1 / 27
さよなら
しおりを挟む
ネネリオ。
俺が一番好きな歌うたい系ウーチューバー。声がいい。この声を聞いていると嫌なことは忘れてしまう。ネネリオは顔出しをしない。男性ボーカルなことしかわからない。いいなあ。こんな声でこんなにうまく歌えたら、そりゃ楽しいだろ。収入もすごそうだ。チャンネル登録者は三〇〇万人。
「シロ!ごろごろしてねーで稼いでこいよ」
俺も歌を歌って稼げたらなあ。こんなクソババアの家、とっとと出てってやるのに。
志路はでっぷりと不健康に太った母親の怒号を背中に、イヤフォンを耳に刺したままサンダルをつっかけて外に出た。黄昏時だ。稼ぐにはいい頃合い。駅か、飲み屋街か。駅だな。
駅に着くとたくさんの人々が疲れた顔をして行き交っている。化粧の崩れたOL。座り込むおっさん。若者の集団。大学生だろうか?うちがまともな家だったらな。俺も大学生だったかもしれない。イヤフォンから聞こえるネネリオの歌声を聴きながら、人の波に混ざる。左斜め前にいる男の尻のポケットから財布を抜く。あまり入ってないのはわかっている。抜きやすいだけ。そのまますっとトイレに入り、中を物色する。思った通りだ。現金は三千円だけ。クレカは足がつくからな。使えない。プリペイドの電子マネーのカードが何枚か出てきた。それと現金だけを抜いて、あとはゴミ箱に捨てる。もう少し稼がないと。
帰りの人々でますます混み合ってきた。なるべく身なりのいいおっさんがいい。体はたるんでるのにやたらいい時計をしてたりするやつ。そういうやつは現金もアホみたいに持ってることが多い。ちょうどいいのが二メートル前にいる。あと3歩。俺はうまいからわざとらしくぶつかったりしない。あと一歩。おっさんの体にぶつかりそうなのをお互いに体を傾けて避ける、その一瞬。
おっさんはそのまますれ違っていく。俺も何食わぬ顔をしてそのまま駅を抜ける。コンビニのトイレで抜いた財布の中を確認する。ほらな。七万円の現金が入っている。カードはゴールド。金だけ抜いて、トイレのタンクに財布を捨てる。あのおっさんはすれ違いざまに俺に掏られたことにいつ気がつくかな。間抜けだからさ。ご愁傷様。
今日はラッキーだったな。マック寄って帰ろう。コンビニを出て線路沿いを歩いていると、踏切に通りかかった。子供の悲鳴に近い声が聞こえた。遮断機が降りる。目をやる。
子どもが線路のレールの上で泣きながら自分の足を引っ張っている。足首から下が埋まっているように見える。レールに挟んだのか?かんかんかんと警報音が鳴る。やばいぞ。
思わず体が動いた。小学生くらいの女の子だ。遮断機をくぐって足を見てやる。深く靴が嵌まり込んでいる。
「くつは諦めな!」
遠くに電車の顔が見えてきた。まずい。力づくで引っ張る。靴がレールの隙間の中で脱げて、靴下の足が抜けた。よし!
でも、その時もう轟音が聞こえていて、俺はとっさに女の子をレールの外に突き飛ばした。
ブレーキ音に混じって、ネネリオの歌が聞こえた。
俺が一番好きな歌うたい系ウーチューバー。声がいい。この声を聞いていると嫌なことは忘れてしまう。ネネリオは顔出しをしない。男性ボーカルなことしかわからない。いいなあ。こんな声でこんなにうまく歌えたら、そりゃ楽しいだろ。収入もすごそうだ。チャンネル登録者は三〇〇万人。
「シロ!ごろごろしてねーで稼いでこいよ」
俺も歌を歌って稼げたらなあ。こんなクソババアの家、とっとと出てってやるのに。
志路はでっぷりと不健康に太った母親の怒号を背中に、イヤフォンを耳に刺したままサンダルをつっかけて外に出た。黄昏時だ。稼ぐにはいい頃合い。駅か、飲み屋街か。駅だな。
駅に着くとたくさんの人々が疲れた顔をして行き交っている。化粧の崩れたOL。座り込むおっさん。若者の集団。大学生だろうか?うちがまともな家だったらな。俺も大学生だったかもしれない。イヤフォンから聞こえるネネリオの歌声を聴きながら、人の波に混ざる。左斜め前にいる男の尻のポケットから財布を抜く。あまり入ってないのはわかっている。抜きやすいだけ。そのまますっとトイレに入り、中を物色する。思った通りだ。現金は三千円だけ。クレカは足がつくからな。使えない。プリペイドの電子マネーのカードが何枚か出てきた。それと現金だけを抜いて、あとはゴミ箱に捨てる。もう少し稼がないと。
帰りの人々でますます混み合ってきた。なるべく身なりのいいおっさんがいい。体はたるんでるのにやたらいい時計をしてたりするやつ。そういうやつは現金もアホみたいに持ってることが多い。ちょうどいいのが二メートル前にいる。あと3歩。俺はうまいからわざとらしくぶつかったりしない。あと一歩。おっさんの体にぶつかりそうなのをお互いに体を傾けて避ける、その一瞬。
おっさんはそのまますれ違っていく。俺も何食わぬ顔をしてそのまま駅を抜ける。コンビニのトイレで抜いた財布の中を確認する。ほらな。七万円の現金が入っている。カードはゴールド。金だけ抜いて、トイレのタンクに財布を捨てる。あのおっさんはすれ違いざまに俺に掏られたことにいつ気がつくかな。間抜けだからさ。ご愁傷様。
今日はラッキーだったな。マック寄って帰ろう。コンビニを出て線路沿いを歩いていると、踏切に通りかかった。子供の悲鳴に近い声が聞こえた。遮断機が降りる。目をやる。
子どもが線路のレールの上で泣きながら自分の足を引っ張っている。足首から下が埋まっているように見える。レールに挟んだのか?かんかんかんと警報音が鳴る。やばいぞ。
思わず体が動いた。小学生くらいの女の子だ。遮断機をくぐって足を見てやる。深く靴が嵌まり込んでいる。
「くつは諦めな!」
遠くに電車の顔が見えてきた。まずい。力づくで引っ張る。靴がレールの隙間の中で脱げて、靴下の足が抜けた。よし!
でも、その時もう轟音が聞こえていて、俺はとっさに女の子をレールの外に突き飛ばした。
ブレーキ音に混じって、ネネリオの歌が聞こえた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
屈強な男が借金のカタに後宮に入れられたら
信号六
BL
後宮のどの美女にも美少年にも手を出さなかった美青年王アズと、その対策にダメ元で連れてこられた屈強男性妃イルドルの短いお話です。屈強男性受け!以前Twitterで載せた作品の短編小説版です。
(ムーンライトノベルズ、pixivにも載せています)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる