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(20)帰還 ールカの想いー

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「気が付いたらあっという間だったな」

現在僕たちは、我が家の近くまで来ていました。
王都を出発してから、長い時間馬車に揺られて凝り固まった体をほぐすように大きく体を揺らしながら山林を歩く僕とアミ。
辺りは既に暗くなってましたが、どこか僕たちの足取りは軽いものでした。

父の件はまだ何も解決したわけではありません。それでも実際に父と話して自分の意思を告げる事ですっきりとしたのも事実です。コンクールで優勝するという目標に向けて、後は突き進むしか道はありませんから。

「お兄ちゃん、嬉しそうだね。お姉ちゃんに会えるから?」
少しばかりニヤッとした表情をアミは僕に向けました。
「そ、そんなことないよ」

この数日で、アミは急にませたような気がします。父に良からぬことを吹き込まれたりしていないかが心配ですね。

ふと両手で抱えている荷物に目をやりました。コンクールに向けたものが殆どですが、折角城下町に行ったので普段は手に入らないような食材なんかも購入しました。今回のお礼も兼ねて、イラリアさんに何か美味しいものを作ってあげようかと考えています。

「…どうしているかな?」

思わずそんな言葉が漏れました。
若しかしたら、僕に会えなくて寂しがったりしているのでは?だとすれば少し嬉しいな、とそんな空想に浸ります。1人の食事というのは寂しいものですしね。

家の前まで来たところで、ふと立ち止まりました。このドアの向こうのイラリアさんの表情を想像します。僕の顔を見てどんな表情をするのかな。
父の件もあるので、少し不安げな顔で出迎えてくれる彼女か、僕たちとの再会を喜ぶ彼女なのか。

「ただいま戻りました!」
元気よくドアを開けると、そこには予想外の光景が広がっていました

「う~ん。このパスタも美味しいです!」
「それはですね、パスタとオイルの和え方にコツがありまして…」

エルモとイラリアさんが楽しそうに談笑をしながら、恐らくエルモが作ったであろう料理を食べていました。イラリアさんは本当に美味しそうに料理を頬張っています。

「あ、ルカ。帰って来たんだ。思ったより早かったな」
「あら。ルカさん、アミちゃん。お帰りなさい」

たった3日間ですから感動的な再開とまではいかなくても、少しばかり期待をしていたのですが、そうは問屋が卸さないようです。

「ルカ。長旅お疲れ、アミちゃんも疲れたろう?直ぐに2人の分も食事を準備するよ」
「わーい!エルモお兄ちゃんのお料理大好き」
アミは嬉しそうに、パタパタと走ると着席しました。

「嬉しいこと言ってくれるね。このパスタは俺が最初から作ったんだよ」
そう言って、アミの頭に軽く手を添えるエルモ。そのことを嬉しそうにしているアミ。そんな二人に優しい視線を送るイラリアさん。

…これが疎外感というものでしょうか?

「いや、多めに作っていて良かったよ」
さも上機嫌というエルモは、鼻歌でも歌い出しそうな勢いでパスタを茹で始めました。

「エ、エルモ。悪かったな、急に無理言って。後は俺がやろうか?」
「ん。別に気にしなくていいぞ」
「ああ、そう」
二の句が継げずに僕は口を閉ざしました。

手持ち無沙汰になったので購入した食材などを整理しつつ、チラッとエルモの作った料理に視線をやります。

また腕を上げたな。漂う香りだけでもその皿が美味しいものだという事は理解できましたが、以前より明らかに技術が向上していることが見て伺えました。

「…ルカさん。お父様の御体調は如何でしたか?」
エルモの手元を見ていると、イラリアさんが不安そうな表情を浮かべて質問をしました。

「ええ、後程詳しくお伝えしますが行けて良かったです。正直なところ、もっと悪いのではないかと考えていたので、父と話せて自分自身の感情を整理することが出来ました。本当にありがとうございました」
「…そうでしたか。それは良かったですね」
彼女は優しい微笑みを浮かべました。

それから僕たちはエルモの作った料理を食べて4人で楽しい時間を過ごしました。エルモもまた、父の事を気にかけているのが伝わりました。こんな場だからでしょう。気を使って、あえてその話題に余り触れないようにしているのが伝わってきました。出来るだけ和やかな場になるよう、家畜が逃げ出した時の笑い話などを提供して場を和ませてくれました。

「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」
食事も食べ終わったところで、エルモが帰るというので僕だけ外まで見送りに行きました。

外に出ると、寒い風が僕たちを包みました。雑に上着のポケットに手を突っ込んだエルモは、僕の事を無言で見据えています。

「エルモ。本当に助かったよ、ありがとう」
「気にするな。お袋さんにも、親父さんにも世話になったし俺も力になりたい。それより、本当に大丈夫だったのか?」
「ああ。手術を受ける必要があるのも、体調が芳しくない事も変わらないよ。だけどな、親父が俺たちの為にも、生きようと決意を固めてくれた。それで今は十分だ。後は俺が勝つだけだ」

エルモは少々、面を食らったような表情をしています。
「お前、変わったよな。何て言うのか、強くなったのか」
「はは。親父にも似たようなことを言われたよ」
自分では分かりませんが、人というのは環境で簡単に変わる生き物なのかもしれませんね。

ふう。と大きく白い息を吐いたエルモは、真剣な眼差しで口調でこう言いました。
「ルカ。イラリアさんだけど本当に凄い人だな。大事にしろ、あんな女性は二度と現れないぞ」

突然の意味深な発言に、僕は少々戸惑いました。
「どういう意味だよ」
「茶化すな、分かっているんだろ?初めて2人で並んでいる所を見た俺でも分かったんだ。気が付いていないわけないだろ」
「それは…」
気が付いていた。
ただ、こんな状況でまだまだ半人前の自分は相応しくない。そうやってフィルターを掛けていたのに。帰り際の父の一言で、急速にそのフィルターが剥がれて来たのが自分でも理解できました。

「なあ、ルカ。お前は真面目だから、準備が全て整ったからとか考えているのかもしれないけどな。俺の経験上、大切な人は掴んでいても離れることがあるんだ。だったらさ…」
エルモは苦しそうな表情をしていました。まだ彼女の事を想っているのでしょう。

初恋の人を。今は何処にも居ない彼女の事を。

僕は目を閉じ、気持ちを整理するようにして再び目を開けました。そして、無二の友人に伝えるのです。
「…そうだな。もう逃げたりしない。コンクールで結果を残して、親父の事が上手く行った時はっきりと告げるよ」


貴女の事が好きですと。
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