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01 チュートリアル
17 Baltroy (スイッチ)
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「思ったんだけど、バル」
「……何」
ヴェスタが意を決したと言った感じで話しかけてきた。
あれから、イグニスと連絡が取れなくなっていた。もう一ヶ月近く経つ。コールしても取ってもらえない。応答待ちにしても返ってこない。今までも出張の時にそうなることはあったけど、今回は何の前触れもなかった。
「におい、で操ってるのかなって」
「におい?」
「あのさ。バルとカラスさんが研修に行った日。この時間、レプリカントが引き渡されてる。これはお手伝い用の支配率56%だから捜査対象じゃないんだけど、でも発注者はやっぱり記憶がないって。で、ニゲイラの時もバルが嫌な匂いを感じた時間に引き渡しが……」
「たまたまだろ。だからあの匂いは化粧品かなんかだって。イグニスが持ってたんだから」
「……なんの化粧品なのか確認した?」
「しねーよ。バッグ開けただけで近寄りたくねえにおいだ。確認なんかできねえよ」
「どうしたら俺を信じてくれるの?」
「なんでそんな確信もない話を信じなきゃならねえんだ!」
「……」
青緑色の髪が一気にスカイブルーになった。
「そう言うんならさっさと俺を囮に使ったらどう! そしたら全部わかるだろ! 信じるのがバディだって言ったのはあんただろ? なんで俺を信じないんだ……」
ヴェスタが俺に向かってこんなに怒って来たのは初めてだった。ブースは防音になっているが音が全く漏れないわけではないし、中が見えないわけでもない。周りは何事かと思っているはずだった。
「まだ来て日が浅いから? 俺がレプリカントだから? AIが入ってないからかよ! イグニスは今はカラスと付き合ってる! 俺が信じられないんなら自分で確認しろ!」
呆気に取られているうちに、ヴェスタは足早にフロアから出て行ってしまった。イグニスが? カラスと?
端末で画像検索をかける。本来ならこの機能も私事には使えない。ばれたら訓告くらいは食らうだろう。カラスの画像。すぐにすごい数の画像が出てくる。最近の画像……。
カラスがステーションでイグニスと腕を組んでいる画像。カフェでキスしている画像もある。
「なんだこれ……」
問題は、カラスは俺と一番長くバディでやってた友達で、しかも俺とイグニスが付き合ってることを知っていることだ。いいやつだった。俺のことも豚の子とか言ったことは一度もない。俺のめんどくさいやり方にも、まあまあ協力的だった。
「………」
言葉が出ない。誰にどこから何を聞けば。
「ヴェスタ!」
ヴェスタは呼んでも来なかった。これは初めてのことだった。怒ってる。さすがゼロ。仕方なくカラスのブースに行く。ブースの外からノックする。
「はい」
明るい声がする。ちらっと顔を上げて俺だとわかると顔が固まった。
「よう」
「バル」
「イグニスと付き合ってるよな」
「ちょ……その話は後でできねえかな…」
「どのくらい後?」
外で昼飯を食いながらカラスに聞いたところでは、二ヶ月ほど前からカラスはイグニスから相談を受けていたのだそうだ。俺のこと。俺がレプリカントを買ったこと。仕事用だと言う。でもレプリカントってもともとそういう使い方で買うものじゃない。しかも支配率ゼロでいつもイグニスに敵意を向けてくる。俺に不安だと伝えてもそのうちとしか言わない。
「お前のことが信じられないって。それで、励ましたりなんだりしてるうちに」
またヴェスタのことか。
「悪く思わないでくれよ、バル。俺だって軽い気持ちで付き合い始めたわけじゃない。イグニスのことはどうしようもなく好きになっちまったんだ」
ため息しか出なかった。別れ話もないままに? またヴェスタか。
「正直、運命の出会いだと思う」
どっかで最近も聞いたなと思いながら、ブースに戻った。
精神的にクタクタで家に帰った。レッダが夕食を用意していて、ヴェスタが食べていた。ブルーの髪。
