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第九話 氷の女王 その二

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「氷魔法はすべての魔法の中で最高の防御力を誇る。わらわは氷魔法を使う氷のたみの女王じゃ。この体はいかなる物理攻撃も防ぐ究極の氷魔法で守られておる」

 エレナの体が紫色の光で包まれる。
 エレナは優雅に微笑む。

「そうか……このスキルを使うしかないな……」

 オリバは指なし手袋を外し、投げ捨てた。

「最初から気にはなっておったが、ま、まさか、その手袋を外すと封印が解け、力を発揮できるのかっ!?」

 エレナがうろたえる。

「いや、特に意味はない。気分的なアレだ」

「意味ないんかい!!」

「だが! 俺が手袋を外すときカッコいいと思っただろう?」

「な、な、なにを言っておる。そんなこと思っておらぬわ!」

 エレナは顔を赤らめそっぽを向いた。

「いくぞ! スキル! マッスルウォーム!」

 オリバは両手を大きく広げ、そのままエレナを抱きしめた。

「なななっ、何をしておる! わらわはまだ心の準備ができておらぬぞっ!」

「落ち着け、エレナ。このスキルは筋肉の暖かさ、安心感で相手を内側から温める。どうだ、気持ちが暖かくなってこないか?」

 オリバの筋肉の温もりが伝わってくる。
 太い腕と厚い胸板に包まれ、なんともいいがたい安心感がエレナの胸にこみ上げる。

 この安心感、心地よさ。
 休日のランチのあとにお昼寝をする心地よさに似ている。

 心の奥に忘れていた感情が再び芽生えてくるのをエレナは感じる。

「どうだ? 胸の内側から暖かいだろう。これが筋肉の温もりだ」

 オリバはエレナを抱きしめ続ける。
 少しずつエレナの体が溶け始め、水がしたたり落ちる。

 エレナは昔のことを思いだしていた。
 無理やり思いださないようにしていたことだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 エレナには同い年の親友がいた。
 雪ゴブリンのサティだ。
 子どもの頃にオオカミに襲われていたサティをエレナが助けた。
 それをきっかけにふたりは友達になった。

 エレナは王女であり、千年にひとりの天才魔法使いと言われていた。
 学校の同級生たちはエレナに嫉妬し、恐れ、距離を置いた。

 本当の意味で親しくしてくれる友達なんていなかった。
 裕福な生活だったが心はいつも孤独だった。

 サティはエレナが初めて本当に仲良くなれた友達だった。
 雪ゴブリンのサティにとって、王女の地位や凄い魔法が使えることなんて関係なかったのだ。

 ふたりはいつも一緒にいた。
 一緒に遊び、一緒に悪さし、一緒に先生に怒られた。
 エレナにとってかけがないのない時間だった。

 サティの十六歳の誕生日、エレナは特別な誕生日プレゼントを用意した。
 魔法で作った永遠に溶けない氷のブレスレットだ。
 自分用とサティ用でふたつ作った。
 ふたりの友情が永遠に続くことを願って作った。

 いつも『サティに会えてよかった。サティがいてくれてよかった』と心の底から思っていた。
 でも恥ずかしくて今まで言えなかった。
 この永遠に溶けない氷のブレスレットをプレゼントするときに、感謝の気持ちを伝えるつもりでいたのだ。

 ……だが、エレナの気持ちは伝えられなかった。

 サティの誕生日、エレナが王族の習い事を終えて帰宅すると、神妙な顔をした母親が立っていた。
 山に出かけていたサティは冒険者パーティーに遭遇し、戦闘となり、帰らぬひととなったと告げられた。

 雪ゴブリンは人を襲わない。
 温厚で弱い種族だ。
 運悪く戦闘狂の冒険者たちに遭遇してしまったのだ。

 それ以来、エレナは心の温かさを忘れ、挑んできた冒険者を凍らせてきた。
 戦闘で罪のない他の生き物が凍っても何も感じないようにしてきた。

 しかし今は感じる。

 サティと過ごしたあの心の温もりを。
 罪のない者まで凍らせた罪悪感を。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「サティィィーー!!」

 エレナは泣きながら大声で叫んだ。

 体からは多量の水がしたたり落ち、体は半透明になる。
 エレナは防御魔法を解除した。

「愚かなことをしたものじゃ……。親友を失った悲しみから逃げるために、復讐に明け暮れておった。心優しいサティがこんなこと望むわけもない。わらわも心の奥底では、こんな愚行を止めてくれる強い者が現れることを望んでおったのかもしれぬ……。オリバ・ラインハルトよ。そなたと戦えて幸せだったぞ。そなたは強いだけでなく、優しい。来世は違ったかたちで会いたいものじゃ……。さらばだ、オリバ! ……サティ、今会いにいくぞ……」

