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切磋琢磨7
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分かってるんだ、そんな気はない事を。知っているんだ、そんな気はないことを。でもボク達はまだまだミジュクなコドモなわけで。
「月光君、今日で何日目だっけ」
安楽椅子にふんぞり返っている及川涼華が、真隣の神風月光に話しかけている。珍しく、今日は帰るのが遅い。
「さあ、いちいち数えてませんけど」
「伊賀崎さんに聞けばわかるかなぁ?」
「じゃないんですか。何だかやたら心配そうにしてましたから」
「困るよねぇ、仮にも委員長兼部長がさ」
「それに、姉さんも一応この部の副部長ですからね」
「部内の雰囲気ってものを考えてもらわないとねぇ」
「じゃなければ、部活にまで私情は持ち込まないでおくか、ですね」
「まぁ~た明良くんの胃に穴があいても困るし」
「及川さんもたまには一度胃に穴の一つや二つあけてみたらどうです」
「その言葉そのまま丸ごとアンタに返してあげるよ」
「同じく。僕はもう耳を開けているので十分でしょう」
淡々としてどうでもよさそうな、けれど無視する事を許さない声量。そんな聞こえよがしに会話をされて、零彦は溜め息を吐いて部室内の長細い机に突っ伏した。そして、そのわざとらしい会話を続ける二人を睨む。
「言いたい事はわかるから、黙れ、お前ら」
「ただ単に理解してもらってもねぇ」
「そうですね、実際に実践してもらわないと」
「意味ないわよねぇ、月光くん」
「そうですね及川さん」
「……お前らなぁ……」
煽り屋と電波サドと名高い二人。普段大して仲がいいわけでもないのに(悪くもないが)、何だその息の合いっぷりは。はああとため息をつく。……今日で何回目なのだろう、このため息は。
「で、今日で何日になるんですか及川さん」
「それはさっきあたしが聞いたとこじゃない、月光君」
「そんな事いって、どうせ自分はちゃんと数えてるんでしょ」
「否定はしないけど」
涼華が零彦を見下ろす。
「当事者に聞いた方が早いわね」
「なるほど」
言葉を切って、月光が零彦を見た。
「零彦君」
「……何だ」
「今日で何日目ですか」
「…………」
何の話だ、なんて聞くまでもない。
「――僕の姉さんとケンカしてから」
「…………」
零彦は、また大きなため息をついた。
「お前らには関係ないだろう……」
「心外ですね、僕は当事者の一人の弟ですよ。及川さん、さっきの僕達の会話、聞いてなかったみたいですよ」「その、ようだね月光君」
「困るんですよね。私情を部内に持ち込まれると」
「伊賀崎さんや後輩達が心配するし、明良くんの胃に穴があきかねないし」
「僕は気にしませんが」
「そうね、実はあたしもあんまり」
「……それはそれで結構ないいぐさじゃないか」
憮然と口を挟む。
「だってそうでしょ、定吏くん」
涼華が呆れたような表情をして、言った。
「心配して欲しいなら、本気で喧嘩する事だね」
「…………」
「本気で揉めたんなら面白いし仲裁もしてあげるけど、ただの痴話ケンカなら犬も食わない」
「――っ!」
何を言い出すんだと零彦は立ち上がる。
「そんなんじゃないっ!」
「説得力ナッシング」
「なっ、なん―」
「まるでありませんね」
「おいか、」
零彦が反論する言葉を探していると、涼華と月光はあっさりと立ち上がった。
「定吏くん、そろそろあたしは帰るよ」
「じゃあ僕も帰ります」
「へぇ、じゃあ珍しく一緒に帰ってみようか月光くん」
「そうですね、珍しく」
「今時の若者らしくファーストフードにでもよるわよ」
「そういう事を口に出して言ってる時点で今時の若者らしくないですよ」
「……お前ら、いつのまにそんなに仲良くなったんだ……」
半ば呆れて零彦が声をかけると、涼華がやっぱり淡々と答えた。
「部に二人もガキがいるからしょうがないのよ」
