル、ワズローのレプリカントの件だけど……ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
連絡が急に付かなくなったレプリカントの調査。ナツナのヘルプの予定の打ち合わせ。
「バル、配置はここでいい? 撃たれるかも」
「いいよ。どこでも」
「いつもごめんね」
じりじり手が開くのを待ってる自分に気がつく。やれやれ。一通り片付けてやっと誰も話しかけてこなくなったところでメールを開く。金持ちの秘書からの返信。相手にされないかと思ってた。
『このたび、お問合せいただきましたラライサ・マデルの件につきまして、回答さしあげます。ラライサ・マデルは現在はプログラムをデフォルトにしたため、問題なく動作しておりますので……』
「バル、何をやってる?」
「はい! すみません」
局長の声に振り向くと、アラスターとユミンが爆笑していた。アラスターの声真似だったらしい。全然気づかなかった。普段ならにおいでわかりそうなもんだ。
「あなたねえ! 気持ちはわかるけど……」
「なんだよ……」
「あんまり派手にやるなよ! 局長に見つかったらまーた『ヴェスタはバルがいないと捜査官としては……』って始まるよ」
「わかってるよ……うるせーな」
「がんばってね。ふふふ」
やれやれ。続き。
『……ので、ご希望の本人との対話につきましては問題ございません。ラライサは汎用ブリングを所持しておりますので、そちらに直接コールしてください。コールIDは以下の通りです』
ちらっと時計を見る。17時45分。まあいいか。
「こんばんは。こちら、レプリカント人権保護局のA492090rpです。ちょっと伺いたいことがございまして」
『こんばんは。秘書のベラから聞いています。ReLFにいた時のことですよね』
「そうです。現在、ReLFの動向を調査しているんですが、何か覚えていることはないかと」
ラライサ・マデルは先日の25件目の爆破強盗事件で実行犯だった少年型のレプリカントだ。人気歌手の所有になっていて、支配率65%なので罪には問われずプログラムの修正をされて持ち主に返されている。犯人の一人というよりは、「盗品」の扱い。
『覚えてはいるんですよ。少しだけど……』
彼は誘拐されたその日、いつもと同じようにオーナーとオーナーが持っている他のレプリカントたちと一緒に買い物に行っていた。オーナーはレプリカントたちと連れ立って出かけるのが好きだったから。
ファッションモールを歩いていた時、少しウィンドウに足を止めた。オーナーたちの一団と少し離れたその瞬間、誰かがラライサを羽交締めにし、誰かがイヤフォンを耳に付けた。「呪文」が聞こえた。気が付いたらオートキャリアに乗せられ、どこかに運ばれているところだった。
「呪文。パスコード要求の」
『そうです』
着いた先はよくわからない宿泊施設みたいなところ。嫌だった。帰りたかった。何人か同じように誘拐されて来た人たちがいて、一緒に暮らした。やがて……
『……悪い人たちじゃないなあって。落ち込んでたのを、みんなで支え合って、励ましてもらって……。仲良くなってからみんながパスコードを言うって言うから、俺も、いいかなって。書き換えは勝手にはしないって言うし。でも、教えたらすぐ、なんていうか……自分が変わってしまった』
「変わってしまった」
『そう。ヒューマンのやることなすこと、全部、なんていうか……疑いたくなるんです。嘘ついてるんじゃないかとか、どうせ俺たちのことなんかなんとも思ってないくせに、とか。これまでは、オーナーのことも大好きだったのに、他のレプリカントたちも持ってることとか、許せなくなって……。ヒューマンなんて不実だ、みんな死んじゃえって』
「前はそんなこと思わなかった」
『思わなかった。今も思わないです。あの時だけ。助けられてからプログラムを書き換えられてたんだって聞きました』
「ふうん……。自分がどこにいたのかわかりますか? その、プログラムを書き換えられていたころ」
『わからないんです。移動はいつもスモークが入った大型のオートキャリアで。自分がやったの、信じられないけど、工場を爆破した時も、降りたらその建物の前で、ここかって。他にも何人か一緒にいて、その人たちについて行った感じ』
「なるほど。他に覚えていることはありますか」
『いや……オーナーに、早く忘れるように言われていて。あまり思い出さないようにしていたので……』
「そうか。それは申し訳ありませんでした」
ふと思いついて最後に尋ねた。
「今はオーナーが好きですか?」
『……ほんとのこと言うと、あれからちょっと、やだなって思う時あります。他のレプリカントたちから色々話を聞いて、オーナーを独り占めできるレプリカントが羨ましくなった。前は5人でオーナーにかわいがられてても何とも思わなかったんだけど』
