愛怪拾遺集(2/11更新)

狂言巡

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ねぇ、わたしをみて

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 黄桜梅園きざくらうめぞのさんとは家が隣同士だった。初めてあったのは親の紹介。仲良くするのよと言われたが、へらへらしていて苦手なタイプだと思って相手にしなかった。しかしそれからというもの、学校に行くにも彼の方が毎日引っ付いてくるようになる。正直鬱陶しい事の方が多い。
  あの日出会ったばっかりに、とことん追いかけ回されて小中高とずっと周囲公認のニコイチ状態だ。こちらの気持ち的には彼は幼馴染みというよりかはストーカーに近い気がある。
  ただ彼の技能と、部活に打ち込むの真摯な姿勢は、一目置いていた。クラスも一緒、委員会も一緒、部活は違うが同じ体育感を使う。一日のほとんどの時間を共に過ごすうちに、いつの間にか自分の中に今まで抱いた事のない感情が生まれた事に気が付いた。いや……生まれたことに身内に指摘された。
  家族に対するものとは違う感情を、どう扱って処理していいのかわからない。ただ彼を見ているとお風呂に浸かったように温まるし、珈琲を飲んだ後のようにお腹の底がぎゅっと熱くなるし、体育などで汗の伝った横顔を思い出した夜は眠れなくなってしまった事も、実はある。

 「まさか君の初恋が高校上がってからだなんてさすがに僕も驚いたよ……ああ、いえ馬鹿にするつもりなんて毛頭ない。ただ、ちょっと面白がっているだけさ」

  よく周りから似ていると言われ続けている、従姉のまゆみ姐さん。何を考えているかわからない顔が、そう言ってにんまりと笑ったのを。今まで以上に、彼を目で追うようになって、気が付いた事がある。時々、何かをじっと見ているのだ。話している最中、部活の最中、二人での帰り道、これまでもそうだったのか、最近そうなのか、よくわからない。
  この間もそうだ。昼休み、二人で自販機に飲み物を買いに行き、私は紅茶を、梅園さんは飲むバジルシードを飲んでいた。
  次の休みの日の予定について話していた時、私と合わせていた目がすっとそらされて、私の肩越しに何かを見た。何かあるのかと振り返ったけれど、そこには何もない。視線を戻すと、ぎくりとするくらい鋭い目をしていた。不思議に思って聞けば、パッと表情を変え、穏やかに微笑まれた。

 「何でもないよ、気にしないで」

  そして、糸屑がついていると、肩を手で払われた。まだある。その時は、部活の最中から、ずっと体育館の隅を見ていた。
  練習中にそんな集中していない様子を見せれば問題だけれど、中断した一瞬や休憩に入った時に、じっと、それこそ睨みつけるように見ていた。他のチームメイトもそんな様子に気付いていたようだけれど、特に注意したりという事はなかった。

 「あ、また黄桜先輩が見ておられますけど……」

  ただ、私とペアを組んでいた青葉さんが、そう小さく呟いただけだった。帰りの別れ際、聞いてもやはり、はぐらかされてしまった。その鋭い視線の先に、何があるのか。私は気になって仕方がなかった。

  とある日の帰り、母親に買い物のメールが届き、梅園さんとは途中で別れた。用事を済ませ、家路を急ぐ。すっかり夜の空気が漂い、しんと静まりかえっている道は、普段梅園さんと喋りながら帰るものと全く違う顔をしていた。

 『危ないからここは通っちゃだめだよ、特に一人の時!』

  そう梅園さんに言われていた公園があった事を思い出す。僅かだけれど、家へのショートカットになるその道を、梅園さんは絶対に通らない。私の耳に入っていない不審者の目撃情報でもあったのだろうか。
  一瞬迷った。それでも時計を見た途端、早く帰りつきたい気持ちが強まり、公園へと足を向けた。街灯が少ないせいで他の道より薄暗い公園内は、ひんやりとした空気を漂わせているものの、自分以外の人がいる気配は感じない。梅園さんの杞憂だ。少し勝ったような気持ちを抱きながら、公園を抜けて家へと急いだ。
  家へ帰りついたあたりから、なんだか左肩が重かった。風呂で温めてもだるさは取れず、一晩様子を見ようといつもよりストレッチの回数を増やして、ベッドへと潜り込んだ。