「ですね」
ガキ――というのは、この場合、どう考えても後輩達の事じゃないだろう。いつも後輩さえ呆れる馬鹿騒ぎを起こす二人を恨みがましくねめつける。
「じゃ、僕達帰ります」
「……待て。俺も帰る」
もう部活も終わって。誰もいない部室に残されてもしょうがないと、鞄に手を伸ばしながらそうがっくりと言うと、けれどすぐに涼華にぴしゃりと言われた。
「ダーメ。定吏くんは夜空さんと仲直りだよ」
「なっ、余計なお世話だ。……そのうちちゃんとする」
「ダメダメ、善は急げ、だよ」
「今日といっても、そもそもあいつは帰ったぞ」
「帰ったかもしれないけど、まあ、お気に入りのピンチにはやってくんでしょ」
「ですね。何だかんだいって、姉さんも零彦君の事が結構好きみたいですし」
「な、何のはな――いや待て、ピンチって何だ?」
非常に無視しがたい事を言われて。零彦は涼華に突っかかる前に月光を見た。弟はにやりと嫌な風に微笑んだ。
「――出るよ、月光くん」
「了解しました及川さん」
ぽかんとした零彦を放置して。二人は唐突に部室から飛び出した。後を追う間もなく、ばたんと扉を閉められて。がたんと何だか不穏な音がした。……どうやら嫌な予感が的中してしまったらしい。
「――って、オイこら! 何をした!」
慌てて扉に張り付く。鍵もかかってないはずの。というか、鍵は内側からあけられるが。その扉はびくともしなかった。
「オプションでベンチを置いたので、簡単には開かないと思いますよ。昨日見た衝撃映像番組を参考にしました」
「な、」
「あたしも見たよ、強盗犯が窓から放りだされるの面白かったなぁ。まぁ、流石に零彦くんを部室に閉じ込めちゃったとか言ったら、夜空さんも来るっしょ」
「な、何だそれは!」
「じゃあ月光君」
「ええ、及川さん」
「帰ろっか」
「帰りましょうか」
だから、お前達はいつからこんなに仲良くなったんだ。本気の本気でその場から立ち去ってしまったらしい二人に怒るよりも脱力して、零彦は扉に凭れかかった。
「本気で退部させるぞ……」
虚しく呟いて、零彦は項垂れた。想像以上に慌てふためいた夜空が部室に駆けつけてくるまで。それからまだ三十分以上もあった。
「月光君、今日で何日目だっけ」
安楽椅子にふんぞり返っている及川涼華が、真隣の神風月光に話しかけている。珍しく、今日は帰るのが遅い。
「さあ、いちいち数えてませんけど」
「伊賀崎さんに聞けばわかるかなぁ?」
「じゃないんですか。何だかやたら心配そうにしてましたから」
「困るよねぇ、仮にも委員長兼部長がさ」
「それに、姉さんも一応この部の副部長ですからね」
「部内の雰囲気ってものを考えてもらわないとねぇ」
「じゃなければ、部活にまで私情は持ち込まないでおくか、ですね」
「まぁ~た明良くんの胃に穴があいても困るし」
「及川さんもたまには一度胃に穴の一つや二つあけてみたらどうです」
「その言葉そのまま丸ごとアンタに返してあげるよ」
「同じく。僕はもう耳を開けているので十分でしょう」
淡々としてどうでもよさそうな、けれど無視する事を許さない声量。そんな聞こえよがしに会話をされて、零彦は溜め息を吐いて部室内の長細い机に突っ伏した。そして、そのわざとらしい会話を続ける二人を睨む。
「言いたい事はわかるから、黙れ、お前ら」
「ただ単に理解してもらってもねぇ」
「そうですね、実際に実践してもらわないと」
「意味ないわよねぇ、月光くん」
「そうですね及川さん」
「……お前らなぁ……」
煽り屋と電波サドと名高い二人。普段大して仲がいいわけでもないのに(悪くもないが)、何だその息の合いっぷりは。はああとため息をつく。……今日で何回目なのだろう、このため息は。
「で、今日で何日になるんですか及川さん」
「それはさっきあたしが聞いたとこじゃない、月光君」
「そんな事いって、どうせ自分はちゃんと数えてるんでしょ」
「否定はしないけど」
涼華が零彦を見下ろす。
「当事者に聞いた方が早いわね」