「そうですか……。どうもありがとうございました。ご協力に感謝します」
ヒントになったような、ならないような。プログラムはかなりレプリカントたちに強く作用するらしい。そりゃそうだ。本来ならヒューマンを怪我させるようなことはできないはずのレプリカントたちが、爆弾を持ってヒューマンに突っ込んで来るんだ。しかもプログラムを戻されてからも、オーナーへの悪感情が残ったままとは。まあ、人工脳の記憶は消せないからな……。
ラライサのオーナーの資料を見る。なるほど、彼の他に4人もレプリカントを所有している。みんな人権がないタイプだ。本来なら、何の疑問も抱かずにオーナーの言うことに従うはずの支配率。
ラライサが誘拐された日の画像を見てみる。ショッピングモールにはカメラが多いので大量に出てきた。適当に開く。派手な格好の男が、美形の男女に囲まれて歩いている画像。周りにいる美形たちがレプリカントなんだろう。ラライサも混じっている。
オーナーの画像をザッピングしてみる。夕方ごろの画像にはもうラライサは映っていない。慌てた顔のオーナー。レプリカントたちも焦った顔をしている。ラライサだけ連れ去られたことに気がついたんだ。
「……」
5体もレプリカントを連れて歩いてて、何でラライサだけ連れて行った? よほどわかりやすいオプションでもついてるのか?
ラライサの納品データを見る。レプリカントが一番「レプリカントばれ」するのは夜に光る目だが、暗視もサーモも入っていない彼の目は光ったりしない。
じゃあ、何で?
申し訳ないと思いつつ、もう一度彼にコールする。
『はい。どうしたんですか』
「すみません。どうしてあなただけが攫われたのか心当たりはありますか?」
『ないんです。オーナーは、俺たちのことは表向きは「お気に入りのヒューマンのファン」ということにしてるし、俺たちもそう振る舞ってました。どうして5人の中で俺だけ攫われたのかはわからないです』
余計にわからなくなった。誘拐された場面の画像を探して見てみたが、他のレプリカントが一人になっても何も起こっていない。ラライサだけを狙ったみたいだ。
「うーん……」
先日、金持ちに送ってたメールのレスポンスが来ていた。今すぐ中身を確認したいけど我慢。
「バル、ワズローのレプリカントの件だけど……ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
連絡が急に付かなくなったレプリカントの調査。ナツナのヘルプの予定の打ち合わせ。
「バル、配置はここでいい? 撃たれるかも」
「いいよ。どこでも」
「いつもごめんね」
じりじり手が開くのを待ってる自分に気がつく。やれやれ。一通り片付けてやっと誰も話しかけてこなくなったところでメールを開く。金持ちの秘書からの返信。相手にされないかと思ってた。
『このたび、お問合せいただきましたラライサ・マデルの件につきまして、回答さしあげます。ラライサ・マデルは現在はプログラムをデフォルトにしたため、問題なく動作しておりますので……』
「バル、何をやってる?」
「はい! すみません」
局長の声に振り向くと、アラスターとユミンが爆笑していた。アラスターの声真似だったらしい。全然気づかなかった。普段ならにおいでわかりそうなもんだ。
「あなたねえ! 気持ちはわかるけど……」
「なんだよ……」
「あんまり派手にやるなよ! 局長に見つかったらまーた『ヴェスタはバルがいないと捜査官としては……』って始まるよ」
「わかってるよ……うるせーな」
「がんばってね。ふふふ」
やれやれ。続き。
『……ので、ご希望の本人との対話につきましては問題ございません。ラライサは汎用ブリングを所持しておりますので、そちらに直接コールしてください。コールIDは以下の通りです』
ちらっと時計を見る。17時45分。まあいいか。
「こんばんは。こちら、レプリカント人権保護局のA492090rpです。ちょっと伺いたいことがございまして」
『こんばんは。秘書のベラから聞いています。ReLFにいた時のことですよね』
「そうです。現在、ReLFの動向を調査しているんですが、何か覚えていることはないかと」
ラライサ・マデルは先日の25件目の爆破強盗事件で実行犯だった少年型のレプリカントだ。人気歌手の所有になっていて、支配率65%なので罪には問われずプログラムの修正をされて持ち主に返されている。犯人の一人というよりは、「盗品」の扱い。
『覚えてはいるんですよ。少しだけど……』
彼は誘拐されたその日、いつもと同じようにオーナーとオーナーが持っている他のレプリカントたちと一緒に買い物に行っていた。オーナーはレプリカントたちと連れ立って出かけるのが好きだったから。
