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グラタン
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師走に入り、吐く息が白く見える凍てつくような寒さが更に増してきた。
「紗々波さん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして。良い物が見つかって良かったね」
紗々波は親友が手に持つサンタとトナカイが描かれた紙袋を見遣る。親友のユリネがこの年末年始に実家に帰る際、誕生日の近い従弟へ送るプレゼントを選びたいという事で、彼女と一緒に街中にあるショッピングモールに来ていたのだ。紗々波としても勇成のクリスマスプレゼント(実母が忘れていた時の保険)に下見もできて一石二鳥だ。
街中は何処もかしこも赤や緑のクリスマスカラーに染まり、店先ではサンタクロースやトナカイの恰好をした店員が客寄せをしており、紗々波とユリネがいる広間には大きなクリスマスツリーがキラキラと光っている。何気なしに道行く群衆を眺めていると、不満を訴えるように黒猫の腹の虫が鳴った。
「そういえば、もう十三時ね。少し遅めの昼食にしましょう」
同じく腹部を押さえるユリネに一つ頷いた。未だランチタイムで賑わうレストラン街。街中のクリスマスの雰囲気に感化されて二人がチョイスしたのは洋食店だ。二人掛けのテーブル席に案内された紗々波とユリネは賑やかな店内の音をBGMにメニュー表を開く。ハンバーグやカレー、パスタなどの定番セットから変わり種のものまで多種多様だが、出来ればお財布に優しいものが良い。最初に結婚した旦那が毎月数百万振り込んでいる通帳があるが、紗々波の矜恃が許さない。
「う~ん、悩むわぁ……」
向かいに座る蛍も、メニュー表を手に難しい顔をしている様子に悩んでいるのが判る。紗々波もユリネも人よりやや健啖家で、量がある料理か腹持ちの良い料理が有難いが、こういった洋食店ではある程度の品数を注文しなければいけないだろう。こうなるなら、食べ放題のバイキングを選んでおけば良かったと少しばかり後悔するが、今更店を変えると食事にありつけるのがもっと遅れてしまう。
「紗々波さんは決まった?」
どのように目当ての物を食べるか計算に耽っている紗々波は、目の前にいるユリネの声にハッと我に返り、慌ててメニュー表を捲っていると、はらりとメニュー表に挟まっていた『今月おすすめメニュー』の端に記載された文字が目に留まった。
『期間限定、ガーリックトーストをサービス!』
帰ったらキスを断る口実になるかもしれないという打算が湧く。
「お待たせいたしました。『チキンとブロッコリーのマカロニグラタン』と『海老のトマトクリームグラタン』です」
ウェイターの声に先に食べていた付け合わせのツナサラダから視線を上げると、湯気の立ち上る二種のグラタンが目の前にサーブされるところだった。
「ガーリックトーストもすぐにお持ちいたします」
一礼したウェイターを見送り、手を合わせた紗々波はフォークの先をパセリとチーズがかかったホワイトソースの海に沈め、マカロニを引き上げた。
「は、はふぃ……っ」
みょいーんと糸のように伸びるチーズを冷ましながら頬張るも、マカロニの穴に入っていた熱々のホワイトソースの急襲に体をプルプルと震わせて耐える。咥内に籠った熱をほふほふと逃がして、今度は入念に息を吹きかけてゆっくり口に運ぶ。
先程は熱さに気を取られて早々に飲み込んでしまったが、チーズのしょっぱさとマカロニの中まで入った甘めのホワイトソースが相性抜群だ。きっとどちらが欠けてもこの味は出ないだろうなと、グラタンの奥深さに心の中で頷きながらチキンにフォークの先を伸ばす。傍にあったブロッコリーと共に一口サイズの鶏肉を頬張る。鶏肉のサラリとした油とぷりぷりした食感は、ホワイトソースにマッチしている。今度鶏肉料理が好きな茜にも紹介しよう。
「おまたせいたしました。ガーリックトーストです」
ニンニク特有の匂いを纏ったバゲットが運ばれてきた。さっそく紗々波は切り分けられたそれを一つ手に取ると、フォークで掬ったマカロニと鶏肉とほうれん草を乗せ、スプーンで掬ったソースもかけて頬張る。
「紗々波さん、すごく幸せそうな顔してるわよ」
炭水化物のWコンビという禁断の組み合わせは紗々波の頬を緩ませるには十分な破壊力を持っていた。親友に指摘されるくらいには。ニンニクの風味がグラタンに良いアクセントを与えてくれるそれは、恋人同士のクリスマスでは敬遠されがちだろうが。
「私もガーリックトースト頼めばよかったなぁ」
少し羨ましそうに言う気心の知れた親友の前ならば問題ないだろう。何より美味しい物には罪はないのだ。食べ過ぎには注意すべきだが。
「ありがとうございました~!」
ウェイターの声を背中に、紗々波とユリネは満腹になった腹を擦りながら店内を出る。
「結構食べちゃったね」
「ガーリックトーストがサービスで助かったわぁ」
結局、紗々波とユリネはそれぞれ最初に頼んだ料理だけでは足りず、ガーリックトーストの追加注文とケーキ(チョコレートケーキに乗っていた苺は、小豆のタルトを頼んだユリネに譲った)とドリンクのセットを頼み、ようやく満足したのであった。