「……なんでイグニスとカラスが付き合ってんのわかった?」
「イグニスは容疑者だから。ずっと追ってた」
「ずっとって……いつから?」
「……」
ヴェスタの髪がすっとエメラルドグリーンに変わって、かっとほおが赤くなった。
「……二回目のとき」
「二回目のとき?」
「はじめは! レプリカントの捜査とは関係ないと思ってたんだけど……おかしいと思ってた。何でバルが変になっちゃうんだろうって」
ここでやっと思い至った。二回目って二回目か。
「最初のやつは……ああ、やっぱりそうなのかなって思ったんだけど」
「やっぱり? やっぱりそうって何だ?」
「俺は、そういう……用途なんだなって。カラスさんに、初日に言われたから」
「そういう用途って何だよ?」
「だから……バルのセクサロイドなんだなって」
「は? カラスが? 何だって?」
「……レプリカントはセクサロイドだろうって」
「言わねーよ! あいつは」
「いいから聞いて! 今はそれはいいんだ。二回目の時は、完全にイグニスのにおいを嗅いだせいでおかしくなったと思った」
「だってそれは、俺がイグニスを好きだから……」
当たり前だろ、と言おうとして、そんなレベルの衝動じゃなかったことを思い出した。
「イグニスが来なくなってから、なくなっただろ? あんなの。一回目の時も何か、イグニスの匂いがするようなことがあったんじゃないのか?」
「覚えてない」
ヴェスタはさっと自分の部屋に帰ると、一枚のメモを持って帰ってきた。
「これは覚えてない?」
イグニスのメモだった。覚えている。ポケットに入っていて、開いた……。
「紙とか布って、匂いが残るんだよね。あの日バルが仕事に行った後、床に落ちてた」
それにさ、とヴェスタが続けた。
「バルはイグニスの体臭がわかるの? はっきり?」
「……わかる。言ってるだろ、それくらいならわかるって」
「俺のは?」
「気をつければわかる。お前のは薄いから……」
「バル、イグニスもレプリカントだよ。おかしいと思わない? ヒューマンの体臭と同じくらいはっきりわかるなんて」
「……ハ…。そんなの、個体差があるだろ。いくらレプリカントでも……」
「なんか付けてんだよ。体臭みたいな何か。あんたがおかしくなるような何か。だからバルはイグニスが好きなんじゃなくて、イグニスのにおいが」
「うるさい!」
「バル!」
「仕方なくお前を買っただけなのにうるせえんだよ! わかった風な口を利くな! お前よりもカラスやイグニスとの付き合いの方が長いんだよ! お前が来てからめちゃくちゃだ! 引っ掻き回すな!」
言いすぎた、と思った。でももう口から出た言葉は引っ込められない。ヴェスタは真っ青な髪で俯いた。ぽたっと一粒、床に涙が落ちた。そして黙って部屋に入っていった。どうしてこうなってしまうんだ。イグニスもカラスも嘘をついているとは思えない。俺には二人とも大切だった。ヴェスタは? わからない……。
「レッダ」
「なんでしょうか」
「誰を信じたらいい?」
「バル、それはあなたが決めることです」
「わかってる。でも統計とかなんとかで確率とか出ないのか?」
「確率なら出せます。でもねバル、例え確率が0.00000000001%でも隕石に当たる人はいるのですよ。あなたが信じたい人を信じてはいかがですか。裏切られても自分で選んだんだからと思えるでしょう」
「なかなか含蓄があるね」
「私はあなたのホームキープドロイドになってまだ5年ですが、私のユーザーは32万人です」
「すごい説得力」
信じたい人を信じる……
カラスに頼んでもう一度だけイグニスと話せるようにしてもらった。休みの日にステーション近くのオープンカフェで会った。まあ、別れ話だなと諦めも付いていた。待っている間、自分でも不思議なくらいあっさりしていた。
「待った?」
イグニスのいつものせりふ。
「ごめんね。連絡しづらくて……」
「いや。わかるよ。でも別れたいならちゃんと言って欲しかったと思って」
初夏になっていた。暑いくらいの日差しに少し冷たい風が吹いている。
「迷ってたんだ。別にバルが嫌いになったわけじゃないから」