 エレナは穏やかな表情でそう言った。
 目を閉じ、最期の瞬間が来るのを待ち受ける。
 エレナの体はどんどん透明になってゆく。
 視界がふいに真っ白になる。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 気づくとエレナは氷の上に立っていた。

 真っ白な氷が地平線まで続いている。
 山もなければ、樹もない。
 ただ真っ白な氷だけが永遠と続いている。

 そこにポツンと一人の女が立っている。白い肌のゴブリンだ。

「サティ! サティ! 会いたかったぞ!!」

 エレナは泣きながら駆け寄り、ゴブリンを強く抱きしめる。

「すまぬっ! バカな行動をしたわらわを許してくれ! わらわを嫌いになってもよい。ただこれだけは聞いてくれ! 後生じゃ!」

 エレナは左手首につけている二つのブレスレットのうち、ひとつを外してサティの手首に着けた。

「そなたの誕生日に渡そうと思っておったものじゃ。永遠に溶けることのない氷のブレスレットじゃ。わらわとそなたの友情が永遠に続くよう願いを込めた。サティよ、そなたと一緒だと嬉しくて楽しかった。そなたと一緒だと安心できた。嫌なことも忘れられた。そなたからいつも勇気をもらっておったのじゃ……。そなたに会えて良かった、そなたがいてくれてよかった。ありがとう……」

 エレナは泣きながらサティを強く抱きしめる。

「エレナ、私もありがとう……。嬉しいよ。私は怒ってないから心配しないで」

 サティは優しくエレナの髪をなでる。

 サティは左手首につけていた二つの花のブレスレットうち、ひとつを外してエレナの手首に着けた。

「偶然だね。私も誕生日の日、エレナと同じこと考えていたの。この花のブレスレットは親友の証だよ。やっと渡せた……」

 サティは優しく微笑んだ。

「これからはずっと一緒じゃ! わらわは絶対にそなたを離さぬ!」

 エレナは泣きながら花のブレスレットに触れる。

「……エレナ。あなたはまだここに来ちゃだめ。私たちの友情は色あせない。永遠なの。だから安心して。幸せになってね……」

 サティはエレナを強く抱きしめた。
 エレナも抱きしめ返そうとするが、サティの体が透けて消えていく。

「サティィィ!!」

 エレナは叫ぶ。
 周りが真っ白になる。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 気づくと、目の前にオリバが立っていた。
 スキル・マッスルウォームは解除していた。

「勝負はついた。今後は冒険者を攻撃しないことと、この森を明け渡してくれれば、お前の命をとる必要はない」

 オリバはエレナの目をみて話した。

「待ってください! それは反対です!」

 ひとりの冒険者が声を上げた。

「その女は危険です! あまりにも強い。我々を凍らせていたんですよ! また暴れだしたら大きな被害がでます!」

「たしかにあなたの言うとおりです。でも、彼女はもう生きものを理由なく凍らせることはできない。彼女は思いだしてしまったんです、暖かい心を」

 オリバはその冒険者のほうを振り返る。

「それに、ひとりも犠牲者がでていません。彼女はあなたたちを凍らせました。でも、この魔法は凍らされた者の時を止める魔法です。命は奪えません。殺すつもりなら最初から他の魔法を使うハズです」

「しかし、それでもっ」

 冒険者は食いさがる。

「それに考えてください。彼女は氷の国の女王です。女王が人間に殺されたら、戦争は避けられません。依頼主のアルカナの村は真っ先に氷の民から総攻撃を受けるでしょう」

「たしかに……」

 しぶしぶながら、冒険者も納得したようだ。

「それでどうする? 氷の女王エレナよ」

 オリバはエレナに問う。

「ありがたい……。その条件を守ると約束しよう」

「交渉成立だな。俺は村に戻る。お前は今日中にこの森を去ってくれ」

 オリバは帰る支度を始める。
 演出のために投げ捨てた指なし手袋を拾わないといけないのだ。

「オ、オリバよ! そなたに氷の国の王の座を与えてやっても良いぞ! 王の座が空席じゃ。わらわとそなたで氷の国を治めるのじゃ! ありがたく思え!!」

 エレナは顔を真っ赤にして言い放つ。

「ありがとう。でも、俺は大切なものを守るために冒険している。この冒険が終わったら考えさせてくれ」

「残念じゃのう……」

「じゃあな、エレナ! お前と戦えて良かった。元気でな!」

 オリバは別れの挨拶をすませ、他の冒険者と一緒にアルカナの村へと歩きだした。

 エレナはオリバの背中を恍惚とした表情で眺めていた。
 ふと、自分の左手首に目が留まる。

 氷のブレスレットと花のブレスレットがひとつずつ着いている。

 エレナはその場に泣きくずれた。


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