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右手のシルシ
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コンコンコン、と軽いノックの音がした。
「おーい」
目を開ける。木の板の天井。一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。右側に顔を向けると、ランプが載った木製の小さなチェストが目に入る。体を起こす。
「うわ」
また左側でネリが眠っていた。急に思い出す。そうだ。夢じゃない。
「起きろ~!ちょっと今日からのこと考えないと。入っていいか?」
慌ててドアを開ける。シュトロウがすっかり身支度を整えて立っていた。今何時だ?ここでは時間はどうやって見るんだろう。窓から光が差し込んでいる。朝なのはわかるけど……。
「とりあえずは俺の幼なじみに……うお」
目を擦りながらシロの隣に来たネリを見て、シュトロウがのけぞった。
「こいつ……でかくなってね?」
昨日までは1ヒュー……1メートルちょっとだったのが、どう見ても140センチくらいになっている。
「何やった?」
「何もしてねーよ」
本当に何をした覚えもない。勝手に大きくなったり小さくなったりする。シュトロウでさえその法則性はわからないみたいだ。
シュトロウはまあいい、と言って宿に備え付けられていた地図を開いた。今はここ。街の中心あたり。幼馴染と会わなきゃいけない。でも来ているかどうかもわからない。しばらくはこの街から動けないだろう。
「何かで稼がないとな」
シロは他人事のように聞いていた。だって稼ぐあてはある。他人の懐にたくさん入っている。
「そうだ、ここの貨幣単位教えてくれ」
昨日盗ってきた金をざらりとベッドの上に開けた。銅貨、銀貨が多い。四角いのは全て銀貨だ。
「おま……何これ?どうしたんだ?」
まず教えてくれと促すと、シュトロウは腑に落ちないといった顔をしながらも説明してくれた。
一番小さい銅貨が最小単位で1クルーと呼ぶ。10クルーを1ディレとして、額面により銀貨、金貨になっていく。数字も簡単に教えてもらった。
「あと、これは売ったりできないのかな」
2枚のアーガの葉を出した。シュトロウははっとしてシロの顔を見た。
「お前、盗んだのか?この金を盗るために?」
どきっとする。
「……違うよ。拾っただけだ」
「うそだ。アーガの葉を落とすなんて迂闊なやつはいない。特にこんな、こんなに育った葉を……」
シュトロウは2枚の葉をとても大事そうに手のひらに乗せた。
「なあ。金のことはいいよ。返せったって返せないだろ?でも、これだけは……これだけはなんとかして返してやってくれ。あんたにはまだわからないのかもしれないけど、これはさ、その人が生きてきた印なんだよ。これがなくなったら……」
アーガの葉を失くすと、当然リジンできなくなる。もう一度アーガの木に頼めば2枚目が貰えることもあるが、全く同じ能力とは限らない。だからよく育った葉は、命の次に大切な自分の分身みたいなものなんだとシュトロウは教えてくれた。葉を失くすことはそのひとが今までずっとしてきた努力が、一からやり直しになるということ。シュトロウは眉間に深い皺を寄せて頭を下げてきた。不思議だった。この葉を掏られた人たちはシュトロウには何の関係もないはずだ。それなのにシュトロウはこうして土下座せんばかりに頼み込んでくる。
「……でも、返すなんてできねえよ……誰から盗ったかなんて覚えてねーもん」
「……そんなこと言うなよ……」
シロは他人から物を盗って初めて居心地の悪い思いをした。罪悪感?今さら……。
「交番みたいなとこねえの?みんなが落とし物したら探しに来るような」
「……案内所かな……気づいてくれればいいけど」
シュトロウは頭を抱えてしまった。責められているような気持ちになる。何も言えずにいると、気を取り直したようにシュトロウが顔を上げた。
「……お前の片手の。昨日アーガの木にもらったやつ……わかったか?どんな力なのか」
「あ。まだやってない」
さっそくやってみる。葉を乗せると溶けるように手のひらに吸い込まれていく。
何も起こらない。
「なんかこう、ぴんと来ないか?俺たちはさ、たいてい自分で一番自信があることがシルシになるわけ。だから俺はまず弓を引いてみた。シロは何だ?」
「あー……」
すっとシュトロウの懐から小さなお守り袋みたいなものを掏り取る。
「わ!わーっ」
シュトロウは慌ててそれを掴んだ。
「俺のアーガの葉だよ!やめてくれ!」
「でもこれなんだ。俺の特技」
何も起こらない。手のひらには黒い丸があるだけだ。
「スリかよ!こうやって金も取ってきたのか?もうやめろよな……。うーん、ちょっと見せてみろよ」
シュトロウが自分の右手を何気なくその手に重ねた時だった。青い光が手のひらと手のひらの間から溢れ出した。
「なんだ?う……」
シロの手の模様が、ちょうど黒い丸だったサイズの分だけ、シュトロウの手の模様の一部を写しとって光っている。
「ぎゃー!」
シュトロウの手のひらからは模様が消えている。ただの手のひらだ。
「俺の!俺のシルシが!」
いきなり頭の中に経験や方法が流れ込んできた。わかる。どこに手を置けばいいか。どう狙いを定めればいいか。風向き。角度。湿度による弦の張りの違い。シロはシュトロウの弓を手に取ると、矢を一本つがえた。弓なんか持ったこともない。でも今ならどうすればいいかわかる。キリと弓を引き、窓の外に向けて放つ。向かいの建物の彫像のひたいに矢は突き刺さった。
「これ……」
葉が手のひらから落ちる。リジンが終わった。
「あ。戻ってきたあ」
シュトロウが心からほっとした声を上げた。その手のひらにあの模様がまた浮き出ている。