じゃあなんで? わかっていたけど改めて聞いた。
「あの子が怖くて。それにぼく、ずっとバルとあの子が……そういう関係になっちゃうんじゃないかって心配になっちゃって。もう耐えられないと思った。あの子、バルが好きだよね。もう、見る目がさ。だから、時間の問題なんだろうなって思うのが苦しかった」
「そんなに?」
「気づかないのバルくらいだと思うよ。カラスも気付いてたよ。ぼくと別れさせたいんだろうなあって。色々言ってない? ぼくのこと」
言ってる。し、そういう関係にもなっちまった。あいつのせいではないにしろ。やれやれ。
一瞬強く風が吹いた。でもいつものイグニスのにおいがしない。なんだろう。光の中で見るイグニスは、確かに美形だけど魅力を感じられない。あれほど好きだと思っていたのに。
「さよなら。まだ好きだよ、バル」
握手してさよなら。イグニスは振り返らずに車に乗り込んだ。
一気にどうでもよくなった。早く家に帰ろう。
席を立った視線の先に、よく知っている姿が目に入った。ジョジマ……ジョッジだ。恋人らしき美形の女の子と端末を覗き込んでいる。いいね。羨ましい。その時、風がジョッジ達の方から吹いてきた。
「うわ」
強烈な薬品の匂い。あの匂いだった。
家に帰って気疲れしたのかそのまま昼寝してしまった。夢の中でヴェスタがヒューマンを殺していた。俺はヴェスタを止められない。待て! ヴェスタ! やめろ! 声をかけるけど、ヴェスタは意に介さない。
──俺はあんたの命令なんか聞かない。俺は支配されないレプリカントだから。
体は動かない。典型的な悪夢だった。汗でびっしょりだった。はっと飛び起きた時にはもう日が暮れていた。
シャワーを浴びてリビングに行くと、全身に鳥肌が立った。イグニスのにおいが部屋にあふれていた。誘われるように匂いを追う。部屋に入る。薄暗い照明がベッドの白いシーツに淡い光と影を落とす。匂いが濃くなる。
「イグニス!」
我慢できなかった。我慢する気もない。とにかくやりたい。思考が全部停止する。目に写るものも耳に聞こえるものも何も脳みそまで入ってこない。ただ、思いっきりいきたい。食らいつく。服を引き剥がす。白い体を開く。動物みたいに腰を振る。逃れようとする体を押さえつける。逃がさない。奥に突き入れて、射精する。ぶるっと体が震える。……終わった。
「……何」
ヴェスタが意を決したと言った感じで話しかけてきた。
あれから、イグニスと連絡が取れなくなっていた。もう一ヶ月近く経つ。コールしても取ってもらえない。応答待ちにしても返ってこない。今までも出張の時にそうなることはあったけど、今回は何の前触れもなかった。
「におい、で操ってるのかなって」
「におい?」
「あのさ。バルとカラスさんが研修に行った日。この時間、レプリカントが引き渡されてる。これはお手伝い用の支配率56%だから捜査対象じゃないんだけど、でも発注者はやっぱり記憶がないって。で、ニゲイラの時もバルが嫌な匂いを感じた時間に引き渡しが……」
「たまたまだろ。だからあの匂いは化粧品かなんかだって。イグニスが持ってたんだから」
「……なんの化粧品なのか確認した?」
「しねーよ。バッグ開けただけで近寄りたくねえにおいだ。確認なんかできねえよ」
「どうしたら俺を信じてくれるの?」
「なんでそんな確信もない話を信じなきゃならねえんだ!」
「……」
青緑色の髪が一気にスカイブルーになった。
「そう言うんならさっさと俺を囮に使ったらどう! そしたら全部わかるだろ! 信じるのがバディだって言ったのはあんただろ? なんで俺を信じないんだ……」
ヴェスタが俺に向かってこんなに怒って来たのは初めてだった。ブースは防音になっているが音が全く漏れないわけではないし、中が見えないわけでもない。周りは何事かと思っているはずだった。
「まだ来て日が浅いから? 俺がレプリカントだから? AIが入ってないからかよ! イグニスは今はカラスと付き合ってる! 俺が信じられないんなら自分で確認しろ!」
呆気に取られているうちに、ヴェスタは足早にフロアから出て行ってしまった。イグニスが? カラスと?
