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11 引っ越しですね
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人の気配に目が覚めると、童貞くんが僕の口に手を当てて、自分の唇にもう片手の人差し指を当てました。
「なんだこれ」
「誰かここで焚き火したんだな」
男たちの声がします。昨日の短小と顔射フェチ……。
「サヨリちゃんかなあ?」
「さあな。少しここで張り込んでみるか。食い物もあるし」
ここに居座る気か。嫌な奴らだ。疫病神かよ。どうしよう。
ちら、と童貞くんを見ると、意外と落ち着いていました。
「に、逃げましょう」
小さな声でした。逃げる?
「一緒に。ここから走り出て、西側なら足場がよくないからきっと逃げ切れます」
「……布団は? 毛布は? 水は?」
着替え。やかんや……やっと少し整ったのに。
「また揃えましょう」
「………」
やつらの方にまた目を移すと、彼らは置いてあったやかんから水を飲み、缶詰を開け始めました。あいつらに捕まったら、またやられて……。
でも、ここには僕の持ち物が。
「行きましょう?」
僕が嫌だと言ったら、童貞くんは一人で走って行ってしまうんだろう。
頷くと、彼は僕の手をぐっと握りました。
「さん、に……いち」
ゼロ。瓦礫の影から飛び出します。童貞くんの大きな手は思わず凄い力で僕の手を握りしめていて、
「あっ! あいつら」
転びそうになっても、引きずられるみたいに起こされて、瓦礫の隙間を滑るように……
「待て! 待てって」
短小が転んで足から血を流したのが目の端に映りました。おつかれさん。
「はは」
童貞くんは驚くほど滑らかに瓦礫の山の隙間を駆け抜けて、やがて短小も顔射フェチも見えなくなりました。
「はっ、はっ……」
「ふぃー……」
流石に童貞くんも息を切らせています。
「なんにもなくなっちゃった」
「い、いいんじゃないですか。どうせ全部拾い物です」
「これからどうしようか?」
「山の方に行ってみたいかなと。建物が残っているかも知れない。2人で生活するにしても、もう少しきれいなところがいいですよね」
ふたりで? 生活? するにしても? ふと、まだ固く握られたままの手に気付きました。
「一緒に?」
「いやですか?」
あんまり普通に童貞くん(もう童貞じゃないけど)が言うので、僕は驚いて立ち止まりました。
「だって。別に僕とはなんでもないじゃん」
「や、な、な、なんでもないて」
「知り合いだったわけでもないし。もう僕には水も布団もないんだから」
一緒にいる理由がない。
「え、あの。俺、そんな、そんな軽い気持ちでしたんじゃないですから」
うわ。何この童貞思考。一発やったら運命の人かよ。難儀な……
というか、寝ぼけてて思わずなんの疑問も感じずにやっちゃったけど、僕みたいな男がこんな子に手を出したらダメだった。最初の一発って割と性癖決めちゃうよね。
「ほんとに。責任とか感じなくていいし。僕、どうせビッチだから、逆にごめん。女の子とやるまで……」
「いいんです! 俺が自分で決めたんらかや!」
噛んだ。らかやって。ピノコかよ。
「重い重い。決めたとか、軽い気持ちでやったんじゃないとか、そういうのいらないから」
「いらなくないです! 俺、な、悩んでっていうか、か、考えて」
「はいはい、でもそんな深刻にならないで! ごめんね? 僕が悪かった。あんたのこと軽い気持ちで汚しちゃって。でも」
「よ! よご、汚してません!」
「…………」
あれ。話聞いてた? ぼく言ったよね? ビッチで手当たり次第やりまくりだったって。
「お。俺は、す、好きになった人と、や、やっ……せ……し………したんです」
「うわぁ……ちょっと親切にされると好きになっちゃう人? 会って三日目だよ? もうちょい警戒した方がいいよ?」
「いいんです」
童貞くんは顔を真っ赤にして、僕の手を握り直しました。
「あなたのことなら、すらすら話せそうな気がする」
「………」
こんなとこで、男二人、手繋いで。愛の告白かよ。
「僕のこと全然知らないじゃん」
「あ、あなたも俺のこと知らないでしょう」
「そう。名前も知らない」
「俺のこと、嫌いですか?」
「普通じゃない」
「『普通』は、もうないです」
「…………」
童貞くんを見上げると、彼はとても暖かい目で僕を見ていた。昨日髪を切って髭を剃った顔は、物凄い好みの顔だった。まあ、悪くないか。どうせ世界は終わっているんだし。
「じゃあ、住処が見つかるまでにコンドーム拾ってかないと」
「はは!」
「見つかるかな?」
「きっと見つかりますよ。なんでも。ほら、早速ペットボトルがあった。ポカリですね」
「不思議だよね。死体はないのにさ」
「もしかしたら、ここが天国なのかも知れない」
「天国」
「欲しいものが探せばみつかって」
「お風呂に入りたい。見つかるかな」
「温泉ならあるかも」
「テレビ見たい。スマホ触りたい。どうしてないの?」
「そ、そういうのは……本当には欲しくないんじゃないですか」
「おっ。それっぽいこと言うね。本当に欲しいものだけ見つかる天国か……」
そうかも知れない。ほんとにそうなのかも。
「あ。ポケットにファイアスターターを入れたままでした。良かった」
僕も何か持ってなかったかな。上着は羽織ってたから良かった。ポケットに手を入れてみると、かさりと何かに触れました。
「飴が出てきた。去年のやつだよ」
「充分です。ゆっくり行きましょう」
僕たちは、手を繋いだまま歩き出しました。
<了>
「なんだこれ」
「誰かここで焚き火したんだな」
男たちの声がします。昨日の短小と顔射フェチ……。
「サヨリちゃんかなあ?」
「さあな。少しここで張り込んでみるか。食い物もあるし」
ここに居座る気か。嫌な奴らだ。疫病神かよ。どうしよう。
ちら、と童貞くんを見ると、意外と落ち着いていました。
「に、逃げましょう」
小さな声でした。逃げる?
