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01 チュートリアル

01 Baltroy (オーダー)

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「現代において人権が認められているのはヒューマンのみではありません。十年前から、人工知能による支配率が35%未満のレプリカントについて、人権が認められるようになりました。
 レプリカントとは、みなさんも知っていますね? 世界歴58年に製造された人造人間のことです。もともとは個人用のアンドロイドでしたが、バイオマシーナリー技術の発展と共に、完全に生物的なボディを人工的に製造できるようになり、人工脳による自立的な意思決定が可能となったことから、内蔵される人工知能AIの支配率によって人権を認めたものです。現在は全世界で二億人ほどがレプリカントの人権保持者です」
「はい!」
「はい、どうしました? 質問ですか? バルトロイくん」
「ぼくは? ぼくには人権がありますか?」













 においがする。局長の頭の匂いだ。たぶん二、三日髪を洗っていない。皮脂と加齢臭。服の匂いもする。ボトムを何度か着まわしているんだろう。局長は局長室のでかい椅子に深く腰掛けて、組んだ足の爪先をぷらぷらと振っていた。

「何か御用でしょうか」

「よおバル、お前さんのバディの話なんだが」

 俺のバディは自慢じゃないが今までに二回変わっている。先日三人目が大怪我をして病院送りになった。まだ復帰していない。入院は三度目。そろそろ辞めたいと言い出すだろうと思っていた。

「ま、察してると思うが、カラスはもう降りたいと。で、次のバディなんだが……」

 普段はなんでも言いたい放題の署長が口籠もった。悪い予感がする。よほど気を遣わないといけないような人事なのか。怪我をさせるなと言われると困る。

「その、レプリカントを発注してくれないか。何というか……レプリカントなら一年は保証があるし、ヒューマンよりは治りも早い。何より、お前さんの欲しい能力を付けられるだろ」
「レプリカント? あんなクソ高いのを? 全額経費で?」
「そこが相談なんだが、まあ、お前さんの所有物になってしまうわけだ。レプリカントは基本的に発注者の所有物だからな。だから、経費では満額はちょっと……例えば、ある程度は助成はできる。お前さんがもうヒューマンの職員を壊さなかった場合に浮くと予想されるだけの今年の人件費分くらいは。あとは自己負担してもらうしかない」
「断ると?」
「現場から外す。バディなしでは危険な仕事はさせられないし、これ以上怪我人も増やすことはできない。それに、レプリカントを捜査官として任用することは、レプリカント人権保護局としても意義のある試みだ」

 現場から外れるのは嫌だった。仕方がない。承知して、数日以内にレプリカントを発注すると約束した。

 まあ、レプリカントをバディにする利点はある。彼らは基本的にヒューマンの欠点をある程度カバーされている。例えば体臭。女性型のタイプでも生理がない。血の匂いをかがなくて済む。

 これは飛び抜けて鼻が効く俺にはものすごく重要なことだった。今までのバディたちからはこれのおかげでかなりうざがられていた。毎日シャワーを浴びろとか、服を着替えろとか香水をつけるなとか言うから。それもあっての、だろう。

 家に帰る。家と言っても社宅で、8階のぱっとしないワンルームだ。レプリカントを買うとなるとどうなるんだろう。家族持ちならファミリー用の社宅に引っ越しになるが、レプリカントは家族扱いなんだろうか。そうでなければここに二人で? かなり狭い。

「おかえりなさい、バル」

 ホームキープドロイドのレッダの音声が鳴る。

「レッダ、レプリカント一体を発注」

「承知しました。選択肢を選んでください。なお、ランダム選択も可能です」
「なんでもいいよ」
「では、まず性別」
「ランダム」
「容姿年齢」
「俺が25くらいで止まってるからなあ。俺と並んで違和感ないくらい」
「では17歳から32歳程度を指定します。身長……」
「他の容姿関係は全部ランダムでいいよ。俺は仕事で使うんだから」
「承知しました。人工知能AIの支配率は」
「ゼロ」
「支配率をゼロにしますと、AIチップが入っていない状態での出荷になりますがよろしいですか?」
「そうして欲しいからゼロなんだ。プログラムをいじられたりされたくないからな」
「その場合、人工脳の性能にばらつきがあるため」
「わかってるよ。すげーポンコツが来るかも知れないんだろ。仕方ないよ」
「性格傾向」
「そうだな……誠実なことかな。真面目ならなおいいね」
「初期装備するツール」
「何が付けられるんだ?」

 レプリカントは生物機械と相性がいいので、オプションでヒューマンにはない機能を付けることができる。

「サーモグラフィー、暗視スコープ、味覚検知、温湿度計、血圧計……」
「暗視とサーモ、両方入れられる?」
「できます。片目ずつになりますが。他になければ発注可能です」