端末で画像検索をかける。本来ならこの機能も私事には使えない。ばれたら訓告くらいは食らうだろう。カラスの画像。すぐにすごい数の画像が出てくる。最近の画像……。
カラスがステーションでイグニスと腕を組んでいる画像。カフェでキスしている画像もある。
「なんだこれ……」
問題は、カラスは俺と一番長くバディでやってた友達で、しかも俺とイグニスが付き合ってることを知っていることだ。いいやつだった。俺のことも豚の子とか言ったことは一度もない。俺のめんどくさいやり方にも、まあまあ協力的だった。
「………」
言葉が出ない。誰にどこから何を聞けば。
「ヴェスタ!」
ヴェスタは呼んでも来なかった。これは初めてのことだった。怒ってる。さすがゼロ。仕方なくカラスのブースに行く。ブースの外からノックする。
「はい」
明るい声がする。ちらっと顔を上げて俺だとわかると顔が固まった。
「よう」
「バル」
「イグニスと付き合ってるよな」
「ちょ……その話は後でできねえかな…」
「どのくらい後?」
外で昼飯を食いながらカラスに聞いたところでは、二ヶ月ほど前からカラスはイグニスから相談を受けていたのだそうだ。俺のこと。俺がレプリカントを買ったこと。仕事用だと言う。でもレプリカントってもともとそういう使い方で買うものじゃない。しかも支配率ゼロでいつもイグニスに敵意を向けてくる。俺に不安だと伝えてもそのうちとしか言わない。
「お前のことが信じられないって。それで、励ましたりなんだりしてるうちに」
またヴェスタのことか。
「悪く思わないでくれよ、バル。俺だって軽い気持ちで付き合い始めたわけじゃない。イグニスのことはどうしようもなく好きになっちまったんだ」
ため息しか出なかった。別れ話もないままに? またヴェスタか。
「正直、運命の出会いだと思う」
どっかで最近も聞いたなと思いながら、ブースに戻った。
精神的にクタクタで家に帰った。レッダが夕食を用意していて、ヴェスタが食べていた。ブルーの髪。
「……なんでイグニスとカラスが付き合ってんのわかった?」
「イグニスは容疑者だから。ずっと追ってた」
「ずっとって……いつから?」
「……」
ヴェスタの髪がすっとエメラルドグリーンに変わって、かっとほおが赤くなった。
「……二回目のとき」
「二回目のとき?」
「はじめは! レプリカントの捜査とは関係ないと思ってたんだけど……おかしいと思ってた。何でバルが変になっちゃうんだろうって」
ここでやっと思い至った。二回目って二回目か。
「最初のやつは……ああ、やっぱりそうなのかなって思ったんだけど」
「やっぱり? やっぱりそうって何だ?」
「俺は、そういう……用途なんだなって。カラスさんに、初日に言われたから」
「そういう用途って何だよ?」
「だから……バルのセクサロイドなんだなって」
「は? カラスが? 何だって?」
「……レプリカントはセクサロイドだろうって」
「言わねーよ! あいつは」
「いいから聞いて! 今はそれはいいんだ。二回目の時は、完全にイグニスのにおいを嗅いだせいでおかしくなったと思った」
「だってそれは、俺がイグニスを好きだから……」
当たり前だろ、と言おうとして、そんなレベルの衝動じゃなかったことを思い出した。
「イグニスが来なくなってから、なくなっただろ? あんなの。一回目の時も何か、イグニスの匂いがするようなことがあったんじゃないのか?」
「覚えてない」
ヴェスタはさっと自分の部屋に帰ると、一枚のメモを持って帰ってきた。
「これは覚えてない?」
イグニスのメモだった。覚えている。ポケットに入っていて、開いた……。
「紙とか布って、匂いが残るんだよね。あの日バルが仕事に行った後、床に落ちてた」
それにさ、とヴェスタが続けた。
「バルはイグニスの体臭がわかるの? はっきり?」
「……わかる。言ってるだろ、それくらいならわかるって」
「俺のは?」
「気をつければわかる。お前のは薄いから……」
「バル、イグニスもレプリカントだよ。おかしいと思わない? ヒューマンの体臭と同じくらいはっきりわかるなんて」
「……ハ…。そんなの、個体差があるだろ。いくらレプリカントでも……」
「なんか付けてんだよ。体臭みたいな何か。あんたがおかしくなるような何か。だからバルはイグニスが好きなんじゃなくて、イグニスのにおいが」