「一緒に。ここから走り出て、西側なら足場がよくないからきっと逃げ切れます」
「……布団は? 毛布は? 水は?」
着替え。やかんや……やっと少し整ったのに。
「また揃えましょう」
「………」
やつらの方にまた目を移すと、彼らは置いてあったやかんから水を飲み、缶詰を開け始めました。あいつらに捕まったら、またやられて……。
でも、ここには僕の持ち物が。
「行きましょう?」
僕が嫌だと言ったら、童貞くんは一人で走って行ってしまうんだろう。
頷くと、彼は僕の手をぐっと握りました。
「さん、に……いち」
ゼロ。瓦礫の影から飛び出します。童貞くんの大きな手は思わず凄い力で僕の手を握りしめていて、
「あっ! あいつら」
転びそうになっても、引きずられるみたいに起こされて、瓦礫の隙間を滑るように……
「待て! 待てって」
短小が転んで足から血を流したのが目の端に映りました。おつかれさん。
「はは」
童貞くんは驚くほど滑らかに瓦礫の山の隙間を駆け抜けて、やがて短小も顔射フェチも見えなくなりました。
「はっ、はっ……」
「ふぃー……」
流石に童貞くんも息を切らせています。
「なんにもなくなっちゃった」
「い、いいんじゃないですか。どうせ全部拾い物です」
「これからどうしようか?」
「山の方に行ってみたいかなと。建物が残っているかも知れない。2人で生活するにしても、もう少しきれいなところがいいですよね」
ふたりで? 生活? するにしても? ふと、まだ固く握られたままの手に気付きました。
「一緒に?」
「いやですか?」
あんまり普通に童貞くん(もう童貞じゃないけど)が言うので、僕は驚いて立ち止まりました。
「だって。別に僕とはなんでもないじゃん」
「や、な、な、なんでもないて」
「知り合いだったわけでもないし。もう僕には水も布団もないんだから」
一緒にいる理由がない。
「え、あの。俺、そんな、そんな軽い気持ちでしたんじゃないですから」
うわ。何この童貞思考。一発やったら運命の人かよ。難儀な……
というか、寝ぼけてて思わずなんの疑問も感じずにやっちゃったけど、僕みたいな男がこんな子に手を出したらダメだった。最初の一発って割と性癖決めちゃうよね。
「ほんとに。責任とか感じなくていいし。僕、どうせビッチだから、逆にごめん。女の子とやるまで……」
「いいんです! 俺が自分で決めたんらかや!」
噛んだ。らかやって。ピノコかよ。
「重い重い。決めたとか、軽い気持ちでやったんじゃないとか、そういうのいらないから」
「いらなくないです! 俺、な、悩んでっていうか、か、考えて」
「はいはい、でもそんな深刻にならないで! ごめんね? 僕が悪かった。あんたのこと軽い気持ちで汚しちゃって。でも」
「よ! よご、汚してません!」
「…………」
あれ。話聞いてた? ぼく言ったよね? ビッチで手当たり次第やりまくりだったって。
「お。俺は、す、好きになった人と、や、やっ……せ……し………したんです」
「うわぁ……ちょっと親切にされると好きになっちゃう人? 会って三日目だよ? もうちょい警戒した方がいいよ?」
「いいんです」
童貞くんは顔を真っ赤にして、僕の手を握り直しました。
「あなたのことなら、すらすら話せそうな気がする」
「………」
こんなとこで、男二人、手繋いで。愛の告白かよ。
「僕のこと全然知らないじゃん」
「あ、あなたも俺のこと知らないでしょう」
「そう。名前も知らない」
「俺のこと、嫌いですか?」
「普通じゃない」
「『普通』は、もうないです」
「…………」
童貞くんを見上げると、彼はとても暖かい目で僕を見ていた。昨日髪を切って髭を剃った顔は、物凄い好みの顔だった。まあ、悪くないか。どうせ世界は終わっているんだし。
「じゃあ、住処が見つかるまでにコンドーム拾ってかないと」
「はは!」
「見つかるかな?」
「きっと見つかりますよ。なんでも。ほら、早速ペットボトルがあった。ポカリですね」
「不思議だよね。死体はないのにさ」
「もしかしたら、ここが天国なのかも知れない」
「天国」
「欲しいものが探せばみつかって」
「お風呂に入りたい。見つかるかな」
「温泉ならあるかも」
「テレビ見たい。スマホ触りたい。どうしてないの?」
「そ、そういうのは……本当には欲しくないんじゃないですか」
「おっ。それっぽいこと言うね。本当に欲しいものだけ見つかる天国か……」
そうかも知れない。ほんとにそうなのかも。
「あ。ポケットにファイアスターターを入れたままでした。良かった」
僕も何か持ってなかったかな。上着は羽織ってたから良かった。ポケットに手を入れてみると、かさりと何かに触れました。
「飴が出てきた。去年のやつだよ」
「充分です。ゆっくり行きましょう」
僕たちは、手を繋いだまま歩き出しました。
<了>
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