 せっかく年収分近い金額を払うんだ。何か少しくらい自分好みの注文を付けたい。

「……オッドアイにはできる?」

 レッダはしばらく無音だった。

「残念ながら、暗視やサーモグラフィを付けますとオッドアイは同時選択不可です」
「じゃあ、それでいいや。発注して」
「はい。発注します。納期は二週間です。保証期間は納品から一年です。メイン口座からの引き落としです。分割にしますか? 一括にしますか?」
「一括で」

 使う暇がなくて溜まっていた金がこんなことで出ていくとは。多少は戻るとは言え。何があるかわかったもんじゃない。

「今日は夕食はどうしますか?」
「これからイグニスと会うからいらない」
「オーケー。よいデートを」
 
 自動走行車オートキャリアステーションに着くと、もうイグニスが待っていた。銀色で少し長めのショートカット、白い肌、イグニスは右目が灰色で左目が紫のオッドアイだ。付き合いだして三ヶ月ほどになる。

「待った?」
「ううん。来たばっかり……何食べる?」
「がっつりがいいなー」

 と言いつつ、イグニスに会うと自分でも頭おかしいんじゃないかと思うくらいやりたくなる。一目見た時からそうだった。俺はもともとは女性が性的な対象だったけど、イグニスに出会っていきなり鞍替えせざるを得なくなった。
 現代では、外見年齢も性別も薬や手術でどうにでもなるから、もう親族以外は婚姻を世界中で認められていて、当然同性でも結婚できるし珍しくも何ともないけど、こんなに急に自分の好みが変わるってことに驚いた。運命の出会いだと思った。

「軽く食べて、うちに来る?」

 イグニスは見透かしたように言った。






「……っは」

 犯したい。今すぐ。なんで服なんか着てるんだ?

「ちょっと……ま……バル…」

 部屋の扉が閉まるのと同時に服を剥がしにかかる。部屋の中はイグニスの匂いに満たされている。気が変になりそうなくらいいい匂い。

「あん……すごい……」

 玄関先でイグニスの白い首に齧り付く。貪り食いたい。早く早くやりたい。中に入りたい。

「うふふ……そんなに、慌てないで……」

 点々と服が床に落ちる。ベッドが遠い。もうここでやらせて欲しい。我慢できない。ようやくベッドの縁に手をかけたイグニスに後ろから入れる。上半身だけベッドの上に伏せたイグニスはたまらなく欲情を煽る。

「あん! あ……バル……いいっ」

 もっと深く犯したい。一番深いところで。一番奥にぶちまけたい。からっぽになるまでやり尽くしたい。

「うわ……いく」

 どくどくと中に出す。イグニスも体を震わせる。魂が抜けてしまったような脱力感。

「もぉ……こんなとこでして……シーツ変なとこが汚れちゃったでしょ」

 イグニスの精液がベッドカバーの端を濡らしていた。

「ごめん」
「いいよ! でもごめんね、明日早くて今日泊まってもらえないんだ……また連絡するから」

 イグニスがキスしてくれる。切長の大きな目。きれいだ。シャワーを借りて家に帰るが、イグニスに会った日は家に帰ってからも落ち着かなくなる。イグニスとのことを思い出してしまって、自分で抜かないと眠れない時もある。どんだけ好きなんだと自分でも呆れる。

 イグニスとは三ヶ月前に偶然出会った。オートキャリアの予約の時間まで少しあったから、ステーションで待っていた時だった。イグニスが話しかけてきたのだ。

「すみません、ぼくちょっと急用が入ってしまって、オートキャリアの予約を譲ってもらえませんか?今から予約すると30分くらい待たないといけなくて……」
「いいですよ。俺が予約したやつ、あと3分で来ますから」

 その時、もうすでに好きになってしまった。一目惚れ。こんなのは初めてだった。イグニスは続けて言った。

「ありがとうございます! あの、連絡先もらえませんか。ぼく本当に困ってたので、お礼がしたいです」

 すぐに連絡用IDを教えた。オートキャリアが来て、彼はまたありがとうと言って乗り込んで行った。翌日、彼から連絡が来て、二人で食事をしたが、何を食べたのかわからないくらい彼のことで頭がいっぱいで、何も考えずに「一目惚れしたから付き合ってほしい」と言ってしまった。
 イグニスは笑って、良かった、実はぼくもなんです、と言った。

 こんなことってあるんだなあ。

 あれから週に二、三回は会って、食事をして、気が狂いそうなセックスをする。イグニスは出張スタイリストをしているから、朝早くから出ないといけないことや出張も多いけど、まあまあうまくやっている。

 これで仕事がうまくいきゃあ、公私共に幸せなんだけどな。










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