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01 チュートリアル
14 Baltroy (「豚の子」または「ハイブリッド」)
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その日、イグニスと会う約束をしていた。
ヴェスタとまたやってしまって以来だったのでかなり後ろめたい。しかもあんな、イグニスとだってしたことないようなやつ。まさか俺が浮気をすることになるとは……。
しかもニゲイラのことでかなり気が滅入っていた。助けられたはずの命をみすみす取りこぼしてしまった。ため息をつきながらステーションで待っていると、イグニスが車から降りて来た。
「待った?」
?
いつものイグニスのにおいに混じって、ものすごく嫌な匂いがする。あの匂いだ。ニゲイラが連れて行かれたあの日のステーションでの匂い。一歩引く。
「……何か付けてる? 香水とか」
「え? 何かにおいする?」
「何か……薬っぽい匂いが」
イグニスは困ったような顔をして俺を見た。
「わかんないよ。する? スタイリング剤のにおいかな? ヘアカラーかも」
「ごめん。今日は無理だわ」
「え?」
踵を返して離れる。本当に他のやつにはわからないんだ。相手がイグニスでもあの匂いはだめだ。本能的にやばい感じがする。でも、イグニスからあの匂いがするということは、意外とありふれたにおいなのかもしれない。俺が知らなくてイグニスが触れる薬品なんて腐るほどあるはずだ。例えば化粧品のたぐい。イグニスも言っていたけど、スタイリング剤やカラー剤みたいなもの。スタイリストなんだから。
散々な気分で家に戻る。ヴェスタがリビングですごく驚いた顔をした。
「デートじゃなかったの」
「ふられたんですか」
「レッダ。うるさい。違うよ。イグニスの今日のにおいがダメで。夕食くれるか」
「またですか」
「うるさい」
またですか。まただようるさいな。相手が男だとその問題も解決でいいなと思ってたんだけどな。レッダが気を利かせてワインを出してくれた。一気にグラス半分くらいを引っ掛ける。腹も減っているから回る。
「俺も飲みたいな」
「いいですよ。どうぞ」
ヴェスタもワイングラスを持ってきた。プロジェクションに昔の映画がかかっている。一人だとこんなの見てるんだな。
「普段はそんなことないの?」
「何が」
「においがダメでデート中止とか」
「相手が女の時は結構あった」
そう。女の子はいろんなものをつけるから。どんどん顔が好みとか性格とかじゃなくて、いかに化粧の薄い子かが焦点になっていった。あと生理中。変に生臭い血の匂いがして。ダメだったな。
「結婚しようかって言ってた子ともだめになったな。はは。においで浮気がわかっちゃって……」
何を話してんだ俺は。そうだった。別な男のにおいが付いていてすぐわかってしまった。その子には鼻が利くのを話してあったけど、いざ問いただしたら化け物を見るような顔をされたな。その子からは犬って言われた。
「化け物だからな。いつかイグニスにも言わなきゃいけない……」
「まだ言ってないの? ハイブリッドなこと」
え?
「なんでお前が知ってんの?」
「他の人が言ってた」
ハイブリッド。ハイブリッドな。豚の子。
30年とちょっと前、まだ薬での年齢調節ができなかった頃、遺伝子組み換えでの若返りが認可された。俳優とかコメディアンとかスポーツ選手なんかの、金があって歳を取るのがいやなやつらが飛びついた。
効能は若返りと自己再生能力の増強。豚の遺伝子を人工的に改変してウイルスに乗せてヒトの遺伝子を組み替えた。
でも高額な割に成功率が低かった。副作用もあった。嗅覚過敏。加えて生殖能力の向上、女性は多胎になる。これを嫌がって不妊手術や減胎手術をするのが倫理的問題になった上に、薬で年齢をいじれるようになったから一気に廃れた。
俺は数少ない、堕胎されても子宮にしがみついて生き残った子ども。鼻が利くのも、異常な回復力もこのせい。25くらいで勝手に歳を取らなくなるのも。豚の改造された遺伝子を持っているから。
「言うなよ。誰が言ってた?」
「……」
想像はつく。タルマイか誰かだ。
「隠してるの?」
「隠してる。イグニスには鼻が利くのも治りが早いのも言ってない」
「どうして?」
「どうしてかな……」
普通の人間でいたかったからかな。小さい頃はわからなくて特異体質のことを自慢しちゃって、かなり嫌な目にあった。臭いものをわざと机に入れられて教室に入れなかったりとか。工作用のナイフで刺されたりもしたな。どんなにやられてもその場で治っちまうから、訴えることもできなかった。痛かったんだぜ。治るからって痛くないわけじゃない……
「酔った」
「うん」
ヴェスタの白い指が、頬にちょっとだけ触れたのを感じた。冷たい指だった。気持ちいい。
ヴェスタとまたやってしまって以来だったのでかなり後ろめたい。しかもあんな、イグニスとだってしたことないようなやつ。まさか俺が浮気をすることになるとは……。
しかもニゲイラのことでかなり気が滅入っていた。助けられたはずの命をみすみす取りこぼしてしまった。ため息をつきながらステーションで待っていると、イグニスが車から降りて来た。
「待った?」
?
