青春は甘くない

狂言巡

文字の大きさ
上 下
8 / 31

唖然失笑2

しおりを挟む
 友人なんて馴れ合った関係でも、恋人なんて馬鹿馬鹿しい関係でも、セフレなんて爛れた関係でも無い。だからと言って家族や兄弟のように暖かいものでも、主従のように便利なものでも無い。悪友のようでも無いし、ビジネスパートナーでも無い、行きずりの相手というわけでももちろん無い。形容のし難い関係だと、小鳩黒猫ことばくろねこは思う。

「……何をしておる」

 こちらの心境を教えてやるかのように、わざわざため息を吐いてやる。ケダモノはニヤリと哂って手を差し出してきた。その手を無視する理由は充分過ぎるほど足りているけれど、残念なことに先に声をかけたのはこちらだったので、罰を受ける気分で仕方なく近づく。

「こんなとこでお散歩されていいんですか。本鈴鳴りますよ?」
「……知らんのか、今日は午前授業までよ」
「それでデートのお誘いってわけですか」
「戯け。今日の私は誇大妄想に付き合う暇を持ち合わせておらぬ」

 黒猫は膝下のスカートを翻して立ち去ろうとするも、知らずの内に自分の手首は大きな手が絡みついていて、無意識に舌打ちした。その様子を見下ろして、男はせせら笑う。手放す気は微塵も無いらしく、むしろだんだんと力が加わっているように思える。 
 いっそのこと、その憎たらしい顔にポケットに忍ばせてあるカッターナイフでも突き立てて、しばらく表に出られない有様にしてやろうか……否、でもきっと寸でのところで阻まれて、更に状況が悪化しそうなのでそれは避けておこう。そもそも此処は学校でしかも廊下だ。どの道この男に手を捕えられる事は、こういう結末しか成り得ないのだと、黒猫は諦観の境地に至った。

「……やれやれ。何がそんなに楽しゅうて血を見て、流すのか」
「バンドエイド下さい。一枚くらいお持ちでしょう?」
「医務室はこの廊下を右に曲がった奥よ。自分で貰ってきやれ」
「面倒臭いです」
「ケダモノゆえ、舐めて治せるであろ?」
「犯すぞ」
「やれ、下劣なことしかできぬか」

 ちらりと目線を向ければ、血生臭いケダモノの神経を逆撫でさせてしまったのか。(いや本当はその気で満満だったのだが)さっと顎を掴まれ固定させられて、そのまま口を塞がれた。想定内のことではあったが、間髪入れずに近づいた顔を避けることが出来ず、酸素を求めて僅かに割れたその間から、生温かい舌が潜り込んでくる。じんわりと鉄の味が広がった。

「不味い」
「……雰囲気を察して下さいよ」
「血の味を好むニンゲンがどこにおる」
「なら好きになれるように頑張って下さい」
None of your jokes!冗談ぬかせ

 スカートの右ポケットに入れていた絆創膏を取り出して、封を裂く。ピリッと何とも情けない音が空気を振るわせた。その行為を無感情に長い前髪の奥から見届けていた少年の、青痣が残る口元にべたりと乱暴に貼り付ければ、彼は怪訝そうに顔を歪める。

「ほれ」
「……手当ての一つできないようじゃ、将来が思いやられますね」 
「ならば医務室へ行きやれ」
「僕が教えましょうか?」
「己が心配をしておけ」
「…………」

 狼は珍しく素直に、唇から絆創膏を引き剥がして目下の薄っすら血が滲んでいるところに貼り直した。それでも、まだ顔や腕には生傷が無数に散らばっている。よく見れば手にも。自然界のケダモノより、性質が悪すぎる。……喧嘩なんて、本当に稚拙なことするものだ。

「ではな。先約があるでな」
「帰り、付き合って下さい」
「……気が向いたら考えてやろ」
「本当に可愛げがないんだから」
「余計な世話よ」

 ソプラノとバステノールのワルツと共に、二人分の靴音が遠ざかっていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみはギャルになったけど、僕らは何も変わらない(はず)

菜っぱ
ライト文芸
ガリ勉チビメガネの、夕日(ゆうちゃん) 見た目元気系、中身ちょっぴりセンチメンタルギャル、咲(さきちゃん)   二人はどう見ても正反対なのに、高校生になってもなぜか仲の良い幼なじみを続けられている。 夕日はずっと子供みたいに仲良く親友でいたいと思っているけど、咲はそうは思っていないみたいでーーーー? 恋愛知能指数が低いチビメガネを、ギャルがどうにかこうにかしようと奮闘するお話。 基本ほのぼのですが、シリアス入ったりギャグ入ったりします。 R 15は保険です。痛い表現が入ることがあります。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

『飛ばない天使達の中』

segakiyui
ライト文芸
林東子は看護学生だ。小児科実習を迎えて不安が募る。これまで演じて来た『出来のいい看護学生』が演じ切れないかもしれない、という不安が。患者に自分の本性を暴かれるかもしれないという不安が。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

バカな元外交官の暗躍

ジャーケイ
ライト文芸
元外交の音楽プロデューサーのKAZが、医学生と看護師からなるレゲエユニット「頁&タヨ」と出会い、音楽界の最高峰であるグラミー賞を目指すプロジェクトを立ち上げます。ジャマイカ、NY、マイアミでのレコーディングセッションでは制作チームとアーティストたちが真剣勝負を繰り広げます。この物語は若者たちの成長を描きながら、ラブコメの要素を交え山あり谷なしの明るく楽しい文調で書かれています。長編でありながら一気に読めるライトノベル、各所に驚きの伏線がちりばめられており、エンタティメントに徹した作品です。

ターフの虹彩

おしゃんな猫_S.S
ライト文芸
この作品は史実の歴史に基づいていますが、実名馬の登場や実在の人物及び関係者、団体様とは一切関係がありません。全て架空の人物、動物で構成されています 7人のジョッキー達が担当馬と共に成長する物語です。競馬とは何かを筆者自身も考えながら書いています 第1話の主人公は新米ジョッキー。父が天才ジョッキーと云われ、そのギャップに悩みながら人馬共に成長する物語です 短編集の集まりと思って、気軽に読めるような作品を心がけています

処理中です...