「育ってないからすぐ剥がれてよかった……お前の右手の力は、他のやつの能力を盗るんだ……」
「おーい」
目を開ける。木の板の天井。一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。右側に顔を向けると、ランプが載った木製の小さなチェストが目に入る。体を起こす。
「うわ」
また左側でネリが眠っていた。急に思い出す。そうだ。夢じゃない。
「起きろ~!ちょっと今日からのこと考えないと。入っていいか?」
慌ててドアを開ける。シュトロウがすっかり身支度を整えて立っていた。今何時だ?ここでは時間はどうやって見るんだろう。窓から光が差し込んでいる。朝なのはわかるけど……。
「とりあえずは俺の幼なじみに……うお」
目を擦りながらシロの隣に来たネリを見て、シュトロウがのけぞった。
「こいつ……でかくなってね?」
昨日までは1ヒュー……1メートルちょっとだったのが、どう見ても140センチくらいになっている。
「何やった?」
「何もしてねーよ」
本当に何をした覚えもない。勝手に大きくなったり小さくなったりする。シュトロウでさえその法則性はわからないみたいだ。
シュトロウはまあいい、と言って宿に備え付けられていた地図を開いた。今はここ。街の中心あたり。幼馴染と会わなきゃいけない。でも来ているかどうかもわからない。しばらくはこの街から動けないだろう。
「何かで稼がないとな」
シロは他人事のように聞いていた。だって稼ぐあてはある。他人の懐にたくさん入っている。
「そうだ、ここの貨幣単位教えてくれ」
昨日盗ってきた金をざらりとベッドの上に開けた。銅貨、銀貨が多い。四角いのは全て銀貨だ。
「おま……何これ?どうしたんだ?」
まず教えてくれと促すと、シュトロウは腑に落ちないといった顔をしながらも説明してくれた。
一番小さい銅貨が最小単位で1クルーと呼ぶ。10クルーを1ディレとして、額面により銀貨、金貨になっていく。数字も簡単に教えてもらった。
「あと、これは売ったりできないのかな」
2枚のアーガの葉を出した。シュトロウははっとしてシロの顔を見た。
「お前、盗んだのか?この金を盗るために?」
どきっとする。
「……違うよ。拾っただけだ」
「うそだ。アーガの葉を落とすなんて迂闊なやつはいない。特にこんな、こんなに育った葉を……」
シュトロウは2枚の葉をとても大事そうに手のひらに乗せた。
「なあ。金のことはいいよ。返せったって返せないだろ?でも、これだけは……これだけはなんとかして返してやってくれ。あんたにはまだわからないのかもしれないけど、これはさ、その人が生きてきた印なんだよ。これがなくなったら……」
アーガの葉を失くすと、当然リジンできなくなる。もう一度アーガの木に頼めば2枚目が貰えることもあるが、全く同じ能力とは限らない。だからよく育った葉は、命の次に大切な自分の分身みたいなものなんだとシュトロウは教えてくれた。葉を失くすことはそのひとが今までずっとしてきた努力が、一からやり直しになるということ。シュトロウは眉間に深い皺を寄せて頭を下げてきた。不思議だった。この葉を掏られた人たちはシュトロウには何の関係もないはずだ。それなのにシュトロウはこうして土下座せんばかりに頼み込んでくる。
「……でも、返すなんてできねえよ……誰から盗ったかなんて覚えてねーもん」
「……そんなこと言うなよ……」
シロは他人から物を盗って初めて居心地の悪い思いをした。罪悪感?今さら……。
「交番みたいなとこねえの?みんなが落とし物したら探しに来るような」
「……案内所かな……気づいてくれればいいけど」
シュトロウは頭を抱えてしまった。責められているような気持ちになる。何も言えずにいると、気を取り直したようにシュトロウが顔を上げた。
「……お前の片手の。昨日アーガの木にもらったやつ……わかったか?どんな力なのか」
「あ。まだやってない」
さっそくやってみる。葉を乗せると溶けるように手のひらに吸い込まれていく。
何も起こらない。
「なんかこう、ぴんと来ないか?俺たちはさ、たいてい自分で一番自信があることがシルシになるわけ。だから俺はまず弓を引いてみた。シロは何だ?」
「あー……」
すっとシュトロウの懐から小さなお守り袋みたいなものを掏り取る。
「わ!わーっ」
シュトロウは慌ててそれを掴んだ。
「俺のアーガの葉だよ!やめてくれ!」
「でもこれなんだ。俺の特技」
何も起こらない。手のひらには黒い丸があるだけだ。
「スリかよ!こうやって金も取ってきたのか?もうやめろよな……。うーん、ちょっと見せてみろよ」
シュトロウが自分の右手を何気なくその手に重ねた時だった。青い光が手のひらと手のひらの間から溢れ出した。
「なんだ?う……」
シロの手の模様が、ちょうど黒い丸だったサイズの分だけ、シュトロウの手の模様の一部を写しとって光っている。
「ぎゃー!」
シュトロウの手のひらからは模様が消えている。ただの手のひらだ。
「俺の!俺のシルシが!」
いきなり頭の中に経験や方法が流れ込んできた。わかる。どこに手を置けばいいか。どう狙いを定めればいいか。風向き。角度。湿度による弦の張りの違い。シロはシュトロウの弓を手に取ると、矢を一本つがえた。弓なんか持ったこともない。でも今ならどうすればいいかわかる。キリと弓を引き、窓の外に向けて放つ。向かいの建物の彫像のひたいに矢は突き刺さった。
「これ……」
葉が手のひらから落ちる。リジンが終わった。
「あ。戻ってきたあ」
シュトロウが心からほっとした声を上げた。その手のひらにあの模様がまた浮き出ている。
「育ってないからすぐ剥がれてよかった……お前の右手の力は、他のやつの能力を盗るんだ……」
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