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ハイトク浪漫
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髪が舞い上がり、顕になった額にひんやりとした風が強く吹き付けてくる。角を曲がって進行方向が変わっても、向かい風なのは何故だろうと旭は考えた。自転車で、しかも二人乗りの時の向かい風は少々辛いものがある。肩の軽い重みは変わる事なく今日もあり、常に漕ぎ手にされている旭は何度目になるか解らない溜め息を吐く。しかも今から上り坂じゃないか……。
「旭くーん」
「あー?」
苦労などマッタク気にもかけない様子で、渚は呑気な声を出して彼を呼ぶ。正直なところ、あまり現在進行形で話しかけてほしくないと思いながらも旭は律儀に応じる。
「もっと早くいけやんのー? つか遅いんだけど」
いっそ振り落としてやろうかという考えが一瞬、頭の中で掠める。それを言うのか、この状況で。ならば今すぐ変わってみろというのだ。ランスの鬱々とした思いには(気付いているのかいないのか)相変わらず頓着をせず、渚は「早く、もっと早く」とせがんでくる。その無邪気さに今回も毒気を抜かれてしまい、旭は肩を落としてから、顔をキッと前に向けると、足を出来うる限り動かした。風はますまず強く彼に抵抗し、喉が熱く渇いて痛い。旭と渚のシャツが(暑いのでとっくに裾なんて出してしまっている)パタパタと鳴るのが聞こえ、フッと左肩が軽くなった。
「ちょっ、お前、何やってんの!?」
慌てて旭が声を挙げるが、返答はない。振り向くわけにはいかないが、雰囲気から察するに、どうやら手を振り上げてはしゃいでいるらしいと推察する。速度を速める催促の声は、まだ止まない。片側にのみ掛かる体重に注意しながら、倒れないようにバランスを取る。
「ったく……」
叱咤を込めて言葉を続けようとした時、急に視界が開ける。一際強い風が吹きつけて、思わず目を細めた。登りきったのだと気付いたのは、その少し後だった。
「はー、しんど……」
速度を緩めて、荒い息を吐く。何かしらあるのは毎度の事だが、常に突拍子のないこの友人に慣れる事はなさそうだと旭は思った。そして再びの仰天が彼を襲う。
「わっ」
急に渚が両腕を肩に回して、顔を旭の真横に持ってきた。倒れそうになるのを必死に抑え、今度は何なんだと身構える。彼女のまあるい眼球が、ニカッと三角形に歪んだ。
「はぁ、おもろかった。旭くんもやれば出来らして。次のエイトで何か奢っちゃらよ」
言って、渚は元の体勢に戻る。一瞬黙ってから、旭は不貞腐れて呟いた。
「お前、ずるいよな……」
まぁ、いつもの事なのだが。密着した胸部が少しだけ名残惜しい。
「んー? なんかゆうた?」
「何にも!」
「そんで何にするんなえ?」
「うーん、アイスがいいかなー」
いつの間にか風は横から緩やかに吹き付けてくるのみとなり、旭は苦笑して自転車を漕いでいった。
「旭くーん」
「あー?」
苦労などマッタク気にもかけない様子で、渚は呑気な声を出して彼を呼ぶ。正直なところ、あまり現在進行形で話しかけてほしくないと思いながらも旭は律儀に応じる。
「もっと早くいけやんのー? つか遅いんだけど」
いっそ振り落としてやろうかという考えが一瞬、頭の中で掠める。それを言うのか、この状況で。ならば今すぐ変わってみろというのだ。ランスの鬱々とした思いには(気付いているのかいないのか)相変わらず頓着をせず、渚は「早く、もっと早く」とせがんでくる。その無邪気さに今回も毒気を抜かれてしまい、旭は肩を落としてから、顔をキッと前に向けると、足を出来うる限り動かした。風はますまず強く彼に抵抗し、喉が熱く渇いて痛い。旭と渚のシャツが(暑いのでとっくに裾なんて出してしまっている)パタパタと鳴るのが聞こえ、フッと左肩が軽くなった。
「ちょっ、お前、何やってんの!?」
慌てて旭が声を挙げるが、返答はない。振り向くわけにはいかないが、雰囲気から察するに、どうやら手を振り上げてはしゃいでいるらしいと推察する。速度を速める催促の声は、まだ止まない。片側にのみ掛かる体重に注意しながら、倒れないようにバランスを取る。
「ったく……」
叱咤を込めて言葉を続けようとした時、急に視界が開ける。一際強い風が吹きつけて、思わず目を細めた。登りきったのだと気付いたのは、その少し後だった。
「はー、しんど……」
速度を緩めて、荒い息を吐く。何かしらあるのは毎度の事だが、常に突拍子のないこの友人に慣れる事はなさそうだと旭は思った。そして再びの仰天が彼を襲う。
「わっ」
急に渚が両腕を肩に回して、顔を旭の真横に持ってきた。倒れそうになるのを必死に抑え、今度は何なんだと身構える。彼女のまあるい眼球が、ニカッと三角形に歪んだ。
「はぁ、おもろかった。旭くんもやれば出来らして。次のエイトで何か奢っちゃらよ」
言って、渚は元の体勢に戻る。一瞬黙ってから、旭は不貞腐れて呟いた。
「お前、ずるいよな……」
まぁ、いつもの事なのだが。密着した胸部が少しだけ名残惜しい。
「んー? なんかゆうた?」
「何にも!」
「そんで何にするんなえ?」
「うーん、アイスがいいかなー」
いつの間にか風は横から緩やかに吹き付けてくるのみとなり、旭は苦笑して自転車を漕いでいった。
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