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1章 We love, because He first loved us.
手荒い挨拶2
しおりを挟む───そういえば僕の荷物はどこだろう。
ハッと急に思い出して、それまであった恐怖が鳴りを潜めた。
あれは大事なものだからちゃんと自分の手で持っていたかったのに。
エージェントの仲間がずっと持っていたきりで、あれからどうなったのか覚えていない。
もしかしたらここにくる時に勝手に捨てられているかもしれない。
とにかくあたりを探さないと…
部屋を隈なく探したいのに、向こうに誰かがいるのが気になって満足に探せそうにない。
動いたら起きていることがバレるかもしれない。
仕方なくベッドの上から見える範囲をくまなく見渡す。
部屋の中はベッドと側に収納付きの机、外が見える窓はなくて、閉じられていないカーテンの束がが足元の左側に寄せられていた。
荷物があるとしたらベッドの左側にあるサイドボードの中だろうけど、動かずに中を確かめるには遠い。
奥のほうにはさらにカーテンで仕切られていて何があるのかもわからなかった。
結局ベットの中から動かずに何かできることもない。
もしも何かあった時のために、出られる場所を探すがやはり何もない。
何気なく見た天井にもエアコンと通気孔らしき小さい穴が空いているだけだった。
あんまりグズグズしていると誰かが来てしまう。
気配がなくなったあたりでこの部屋を出てみる他ない。
うまくいけば外までいけるかも、なんて甘い考えに縋るしかなかった。
このままここにいても、今まで以上に酷く扱われるかもしれない。
出られたって同じことの繰り返しかもしれない。
だけど今度こそうまく立ち回って、こんな酷い人生から抜け出さないと未来はない。
置いてきた他の子達のことも心配だし、『また会おうね』と約束した手紙をもらったから。
捨てられなかった希望に今は縋るしかなくて、吹けば飛んでいきそうなくらいの力しか残っていなくても、小さなチャンスも見落とさないように、必ず掴まなければならない。
そんな柄にもない、殊勝な心が日本に戻ってきて蘇ったのか。
いつもなら思わないような、冷静さに欠けたことを考えてしまった結果、不運なことに最大級のピンチが早くも訪れてしまった。
奮い立たせて対峙する扉の前。
緊張した面持ちでゆっくりとドアノブに手をかけた瞬間、力を入れずとも扉が奥にすっと開き、あろうことか白衣を着た長身の若い男と30センチもない距離で対面してしまった。
あ、しまった────!
やばい、逃げないと‼︎
機嫌を悪くしたこの男にこのまま殴られるかもしれない。
この一瞬で危険を察知した僕の対応は考えるよりも体が勝手に動いていた。
この男は呑気にも何かを僕に向かって親しげに話していた。
自分に差し出された手に、先手必勝とばかりに思い切り噛み付く。
ガブリっ!
「うわ!アッ痛い゛、ちょ、まって、なんで噛むっ?!
えぇ?痛゛ッたた…はぁ、、泣オレなんかした?」
右手の親指の付け根あたりを思い切り噛む。
「おねがい、いったん離して、ね?」
機嫌を取るように顔色を伺うこの男。
若干涙目でこちらをみている。
なんだか効いているみたいだったのでもっとギリギリと噛む力を強くした。
「イッ~ってぇ!」
佐久眞先生の悲鳴が夜中の病棟に響き渡る。
少し血が滲んだ右手を見ながら放心状態の男の横をすり抜けナースステーションに出る。
薄暗い院内の雰囲気に少し気後れしたが、左前方から看護師らしい人が小走りでこっちに来ている。
その人から逃れるように反対側の廊下に出てスライドドアが開いていた部屋に逃げ込んだ。
当然ながら真っ暗で、埋まっていないベッドが6つ並んでいた。一番奥のベッドに近づいて隠れる。
ちょうどカーテンとスツールの隙間に、すっぽりと子供なら余裕で入れそうなデッドスペースがあった。
ここがどこで何階かもわからないけれど、ちょうど出られそうな窓がある。
鍵はかかってそうだが、もし開けられなかったら割ってでもここから出て行こうと思う。
今は真っ暗でなにもわからないけど逃げるなら日が昇る前がいい。
タイミングを見計らわないと…
複数の話し声と足音が響いてくる。
お願いだからこのまま見逃してほしい。
過ぎ去るまで息を殺し身を潜めた。
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