  翌朝、やはり肩の重さは取れず、病院に行ってから登校しようか、ストレッチをしながら考えていると、携帯がなった。梅園さんからだ。ギャルのように姦しく朝の挨拶をされ、待ち合わせの前に声が聞こえたことに歓喜する内心を押さえ、平静を装った声で挨拶を返す。

 「朝から騒がしいで……」
 『アイリス、約束を破ったな』
 「約束……?」
 『……家ん中で待ってなよ』

  そうしてブチリと電話を切られた。もともとそのつもりであったけれど、仕度を済ませ、大人しくリビングのソファに座って待っていると、ドタバタと慌ただしく梅園さんが入ってきた。

 「梅園さ、」
 「あの公園を通ったんだな!」

  ぎっと鋭い目で睨まれた。正しく表現すれば、睨みつけているのは私の向こう側だ。ごそごそとレザー風の鞄を漁っていた梅園さんが、何かを取り出した。何をしているのか眺めていると、取り出したそれを勢いよくぶつけきた。

 「ぶわっ!」

  口の中に、梅園さんの投げた白い粉が思い切り入ってきた。舌の上に痺れるような刺激があった。

 「うべ、う、塩……?」
 「そのまま飲みな」

  低い声にゴクリと息を飲む。とにかく塩っ辛い。梅園さんが、私の左肩、空中を何かを掴むような動きを見せてから、スタスタと窓の方へと向かった。窓の向こうの庭で、室内からは死角になるところに移動してしまった彼が、何をしているのかはわからなかった。ただ、この塩まみれの躰をどうしたものだろうか。

 「……アイリス、お漬物にでもなるの?」

  洗面所から出てきた姉さんのズレた言葉に、詰めていた息を吐き出した。ふと、左肩の重みが消えた事に気が付いた。

 「アイリスさあ、通るなって言ったじゃないかあの公園」

  手をペチペチと叩きながら、梅園さんがベランダから室内へと戻ってきた。

 「マーガレットさんごめんなさい、塩まみれにしちゃって」
 「いいのよ、アイリスが綺麗にしてくれるわ」
 「だってさ、アイリス、一緒に頑張ろうか?」
 「……そもそも私はなぜ塩まみれにされたんですか」
 「は?」

  きょとんと軽く目を見開いた表情は幼く見える。

 「アイリス、君は【つかれてた】んだよ」
 「疲れていたら」
 「憑かれていたんだよ」
 「は?」
 「あれ、言わなかったっけ? 俺ね、幽霊が見えるんだ」
 「あらすごい、ところで二人とも、そろそろ家を出ないと遅れるよ」

 姉さんの能天気な声に、揃って壁にかかった時計を見上げ、家を飛び出した。
 幽霊の見える梅園さん曰く。嫌な予感がして、私に電話をしたところ、私の声に被せるように、私ではない笑い声が聞こえたそうだ。それはもう喧しかったらしい。
  例の公園は夏の自殺騒ぎ以来(小さな記事だったので忘れていた)、悪いものが集まりやすいらしく、そこにいた霊じゃないかとあたりをつけた。
  そして、通るなと忠告したにも関わらず公園を通り抜けた私に少しだけ怒った。私の左肩が重かったのも、そこを通りがかったために何かを憑けてきてしまったから、だったようだ。

 「アイリスはすぐ引っ張ってきちゃうから警戒していたのにさあ、自分から魔窟に飛び込んでっちゃうんだもんなあ」

  そう言って梅園さんは一度家に帰って行った。遅刻は確実だが、お礼として口裏合わせは付き合おう。

  私には見えない何かを追う梅園さんは、獲物を狙う肉食獣のようだ。きっと敵対する相手くらいにしか、そんな目を向けないのだろう。恋人である私には、当然だがおそらくこの先その目を向けられる可能性は低い。だからこそ、私はこっそりと彼の忠告を破るのだ。私に憑いてきた【なにか】をぎっと睨みつける彼を、特等席で見るために。

  ――そのためならば、塩まみれになるなんて安いものではありませんか。

  少女は恋人がいつもほめそやすアイスグリーンの双眸をニッと細めて、前髪からパラりと落ちた塩を払った。
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