蛇足だが、ニンニクは魔除けグッズとしても扱われる。紗々波が一時でも敬遠したい夫にはほとんど効果はなかった。
「紗々波さん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして。良い物が見つかって良かったね」
紗々波は親友が手に持つサンタとトナカイが描かれた紙袋を見遣る。親友のユリネがこの年末年始に実家に帰る際、誕生日の近い従弟へ送るプレゼントを選びたいという事で、彼女と一緒に街中にあるショッピングモールに来ていたのだ。紗々波としても勇成のクリスマスプレゼント(実母が忘れていた時の保険)に下見もできて一石二鳥だ。
街中は何処もかしこも赤や緑のクリスマスカラーに染まり、店先ではサンタクロースやトナカイの恰好をした店員が客寄せをしており、紗々波とユリネがいる広間には大きなクリスマスツリーがキラキラと光っている。何気なしに道行く群衆を眺めていると、不満を訴えるように黒猫の腹の虫が鳴った。
「そういえば、もう十三時ね。少し遅めの昼食にしましょう」
同じく腹部を押さえるユリネに一つ頷いた。未だランチタイムで賑わうレストラン街。街中のクリスマスの雰囲気に感化されて二人がチョイスしたのは洋食店だ。二人掛けのテーブル席に案内された紗々波とユリネは賑やかな店内の音をBGMにメニュー表を開く。ハンバーグやカレー、パスタなどの定番セットから変わり種のものまで多種多様だが、出来ればお財布に優しいものが良い。最初に結婚した旦那が毎月数百万振り込んでいる通帳があるが、紗々波の矜恃が許さない。
「う~ん、悩むわぁ……」
向かいに座る蛍も、メニュー表を手に難しい顔をしている様子に悩んでいるのが判る。紗々波もユリネも人よりやや健啖家で、量がある料理か腹持ちの良い料理が有難いが、こういった洋食店ではある程度の品数を注文しなければいけないだろう。こうなるなら、食べ放題のバイキングを選んでおけば良かったと少しばかり後悔するが、今更店を変えると食事にありつけるのがもっと遅れてしまう。
「紗々波さんは決まった?」
どのように目当ての物を食べるか計算に耽っている紗々波は、目の前にいるユリネの声にハッと我に返り、慌ててメニュー表を捲っていると、はらりとメニュー表に挟まっていた『今月おすすめメニュー』の端に記載された文字が目に留まった。
『期間限定、ガーリックトーストをサービス!』
帰ったらキスを断る口実になるかもしれないという打算が湧く。
「お待たせいたしました。『チキンとブロッコリーのマカロニグラタン』と『海老のトマトクリームグラタン』です」
ウェイターの声に先に食べていた付け合わせのツナサラダから視線を上げると、湯気の立ち上る二種のグラタンが目の前にサーブされるところだった。
「ガーリックトーストもすぐにお持ちいたします」
一礼したウェイターを見送り、手を合わせた紗々波はフォークの先をパセリとチーズがかかったホワイトソースの海に沈め、マカロニを引き上げた。
「は、はふぃ……っ」
みょいーんと糸のように伸びるチーズを冷ましながら頬張るも、マカロニの穴に入っていた熱々のホワイトソースの急襲に体をプルプルと震わせて耐える。咥内に籠った熱をほふほふと逃がして、今度は入念に息を吹きかけてゆっくり口に運ぶ。
先程は熱さに気を取られて早々に飲み込んでしまったが、チーズのしょっぱさとマカロニの中まで入った甘めのホワイトソースが相性抜群だ。きっとどちらが欠けてもこの味は出ないだろうなと、グラタンの奥深さに心の中で頷きながらチキンにフォークの先を伸ばす。傍にあったブロッコリーと共に一口サイズの鶏肉を頬張る。鶏肉のサラリとした油とぷりぷりした食感は、ホワイトソースにマッチしている。今度鶏肉料理が好きな茜にも紹介しよう。
「おまたせいたしました。ガーリックトーストです」
ニンニク特有の匂いを纏ったバゲットが運ばれてきた。さっそく紗々波は切り分けられたそれを一つ手に取ると、フォークで掬ったマカロニと鶏肉とほうれん草を乗せ、スプーンで掬ったソースもかけて頬張る。
「紗々波さん、すごく幸せそうな顔してるわよ」
炭水化物のWコンビという禁断の組み合わせは紗々波の頬を緩ませるには十分な破壊力を持っていた。親友に指摘されるくらいには。ニンニクの風味がグラタンに良いアクセントを与えてくれるそれは、恋人同士のクリスマスでは敬遠されがちだろうが。
「私もガーリックトースト頼めばよかったなぁ」
少し羨ましそうに言う気心の知れた親友の前ならば問題ないだろう。何より美味しい物には罪はないのだ。食べ過ぎには注意すべきだが。
「ありがとうございました~!」
ウェイターの声を背中に、紗々波とユリネは満腹になった腹を擦りながら店内を出る。
「結構食べちゃったね」
「ガーリックトーストがサービスで助かったわぁ」
結局、紗々波とユリネはそれぞれ最初に頼んだ料理だけでは足りず、ガーリックトーストの追加注文とケーキ(チョコレートケーキに乗っていた苺は、小豆のタルトを頼んだユリネに譲った)とドリンクのセットを頼み、ようやく満足したのであった。
蛇足だが、ニンニクは魔除けグッズとしても扱われる。紗々波が一時でも敬遠したい夫にはほとんど効果はなかった。
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