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裏側

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 翌日、あの薪置き場の前にいると、グインがやってきて片手を軽くあげた。また薪をまとめるところから始まる。
「これ、何日分かまとめて置いておいたりできないんすか?」
「あのな。どこに置くんだよ!使い切ってまたそこに置くしかないんだ」
 毎日、毎日のこと。火を使うこと。水を使うこと。元の世界では栓を捻るだけでなんでもできたことが、ここでは人の手で積み重ねられている。北の塔の部屋にいたのでは分からない世界。
「水はでも、風車で汲み上げてるから薪ほど大変じゃないぜ」
「でも部屋まで持ってくるのは人じゃん……」
 台車で薪を運んだついでに、ちょっと配り先にいる人に声をかけてみる。マキアって女の子を知らないか?それから、似顔絵が描けるやつはいないか?
「スパダの?女の子?」
「さあ、知らないなあ……」
「似顔絵?うーん、宮廷画家の人なら描けるかもね」
 全部軒並み空振り。やっぱり北の塔のどこかにいるのか?
「なんだ?だれか探してるのか?」
「そう。知り合いの幼馴染。女の子でさ。城に来てるはずなんだけど、全然連絡がつかないんだって」
「ふーん……女の子か。そういや、そんな話は聞いたな。きれいな女の子だと城に行ったきりになっちまうって」
「そうなの?」
 グインの話では、特にここ最近、城に奉公に上がった若いきれいな女の子が、配属先からすっと消えてそれっきりになることがあるらしい。
「王様がさ、お妃を何人も侍らせてた時代ならいざ知らず……何か失敗でもして、城のどっかの井戸に身投げしたんじゃなんて言われてる」
「ふうん……」
「そんな噂話なら、兵舎のほうの厨房でおばちゃんたちから聞けるよ。あそこは人が多いからなあ」
 汗だくで薪を配り終えてから、グインから聞いた通り兵舎の厨房に行ってみた。たしかに人が一番多い。ぺちゃくちゃとおばさんたちが喋りながら、鍋をかき回したりじゃがいもの皮を剥いたりしている。とりあえず声をかける。
「すみません、ちょっと聞きたいことがあって」
「おや。見たことない子だね」
「その子、昨日から薪を持ってきてくれてる子だよ」
 おばちゃんたちはケラケラと笑った。聞きたいことを尋ねてみる。
「マキア?知ってるかい?」
「知らないねえ。機織りの子?機織りの子たちの部屋には行かないからねえ」
「宮廷画家なら東の塔のどこかに居るだろうけど、いやなやつだよ。気取っててさ。いきなり説教をしてくるんだ。あたし、前は東の塔の厨房にいたから知ってるよ」
 おばちゃんたちは最近の噂話も教えてくれた。女の子が持ち場からすっといなくなってしまうこと。誰もそれを気に留めない。正確には、おそらく部門長あたりはどうなってどこに行ったか知ってるんだろうけど、誰にも知らされない。だから城のどこかで死んでしまったとか、おえらいさんに見染められて引き取られたとか、勝手な噂が飛び交っている……。
「実はね、この厨房からも一人消えちゃったのよ。とってもきれいな子でね、飾り切りの得意な子だった。ここでしばらくやったら北の塔で料理を作るか、南の塔でお客さん向けの料理を作るかどっちかって子だったんだけど」
「どんな子だったんですか?」
「キレイな子よ、とにかく。ハルトの子で、真っ赤な髪が見事な巻毛でね、色白で緑の瞳で。ミルヒという子だったの。北の塔の厨房に行くってことになって……行ったのかな?でもね、北の厨房から戻ってきた人がいるんだけど、そんな子いないって。南にいる感じでもないし……北の塔はおかしいんだよ」
 消えた子。北の塔か。ダイワも北の塔しか探してないところはないと言っていた。でも北の塔は、俺でも入り込めないところがある。どうしたらいい?
 ふとポケットに手を入れると、アーガの葉が手に触れた。4枚……。そうか。いるじゃないか。どこでも怪しまれない子が。
「ありがとう。また聞かせて」
 北の塔の部屋に戻る。サラが控えていた。
「サラ!頼みがある。マキアという子を探してるんだ。スパダの子で……」
 サラは人形みたいな、無表情というのでもない、笑顔でももちろんない、虚ろな表情のままだ。だめかな?