「なるほど」
言葉を切って、月光が零彦を見た。
「零彦君」
「……何だ」
「今日で何日目ですか」
「…………」
何の話だ、なんて聞くまでもない。
「――僕の姉さんとケンカしてから」
「…………」
零彦は、また大きなため息をついた。
「お前らには関係ないだろう……」
「心外ですね、僕は当事者の一人の弟ですよ。及川さん、さっきの僕達の会話、聞いてなかったみたいですよ」「その、ようだね月光君」
「困るんですよね。私情を部内に持ち込まれると」
「伊賀崎さんや後輩達が心配するし、明良くんの胃に穴があきかねないし」
「僕は気にしませんが」
「そうね、実はあたしもあんまり」
「……それはそれで結構ないいぐさじゃないか」
憮然と口を挟む。
「だってそうでしょ、定吏くん」
涼華が呆れたような表情をして、言った。
「心配して欲しいなら、本気で喧嘩する事だね」
「…………」
「本気で揉めたんなら面白いし仲裁もしてあげるけど、ただの痴話ケンカなら犬も食わない」
「――っ!」
何を言い出すんだと零彦は立ち上がる。
「そんなんじゃないっ!」
「説得力ナッシング」
「なっ、なん―」
「まるでありませんね」
「おいか、」
零彦が反論する言葉を探していると、涼華と月光はあっさりと立ち上がった。
「定吏くん、そろそろあたしは帰るよ」
「じゃあ僕も帰ります」
「へぇ、じゃあ珍しく一緒に帰ってみようか月光くん」
「そうですね、珍しく」
「今時の若者らしくファーストフードにでもよるわよ」
「そういう事を口に出して言ってる時点で今時の若者らしくないですよ」
「……お前ら、いつのまにそんなに仲良くなったんだ……」
半ば呆れて零彦が声をかけると、涼華がやっぱり淡々と答えた。
「部に二人もガキがいるからしょうがないのよ」
「ですね」
ガキ――というのは、この場合、どう考えても後輩達の事じゃないだろう。いつも後輩さえ呆れる馬鹿騒ぎを起こす二人を恨みがましくねめつける。
「じゃ、僕達帰ります」
「……待て。俺も帰る」
もう部活も終わって。誰もいない部室に残されてもしょうがないと、鞄に手を伸ばしながらそうがっくりと言うと、けれどすぐに涼華にぴしゃりと言われた。
「ダーメ。定吏くんは夜空さんと仲直りだよ」
「なっ、余計なお世話だ。……そのうちちゃんとする」
「ダメダメ、善は急げ、だよ」
「今日といっても、そもそもあいつは帰ったぞ」
「帰ったかもしれないけど、まあ、お気に入りのピンチにはやってくんでしょ」
「ですね。何だかんだいって、姉さんも零彦君の事が結構好きみたいですし」
「な、何のはな――いや待て、ピンチって何だ?」
非常に無視しがたい事を言われて。零彦は涼華に突っかかる前に月光を見た。弟はにやりと嫌な風に微笑んだ。
「――出るよ、月光くん」
「了解しました及川さん」
ぽかんとした零彦を放置して。二人は唐突に部室から飛び出した。後を追う間もなく、ばたんと扉を閉められて。がたんと何だか不穏な音がした。……どうやら嫌な予感が的中してしまったらしい。
「――って、オイこら! 何をした!」
慌てて扉に張り付く。鍵もかかってないはずの。というか、鍵は内側からあけられるが。その扉はびくともしなかった。
「オプションでベンチを置いたので、簡単には開かないと思いますよ。昨日見た衝撃映像番組を参考にしました」
「な、」
「あたしも見たよ、強盗犯が窓から放りだされるの面白かったなぁ。まぁ、流石に零彦くんを部室に閉じ込めちゃったとか言ったら、夜空さんも来るっしょ」
「な、何だそれは!」
「じゃあ月光君」
「ええ、及川さん」
「帰ろっか」
「帰りましょうか」
だから、お前達はいつからこんなに仲良くなったんだ。本気の本気でその場から立ち去ってしまったらしい二人に怒るよりも脱力して、零彦は扉に凭れかかった。
「本気で退部させるぞ……」
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