「うるさい!」
「バル!」
「仕方なくお前を買っただけなのにうるせえんだよ! わかった風な口を利くな! お前よりもカラスやイグニスとの付き合いの方が長いんだよ! お前が来てからめちゃくちゃだ! 引っ掻き回すな!」
言いすぎた、と思った。でももう口から出た言葉は引っ込められない。ヴェスタは真っ青な髪で俯いた。ぽたっと一粒、床に涙が落ちた。そして黙って部屋に入っていった。どうしてこうなってしまうんだ。イグニスもカラスも嘘をついているとは思えない。俺には二人とも大切だった。ヴェスタは? わからない……。
「レッダ」
「なんでしょうか」
「誰を信じたらいい?」
「バル、それはあなたが決めることです」
「わかってる。でも統計とかなんとかで確率とか出ないのか?」
「確率なら出せます。でもねバル、例え確率が0.00000000001%でも隕石に当たる人はいるのですよ。あなたが信じたい人を信じてはいかがですか。裏切られても自分で選んだんだからと思えるでしょう」
「なかなか含蓄があるね」
「私はあなたのホームキープドロイドになってまだ5年ですが、私のユーザーは32万人です」
「すごい説得力」
信じたい人を信じる……
カラスに頼んでもう一度だけイグニスと話せるようにしてもらった。休みの日にステーション近くのオープンカフェで会った。まあ、別れ話だなと諦めも付いていた。待っている間、自分でも不思議なくらいあっさりしていた。
「待った?」
イグニスのいつものせりふ。
「ごめんね。連絡しづらくて……」
「いや。わかるよ。でも別れたいならちゃんと言って欲しかったと思って」
初夏になっていた。暑いくらいの日差しに少し冷たい風が吹いている。
「迷ってたんだ。別にバルが嫌いになったわけじゃないから」
じゃあなんで? わかっていたけど改めて聞いた。
「あの子が怖くて。それにぼく、ずっとバルとあの子が……そういう関係になっちゃうんじゃないかって心配になっちゃって。もう耐えられないと思った。あの子、バルが好きだよね。もう、見る目がさ。だから、時間の問題なんだろうなって思うのが苦しかった」
「そんなに?」
「気づかないのバルくらいだと思うよ。カラスも気付いてたよ。ぼくと別れさせたいんだろうなあって。色々言ってない? ぼくのこと」
言ってる。し、そういう関係にもなっちまった。あいつのせいではないにしろ。やれやれ。
一瞬強く風が吹いた。でもいつものイグニスのにおいがしない。なんだろう。光の中で見るイグニスは、確かに美形だけど魅力を感じられない。あれほど好きだと思っていたのに。
「さよなら。まだ好きだよ、バル」
握手してさよなら。イグニスは振り返らずに車に乗り込んだ。
一気にどうでもよくなった。早く家に帰ろう。
席を立った視線の先に、よく知っている姿が目に入った。ジョジマ……ジョッジだ。恋人らしき美形の女の子と端末を覗き込んでいる。いいね。羨ましい。その時、風がジョッジ達の方から吹いてきた。
「うわ」
強烈な薬品の匂い。あの匂いだった。
家に帰って気疲れしたのかそのまま昼寝してしまった。夢の中でヴェスタがヒューマンを殺していた。俺はヴェスタを止められない。待て! ヴェスタ! やめろ! 声をかけるけど、ヴェスタは意に介さない。
──俺はあんたの命令なんか聞かない。俺は支配されないレプリカントだから。
体は動かない。典型的な悪夢だった。汗でびっしょりだった。はっと飛び起きた時にはもう日が暮れていた。
シャワーを浴びてリビングに行くと、全身に鳥肌が立った。イグニスのにおいが部屋にあふれていた。誘われるように匂いを追う。部屋に入る。薄暗い照明がベッドの白いシーツに淡い光と影を落とす。匂いが濃くなる。
「イグニス!」
我慢できなかった。我慢する気もない。とにかくやりたい。思考が全部停止する。目に写るものも耳に聞こえるものも何も脳みそまで入ってこない。ただ、思いっきりいきたい。食らいつく。服を引き剥がす。白い体を開く。動物みたいに腰を振る。逃れようとする体を押さえつける。逃がさない。奥に突き入れて、射精する。ぶるっと体が震える。……終わった。
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