上 下
11 / 11

11 引っ越しですね

しおりを挟む
 人の気配に目が覚めると、童貞くんが僕の口に手を当てて、自分の唇にもう片手の人差し指を当てました。

「なんだこれ」
「誰かここで焚き火したんだな」

 男たちの声がします。昨日の短小と顔射フェチ……。

「サヨリちゃんかなあ?」
「さあな。少しここで張り込んでみるか。食い物もあるし」

 ここに居座る気か。嫌な奴らだ。疫病神かよ。どうしよう。

 ちら、と童貞くんを見ると、意外と落ち着いていました。

「に、逃げましょう」

 小さな声でした。逃げる?

「一緒に。ここから走り出て、西側なら足場がよくないからきっと逃げ切れます」
「……布団は? 毛布は? 水は?」

 着替え。やかんや……やっと少し整ったのに。

「また揃えましょう」
「………」

 やつらの方にまた目を移すと、彼らは置いてあったやかんから水を飲み、缶詰を開け始めました。あいつらに捕まったら、またやられて……。

 でも、ここには僕の持ち物が。

「行きましょう?」

 僕が嫌だと言ったら、童貞くんは一人で走って行ってしまうんだろう。

 頷くと、彼は僕の手をぐっと握りました。

「さん、に……いち」

 ゼロ。瓦礫の影から飛び出します。童貞くんの大きな手は思わず凄い力で僕の手を握りしめていて、

「あっ! あいつら」

 転びそうになっても、引きずられるみたいに起こされて、瓦礫の隙間を滑るように……

「待て! 待てって」

 短小が転んで足から血を流したのが目の端に映りました。おつかれさん。

「はは」

 童貞くんは驚くほど滑らかに瓦礫の山の隙間を駆け抜けて、やがて短小も顔射フェチも見えなくなりました。

「はっ、はっ……」
「ふぃー……」

 流石に童貞くんも息を切らせています。

「なんにもなくなっちゃった」
「い、いいんじゃないですか。どうせ全部拾い物です」
「これからどうしようか?」
「山の方に行ってみたいかなと。建物が残っているかも知れない。2人で生活するにしても、もう少しきれいなところがいいですよね」

 ふたりで? 生活? するにしても? ふと、まだ固く握られたままの手に気付きました。

「一緒に?」
「いやですか?」

 あんまり普通に童貞くん(もう童貞じゃないけど)が言うので、僕は驚いて立ち止まりました。

「だって。別に僕とはなんでもないじゃん」
「や、な、な、なんでもないて」
「知り合いだったわけでもないし。もう僕には水も布団もないんだから」

 一緒にいる理由がない。

「え、あの。俺、そんな、そんな軽い気持ちでしたんじゃないですから」

 うわ。何この童貞思考。一発やったら運命の人かよ。難儀な……

 というか、寝ぼけてて思わずなんの疑問も感じずにやっちゃったけど、僕みたいな男がこんな子に手を出したらダメだった。最初の一発って割と性癖決めちゃうよね。

「ほんとに。責任とか感じなくていいし。僕、どうせビッチだから、逆にごめん。女の子とやるまで……」
「いいんです! 俺が自分で決めたんらかや!」

 噛んだ。らかやって。ピノコかよ。

「重い重い。決めたとか、軽い気持ちでやったんじゃないとか、そういうのいらないから」
「いらなくないです! 俺、な、悩んでっていうか、か、考えて」
「はいはい、でもそんな深刻にならないで! ごめんね? 僕が悪かった。あんたのこと軽い気持ちで汚しちゃって。でも」
「よ! よご、汚してません!」
「…………」

 あれ。話聞いてた? ぼく言ったよね? ビッチで手当たり次第やりまくりだったって。

「お。俺は、す、好きになった人と、や、やっ……せ……し………したんです」
「うわぁ……ちょっと親切にされると好きになっちゃう人? 会って三日目だよ? もうちょい警戒した方がいいよ?」
「いいんです」

 童貞くんは顔を真っ赤にして、僕の手を握り直しました。

「あなたのことなら、すらすら話せそうな気がする」
「………」

 こんなとこで、男二人、手繋いで。愛の告白かよ。

「僕のこと全然知らないじゃん」
「あ、あなたも俺のこと知らないでしょう」
「そう。名前も知らない」
「俺のこと、嫌いですか?」
「普通じゃない」
「『普通』は、もうないです」
「…………」

 童貞くんを見上げると、彼はとても暖かい目で僕を見ていた。昨日髪を切って髭を剃った顔は、物凄い好みの顔だった。まあ、悪くないか。どうせ世界は終わっているんだし。

「じゃあ、住処が見つかるまでにコンドーム拾ってかないと」
「はは!」
「見つかるかな?」
「きっと見つかりますよ。なんでも。ほら、早速ペットボトルがあった。ポカリですね」
「不思議だよね。死体はないのにさ」
「もしかしたら、ここが天国なのかも知れない」
「天国」
「欲しいものが探せばみつかって」
「お風呂に入りたい。見つかるかな」
「温泉ならあるかも」
「テレビ見たい。スマホ触りたい。どうしてないの?」
「そ、そういうのは……本当には欲しくないんじゃないですか」
「おっ。それっぽいこと言うね。本当に欲しいものだけ見つかる天国か……」

 そうかも知れない。ほんとにそうなのかも。

「あ。ポケットにファイアスターターを入れたままでした。良かった」

 僕も何か持ってなかったかな。上着は羽織ってたから良かった。ポケットに手を入れてみると、かさりと何かに触れました。

「飴が出てきた。去年のやつだよ」
「充分です。ゆっくり行きましょう」

 僕たちは、手を繋いだまま歩き出しました。












<了>
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...