いつものイグニスのにおいに混じって、ものすごく嫌な匂いがする。あの匂いだ。ニゲイラが連れて行かれたあの日のステーションでの匂い。一歩引く。
「……何か付けてる? 香水とか」
「え? 何かにおいする?」
「何か……薬っぽい匂いが」
イグニスは困ったような顔をして俺を見た。
「わかんないよ。する? スタイリング剤のにおいかな? ヘアカラーかも」
「ごめん。今日は無理だわ」
「え?」
踵を返して離れる。本当に他のやつにはわからないんだ。相手がイグニスでもあの匂いはだめだ。本能的にやばい感じがする。でも、イグニスからあの匂いがするということは、意外とありふれたにおいなのかもしれない。俺が知らなくてイグニスが触れる薬品なんて腐るほどあるはずだ。例えば化粧品のたぐい。イグニスも言っていたけど、スタイリング剤やカラー剤みたいなもの。スタイリストなんだから。
散々な気分で家に戻る。ヴェスタがリビングですごく驚いた顔をした。
「デートじゃなかったの」
「ふられたんですか」
「レッダ。うるさい。違うよ。イグニスの今日のにおいがダメで。夕食くれるか」
「またですか」
「うるさい」
またですか。まただようるさいな。相手が男だとその問題も解決でいいなと思ってたんだけどな。レッダが気を利かせてワインを出してくれた。一気にグラス半分くらいを引っ掛ける。腹も減っているから回る。
「俺も飲みたいな」
「いいですよ。どうぞ」
ヴェスタもワイングラスを持ってきた。プロジェクションに昔の映画がかかっている。一人だとこんなの見てるんだな。
「普段はそんなことないの?」
「何が」
「においがダメでデート中止とか」
「相手が女の時は結構あった」
そう。女の子はいろんなものをつけるから。どんどん顔が好みとか性格とかじゃなくて、いかに化粧の薄い子かが焦点になっていった。あと生理中。変に生臭い血の匂いがして。ダメだったな。
「結婚しようかって言ってた子ともだめになったな。はは。においで浮気がわかっちゃって……」
何を話してんだ俺は。そうだった。別な男のにおいが付いていてすぐわかってしまった。その子には鼻が利くのを話してあったけど、いざ問いただしたら化け物を見るような顔をされたな。その子からは犬って言われた。
「化け物だからな。いつかイグニスにも言わなきゃいけない……」
「まだ言ってないの? ハイブリッドなこと」
え?
「なんでお前が知ってんの?」
「他の人が言ってた」
ハイブリッド。ハイブリッドな。豚の子。
30年とちょっと前、まだ薬での年齢調節ができなかった頃、遺伝子組み換えでの若返りが認可された。俳優とかコメディアンとかスポーツ選手なんかの、金があって歳を取るのがいやなやつらが飛びついた。
効能は若返りと自己再生能力の増強。豚の遺伝子を人工的に改変してウイルスに乗せてヒトの遺伝子を組み替えた。
でも高額な割に成功率が低かった。副作用もあった。嗅覚過敏。加えて生殖能力の向上、女性は多胎になる。これを嫌がって不妊手術や減胎手術をするのが倫理的問題になった上に、薬で年齢をいじれるようになったから一気に廃れた。
俺は数少ない、堕胎されても子宮にしがみついて生き残った子ども。鼻が利くのも、異常な回復力もこのせい。25くらいで勝手に歳を取らなくなるのも。豚の改造された遺伝子を持っているから。
「言うなよ。誰が言ってた?」
「……」
想像はつく。タルマイか誰かだ。
「隠してるの?」
「隠してる。イグニスには鼻が利くのも治りが早いのも言ってない」
「どうして?」
「どうしてかな……」
普通の人間でいたかったからかな。小さい頃はわからなくて特異体質のことを自慢しちゃって、かなり嫌な目にあった。臭いものをわざと机に入れられて教室に入れなかったりとか。工作用のナイフで刺されたりもしたな。どんなにやられてもその場で治っちまうから、訴えることもできなかった。痛かったんだぜ。治るからって痛くないわけじゃない……
「酔った」
「うん」
ヴェスタの白い指が、頬にちょっとだけ触れたのを感じた。冷たい指だった。気持ちいい。
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