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9.旅立ち

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 夕食後に真一は翔の部屋を訪れ、他種族領に柚月たちがいることを含めてセリーヌから聞いたあらましの説明を行った。

「……マジか……まさか七瀬達もこっちに来てるなんて……俺も一緒に――」
「この国にいる皆を束ねて護るには、翔が必要だ」
「でもアサシン、お前一人で!」
「僕は影が薄い。こっそりと、余計なことに巻き込まれないように行くさ」
「……あーもう、分かったよ。まぁアサシンだしな……絶対生きて皆を連れて帰ってこいよ?」
「あぁ、任せろ」

 翔と真一は拳をぶつけ合い、互いの健闘を祈った。



「セリーヌ」
「ぴっ!? ……来ましたか」

 取り繕ってキリッとしているセリーヌを見て、可愛いなと思わず真一の頬が緩む。

「……何ニヤニヤしているのですか?」
「……なんでもないです」
「むぅ……まぁいいでしょう。シンイチ、いつここを出るのですか?」
「明日の早朝に発とうと思っています」
「そうですか……シンイチ、少ないですがこれを持っていってください」

 そう言ってセリーヌはショートソード、革の胸当て、地図、携帯用小型魔物図鑑、金貨が入った革袋と大きめの革袋を机の上に並べた。

「簡単な物しか用意できませんでしたが、旅に最低限必要そうな物を揃えました」
「こんなに……本当に助かります。セリーヌ、ありがとう」
「いえ、むしろこの程度しかお力に慣れなくて申し訳ありません。他の者に気づかれずに揃えるにはこれが限界でした……」
「いやいや、十分ですよ! 無一文で旅立つのはちょっと不安だったので本当に嬉しいです」
「それなら良かったです。……もう一つだけ、受け取って欲しいものがあるのですが……目を瞑っていただけませんか?」
「? はい、わかりました」

 セリーヌに従い、真一は目を瞑る。

 軽く吐息が聞こえたかと思った瞬間、何か柔らかい物が真一の唇に軽く触れた。
 真一はまさかと思い焦って目を開けると、頬を真っ赤に染めたセリーヌが抱きついてきた。

「な……!?」
「……シンイチが無事帰ってくるように、おまじないです。待っていますからね」
「……分かりました。ありがとう……」

 真一も顔を真っ赤にしつつ、セリーヌを抱き返した。



 朝日が登り始める頃、訓練着に革の胸当てをつけ腰にショートソードを佩いた真一は王城を出た。
 《隠密》を発動した真一は、当然の如く門番を素通りして外に出ることが出来た。

 真一はまず、現在地のオルタリア王国から比較的行きやすい獣人領を目指すことにしている。
 しかし一つ問題があり、多種族領への移動には冒険者ギルドのランクをCまで上げなくてはならない。そのために真一はクエストを消化しつつ獣人族領を目指そうと考えていた。

 何はともあれまずは冒険者ギルドへ登録しなければ話にならない……のだが、真一はここ王都オルテールにはあまり滞在したくないと思っていた。
 真一の影の薄さを考えれば国王やアルフレッドにはそう簡単に気づかれないだろうし、ヴェインは察してくれていた感じがあったので大丈夫だとは思う。
 と思うのだが、やはり国王のお膝元であまりウロチョロしたくない。

 幸い、ここから歩いて一日かからない程度の場所にあるバルレッタという街にも冒険者ギルドがあるため、真一はまずバルレッタを目指すことにした。
 この時間にオルテールを出れば、日が沈む前にバルレッタには到着するであろう。


 真一は、基礎体力はまだまだ不足しているためトレーニングを兼ねてバルレッタへの街道を走っていた。
 流石に王都と繋がっている街道はきっちり整備されており、危険な魔物も全然いなかった。
 時々ぽよぽよと蠢くスライムが目に入る程度だ。

 スライムからとれる魔核は売れると聞いていた真一はショートソードで一度斬りかかってみたが、物理攻撃では魔核を砕かなければ討伐できないようで売れる部位が何も残らなかった。

 そこで真一が試しにマジックナイフで斬ってみたところ、肉体だけ蒸発させることができ魔核を傷つけずに討伐できることが分かった。
 マジックナイフは岩や金属も溶断できるほどの強力な火属性魔力を帯びており、その熱で蒸発させられるようだ。
 いつまでもマジックナイフと呼ぶのも味気ないため、真一は『陽炎カゲロウ』と名付けた。

 真一は陽炎でスライムの魔核を得られることに味を占め、道中でスライムを見かける度に陽炎で蒸発させて魔核を回収していた。
 真一の影が薄すぎるお陰で全く抵抗されたり逃げられたりすることもなくサクサク狩れるため、完全に単純作業であった。

 幸いスライムの魔核はビー玉程度の大きさと重さであったため、増えても大して負担にならずに済んだ。
 中には金色のスライムが何匹か混ざっていたため、少しは高く売れたりしないかなと真一は若干期待に胸を膨らませた。


 真一が走ってスライムを狩って走ってを繰り返してるうちに、バルレッタの街が見えてきた。
 空は赤く染まり始めており、街門には街に戻る人がまばらにいるようであった。
 真一もその人々に混ざり、街に入る。
 一々検問はせず、怪しい者だけを止めるシステムのようで真一はホッと息を吐いた。
 膨大な人通りの王都やその付近の街でそんなことしていたら大変なことになるだろうし、当然といえば当然であろう。

 今日は宿をとって冒険者ギルドは明日にしようと真一は宿を探しはじめる。
 異世界に来てから初めてまともに街を見て回れて、今更ながらに真一は胸を高鳴らせた。
 海外に一人で観光に来ているような感覚である。

 しばらくウロウロしていると、宿屋が連なっている通りを見つけた。
 宿屋が五件も並んでおり何処にしようか悩んでいると、その内の一件から物凄く美味しそうな匂いが漂ってきていることに真一は気がついた。
 真一は飯が美味い宿にハズレはないという持論に従い、その宿に入ってみる。

「あらん、いらっしゃーい♡」

――ッ!? まずいッ!!

 真一は咄嗟に《隠密》を発動し脱出を試みたが、一瞬で隣に移動していた店主の丸太のように太い腕に捕まれて脱出することは叶わなかった。
 店主は青髭に囲われた真紅に濡れた分厚い唇を真一の耳元に近づけつつ、図太い裏声で問いかけてくる。

「あらあら照れちゃって可愛い子ね♡ 宿泊よね? 夕食もまだ間に合うけど食べるかしらん?」

 真一はあまりの情報量に脳の処理が間に合わず、呆然としていた。

「あらん? もしかして私を食べ――」
「夕食付きでお願いします」

 しかし凄まじく不吉な言葉が聞こえそうになったところで正気を取り戻し、回避することに成功した。
 ……この宿の宿泊を回避できなかった時点で何もかも手遅れであったとも言える。

「もう、恥ずかしがり屋さんね♡ はい、これが部屋の鍵よん♡ 夕食はすぐにできるからそこの食堂にいらっしゃい♡」
「はい……ありがとうございます……」

 真一は無心を保ちつつ鍵を受け取った。



 非常に悔しいことに、リーズナブルなのに食事は絶品で部屋も綺麗で清掃が行き届いているという完璧な宿であった。
 あのバケモ――店主にさえ目を瞑ればという最大の難関はあるが……

「いってらっしゃぁい♡ 良かったらまた来てねん♡」

 絶品の朝食を食べた後、それを全てリバースしそうな濃厚な投げキッスダメージを受けて真一は宿を出た。
 世の中には絶対逆らえない存在バケモノがいるのだと、真一は改めて気を引き締めた。
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