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さがしもの
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イツキは水底にいた。そんな夢を見た。
上から挿す光は、おそらく太陽のものだろう。白銀の筋が輝く水底に、自分の影が落ちているのだけ理解する。体を動かしてみると、水中に浮いていた身体はすんなりと足先から地面に降りた。水の内側から見上げる水面は、ひどく不安定だ。光の網が形を変えながらユラユラ揺れる。自身の髪が、音もなく踊っていた。
足元を見る。ゆらゆらと絶え間なく揺らぐ、ぼやけた自分の影。敷き詰められた石は、一つ一つがそれこそ精錬された宝石や金属のようだ。そのうちの一つが目に留まった。黒い、石だ。色が付いていても透明感のあるそれは、他の石の狭間でほんの少しだけ浮いている。手に取ると、予想していたようなひんやりとした感触はなかった。とても軽く、現実感がない。
手の中でころりと転げるのを見ながら首を傾げる。腕を一生懸命伸ばして、光に透かして見た。
(なにかしってる)
(きが、する)
くすんだ黒い虹彩に、鈍く明かりが灯った。口を開けると、空気がシャボンのように零れる。
ごぼり。
大きく響く水中での呼吸の音。頬を伝って上に流れる泡の感触を生々しく感じた。
(ああ、これは――)
(ああ、ぼくは――)
暗転。
エニシはふと、隣に座っているイツキの顔を覗き込んだ。
「……あれ、イツキ君?」
金交じりの睫毛が伏せられている。照明の反射できらきらと光っていた。
「寝てる」
ぽつりと呟いた言葉が大きく響いたような気がして慌てて周囲を見回す。読みかけの本が、うつぶせに膝の上においてある。少年の寝顔はどうした事か、ひどく可憐でその上儚げだった。エニシは思わず呻く。
(私より可愛いんじゃない?)
不満が無意識に唇を突き出させる。指先で、白く痩せた頬をつつく。少年は起きない。寝息が判るくらいに顔を近づけた。少年は起きない。エニシはそこで少しだけ心配になる。最近になって解った事だが、イツキは、他の兄弟と比べてかなり眠りの浅い方だった。理由を尋ねたが本人に自覚はないらしかった。彼にいつもありがとうと言ったら。きょとんと目を丸くさせていた。
(イツキ君)
回想の中の少年に話しかける。エニシは微笑んだまま。全体的に青くて白い少年は、見ていると何だか不安になる。身体を形成する骨や筋肉はしっかりしているが、それでも成長途中の所為か輪郭線が妙に細く感じられる。肉付きを通しても、硬く細い骨の白さを連想する。ふとした拍子に砂になってさらさらと崩れていきそうな……。そこまで考えて、ふとエニシは自分が悲しみを抱いている事に気がついた。
「ごめんね、イツキ君」
(私は、優しくするしか君に触れる方法を知らないんだ)
金茶色の髪の上を、光と埃の粒子が滑った。時たま淡く薄い雲の陰りで途切れる。白く、薄っぺらそうな瞼と、心なしか上を向いた鼻先を眺めていると突然目覚めた。
「きゃあ」
可愛らしい悲鳴と共に、エニシはイツキから離れた。イツキは吊り上がっているものの子供らしさの抜けきれない双眸を、パチパチと瞬かせる。エニシは何と言っていいのか解らないのか、小さくもごもごさせる。
「……おはよ」
結局それに収まったらしい。しかし、イツキは覚醒が珍しく遠いのか、キョトンとした顔でエニシを見詰めている。一分程が経過して、流石に不安を覚えたエニシはイツキの目前でヒラヒラと手を振った。
「イ、イツキ君?」
イツキはエニシを見詰めたままだ。
「エニシさん。ちょっと」
「え?」
見た目こそ小さいが、頼もしい両の手がエニシの肩を掴んだ。まじまじと貌を覗き込む。……突然の事に、エニシは恥ずかしがるよりも少し困った顔をしている。黒い瞳。部屋の薄い明かりに翳すと、ぼんやりと光って透明な――。
「あ、同じ」
「何が?」
イツキは、いつもへの字に結ばれている口元を少し綻ばせた。
「夢の中で、探してた」
水底にあった、色鮮やかな石の集まり。目に付いた、漆黒の一つ。呆然とするエニシに、イツキはどこか嬉しそうに話す。宝物を扱うように指を絡めて、口端に答えを引っ掛ける。