ファッションモールを歩いていた時、少しウィンドウに足を止めた。オーナーたちの一団と少し離れたその瞬間、誰かがラライサを羽交締めにし、誰かがイヤフォンを耳に付けた。「呪文」が聞こえた。気が付いたらオートキャリアに乗せられ、どこかに運ばれているところだった。
「呪文。パスコード要求の」
『そうです』
着いた先はよくわからない宿泊施設みたいなところ。嫌だった。帰りたかった。何人か同じように誘拐されて来た人たちがいて、一緒に暮らした。やがて……
『……悪い人たちじゃないなあって。落ち込んでたのを、みんなで支え合って、励ましてもらって……。仲良くなってからみんながパスコードを言うって言うから、俺も、いいかなって。書き換えは勝手にはしないって言うし。でも、教えたらすぐ、なんていうか……自分が変わってしまった』
「変わってしまった」
『そう。ヒューマンのやることなすこと、全部、なんていうか……疑いたくなるんです。嘘ついてるんじゃないかとか、どうせ俺たちのことなんかなんとも思ってないくせに、とか。これまでは、オーナーのことも大好きだったのに、他のレプリカントたちも持ってることとか、許せなくなって……。ヒューマンなんて不実だ、みんな死んじゃえって』
「前はそんなこと思わなかった」
『思わなかった。今も思わないです。あの時だけ。助けられてからプログラムを書き換えられてたんだって聞きました』
「ふうん……。自分がどこにいたのかわかりますか? その、プログラムを書き換えられていたころ」
『わからないんです。移動はいつもスモークが入った大型のオートキャリアで。自分がやったの、信じられないけど、工場を爆破した時も、降りたらその建物の前で、ここかって。他にも何人か一緒にいて、その人たちについて行った感じ』
「なるほど。他に覚えていることはありますか」
『いや……オーナーに、早く忘れるように言われていて。あまり思い出さないようにしていたので……』
「そうか。それは申し訳ありませんでした」
ふと思いついて最後に尋ねた。
「今はオーナーが好きですか?」
『……ほんとのこと言うと、あれからちょっと、やだなって思う時あります。他のレプリカントたちから色々話を聞いて、オーナーを独り占めできるレプリカントが羨ましくなった。前は5人でオーナーにかわいがられてても何とも思わなかったんだけど』
「そうですか……。どうもありがとうございました。ご協力に感謝します」
ヒントになったような、ならないような。プログラムはかなりレプリカントたちに強く作用するらしい。そりゃそうだ。本来ならヒューマンを怪我させるようなことはできないはずのレプリカントたちが、爆弾を持ってヒューマンに突っ込んで来るんだ。しかもプログラムを戻されてからも、オーナーへの悪感情が残ったままとは。まあ、人工脳の記憶は消せないからな……。
ラライサのオーナーの資料を見る。なるほど、彼の他に4人もレプリカントを所有している。みんな人権がないタイプだ。本来なら、何の疑問も抱かずにオーナーの言うことに従うはずの支配率。
ラライサが誘拐された日の画像を見てみる。ショッピングモールにはカメラが多いので大量に出てきた。適当に開く。派手な格好の男が、美形の男女に囲まれて歩いている画像。周りにいる美形たちがレプリカントなんだろう。ラライサも混じっている。
オーナーの画像をザッピングしてみる。夕方ごろの画像にはもうラライサは映っていない。慌てた顔のオーナー。レプリカントたちも焦った顔をしている。ラライサだけ連れ去られたことに気がついたんだ。
「……」
5体もレプリカントを連れて歩いてて、何でラライサだけ連れて行った? よほどわかりやすいオプションでもついてるのか?
ラライサの納品データを見る。レプリカントが一番「レプリカントばれ」するのは夜に光る目だが、暗視もサーモも入っていない彼の目は光ったりしない。
じゃあ、何で?
申し訳ないと思いつつ、もう一度彼にコールする。
『はい。どうしたんですか』
「すみません。どうしてあなただけが攫われたのか心当たりはありますか?」
『ないんです。オーナーは、俺たちのことは表向きは「お気に入りのヒューマンのファン」ということにしてるし、俺たちもそう振る舞ってました。どうして5人の中で俺だけ攫われたのかはわからないです』
余計にわからなくなった。誘拐された場面の画像を探して見てみたが、他のレプリカントが一人になっても何も起こっていない。ラライサだけを狙ったみたいだ。
「うーん……」
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