「一緒に探して欲しいんだけど」
「はい」
「……」
 だめかも。
「北の塔のバックヤードはどうなってる?連れて行ってくれないか?」
 ここのバックヤードはもちろん入った。でも人気ひとけがなくて、話し声が聞こえなくて、すぐに厨房に抜けてしまった。
「はい」
 サラは何の躊躇もなく部屋の外に出て、ぱっと見は壁に見えるドアの中に入った。後を追う。ネリも付いてきていた。他の塔の廊下よりずっとものが少ない廊下。他の塔にもあった、リネン室や消耗品置き場。昨日自分で見たのと同じだ。新しい発見はない……。その時、消耗品置き場から誰かが出てきた。真っ赤な巻毛の美人……目は緑だ。メイドの服を着ている。サラと同じように、無表情とはまた違う微妙な表情をしている。
「ちょっと!えーと……ミルヒ……さん?」
 声をかけると、その人は立ち止まってシロを見た。
「はい」
「ミルヒさん……どうしてここに?あなたは厨房で働いてるんじゃねーの?」
「私はここでお使えしております」
 ぱっと向き直ってさっさと行ってしまった。何?
「サラ!今の子はどういう子?」
「存じません」
「……話したりしねーの?同じメイド仲間なんだろ?」
「私語は慎むよう命令されています」
「休憩中とかさ」
「私語は慎むよう命令されています」
「……」
 これだ。この塔では人の声が聞こえない。変にしんとして。サラを置いて、厨房に行く。ミルヒの件が気になった。ここは昨日も今日も薪を置きにきた。
「薪は足りてるよ」
「薪じゃなくて、ちょっと聞きたいことがあるんです」
 薪じゃないのか、と逞しいおばさんが笑った。ほっとした。この人は表情がある。
「ミルヒさんという子、こっちの厨房に来たと聞いたんですが」
「そうそう。綺麗な子ね。来たよ。一週間もいなかったけどね」
「今、メイドをやってますよね?」
「そうなの?知らないんだよ。いきなりいなくなったんだ。よく話すいい子だったのにね」
「よく話す?」
「そう。なんでも聞いてくるし、にこにこして自分のことも話してくれるし……見た目を鼻にかけないいい子だったよ。メイドになってたのかい。誰か偉い人に気に入られたのかねえ……」
 全然そんな感じじゃなかった。人が変わったみたいだ。マキアももしかして、北の塔のどこかにこんな風に、誰にも言わずに来ているのか?
「おーい!またやられたよお」
「あーっ、ネズミかい?」
 相手をしてくれていたおばちゃんが腰を浮かす。
「悪いね、ネズミが出たみたいだ。そろそろ夕食の支度もあるし……」
「いや、こちらこそありがとう」
 そんなこともあるのか。さっきのおばさんの話を思い出してみる。仕事していて、誰かに気に入られて別な仕事をさせられる……もしかしたらマキアもそんなことになってしまったのかもしれない。でもそれなら、手紙も書かないのはどうしてだ?人が変わったみたいなミルヒ。もしそうなら、マキアはどうして北の塔に来たんだろう?マキアがもともと居たところに行きたい。行方不明になった時のことを聞きたい。とにかく痕跡を追って行くしかないんだ。
「サラ!機織りの人たちはどこにいる?案内できるか?」
「専門職の人たちは東の塔におります。私はこの塔から出られません」
「塔から出られない?なんで?」
「そのようになっているからです」
 なんだそれ?別に他の人たちはそんなことはなさそうだ。今手伝っている薪配りだって、シーツやらを洗って戻す洗濯の人たちだってどの塔にも出入りしている。どうして?
「……じゃあさ、サラ、お前が今日見たことを、夕方に話してくれるか?それならできるだろ?新しい人を見たとか。そういうことでいいんだ」
「はい」
 やれやれ。本当に人形を相手にしてるみたいだ。どうしてなんだ。とにかく東の塔に行ってみよう。
 
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