「貴女だったんだ。きっと」
上から挿す光は、おそらく太陽のものだろう。白銀の筋が輝く水底に、自分の影が落ちているのだけ理解する。体を動かしてみると、水中に浮いていた身体はすんなりと足先から地面に降りた。水の内側から見上げる水面は、ひどく不安定だ。光の網が形を変えながらユラユラ揺れる。自身の髪が、音もなく踊っていた。
足元を見る。ゆらゆらと絶え間なく揺らぐ、ぼやけた自分の影。敷き詰められた石は、一つ一つがそれこそ精錬された宝石や金属のようだ。そのうちの一つが目に留まった。黒い、石だ。色が付いていても透明感のあるそれは、他の石の狭間でほんの少しだけ浮いている。手に取ると、予想していたようなひんやりとした感触はなかった。とても軽く、現実感がない。
手の中でころりと転げるのを見ながら首を傾げる。腕を一生懸命伸ばして、光に透かして見た。
(なにかしってる)
(きが、する)
くすんだ黒い虹彩に、鈍く明かりが灯った。口を開けると、空気がシャボンのように零れる。
ごぼり。
大きく響く水中での呼吸の音。頬を伝って上に流れる泡の感触を生々しく感じた。
(ああ、これは――)
(ああ、ぼくは――)
暗転。
エニシはふと、隣に座っているイツキの顔を覗き込んだ。
「……あれ、イツキ君?」
金交じりの睫毛が伏せられている。照明の反射できらきらと光っていた。
「寝てる」
ぽつりと呟いた言葉が大きく響いたような気がして慌てて周囲を見回す。読みかけの本が、うつぶせに膝の上においてある。少年の寝顔はどうした事か、ひどく可憐でその上儚げだった。エニシは思わず呻く。
(私より可愛いんじゃない?)
不満が無意識に唇を突き出させる。指先で、白く痩せた頬をつつく。少年は起きない。寝息が判るくらいに顔を近づけた。少年は起きない。エニシはそこで少しだけ心配になる。最近になって解った事だが、イツキは、他の兄弟と比べてかなり眠りの浅い方だった。理由を尋ねたが本人に自覚はないらしかった。彼にいつもありがとうと言ったら。きょとんと目を丸くさせていた。
(イツキ君)
回想の中の少年に話しかける。エニシは微笑んだまま。全体的に青くて白い少年は、見ていると何だか不安になる。身体を形成する骨や筋肉はしっかりしているが、それでも成長途中の所為か輪郭線が妙に細く感じられる。肉付きを通しても、硬く細い骨の白さを連想する。ふとした拍子に砂になってさらさらと崩れていきそうな……。そこまで考えて、ふとエニシは自分が悲しみを抱いている事に気がついた。
「ごめんね、イツキ君」
(私は、優しくするしか君に触れる方法を知らないんだ)
金茶色の髪の上を、光と埃の粒子が滑った。時たま淡く薄い雲の陰りで途切れる。白く、薄っぺらそうな瞼と、心なしか上を向いた鼻先を眺めていると突然目覚めた。
「きゃあ」
可愛らしい悲鳴と共に、エニシはイツキから離れた。イツキは吊り上がっているものの子供らしさの抜けきれない双眸を、パチパチと瞬かせる。エニシは何と言っていいのか解らないのか、小さくもごもごさせる。
「……おはよ」
結局それに収まったらしい。しかし、イツキは覚醒が珍しく遠いのか、キョトンとした顔でエニシを見詰めている。一分程が経過して、流石に不安を覚えたエニシはイツキの目前でヒラヒラと手を振った。
「イ、イツキ君?」
イツキはエニシを見詰めたままだ。
「エニシさん。ちょっと」
「え?」
見た目こそ小さいが、頼もしい両の手がエニシの肩を掴んだ。まじまじと貌を覗き込む。……突然の事に、エニシは恥ずかしがるよりも少し困った顔をしている。黒い瞳。部屋の薄い明かりに翳すと、ぼんやりと光って透明な――。
「あ、同じ」
「何が?」
イツキは、いつもへの字に結ばれている口元を少し綻ばせた。
「夢の中で、探してた」
水底にあった、色鮮やかな石の集まり。目に付いた、漆黒の一つ。呆然とするエニシに、イツキはどこか嬉しそうに話す。宝物を扱うように指を絡めて、口端に答えを引っ掛ける。
「貴女だったんだ。きっと」
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