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踊り場の鏡
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九割の教室が倉庫化としている区域の階段は、当然の事ながら普段は人の出入りが寂しいものだ。
そしてその五階と四階の踊り場の壁には、一枚の鏡がはめこまれている。それは大人二人の全身が映るほどの大きさで、卒業生の数人が送ったものだそうだが、それに纏わる妙な噂があった。
『真夜中にその鏡の前に立つと、見えないはずのものが見える』
ある時、その噂の真偽を確かめてやろうと考えた生徒が二人いた。
一人は二級生(高等部二年生)で髪をポニーテールにしている大塚美姫、もう一人は美姫より一学年下の三級生で、金髪をツインテールに結ったアイリス・サトクリフという少女だった。
二人は思い立ったが吉日と、その夜に学校へと忍び込んだ。まあこういう噂が立てば、必ず確かめようとする生徒が出てくるものだ。
彼女達は夜中の十二時にこっそりと校内に侵入すると、鏡の前に立った。鏡は静かに二人の姿を映す。特に何も起こらず、それでも五分ほど立ち尽くしていた。しかし茶髪と金髪の少女の姿以外何も見えないし、映りこまない。
『なあんだ、嘘だったのか』
二人は安心半分がっかり半分ほどの気持ちで、その場を立ち去ろうとした。その瞬間、二人の持っていた懐中電灯の光が同時に消え失せた。
彼女らはぎくりと固まった。なぜなら光源が無くなったのにも関わらず、鏡の中には二人の姿が浮かび上がっていたから。
後ろの壁などは真っ暗で見えない。ただ二人だけが、闇の中に浮かんでいるようだった。鏡の中の彼女らは、現実の彼女らと同じように血の気が引いた顔をして固まっている。
近辺に窓はないから、月明かりが入ってきているという説明は不可能。それなのになぜ、こうはっきりと映っているのか。そこだけまるで切り取られて真っ黒な髪の上に貼り付けたかのようだ。
二人は必死で懐中電灯をつけようとしたが、一度失われた光はどうしてなかなか戻らない。焦りと恐怖で半泣きになっていると、ふいに鏡の中の彼女らに変化が起こった。
楽しそうに笑いはじめたのだ。声は聞こえてこなかったが、明らかに鏡の向こうの二人は笑っていた。現実の二人は、笑うどころか蒼白な顔をしているにも関わらずに。
彼女達は、もう電気がつかないのも構わず手探りで逃げようとした。怪奇談ではお約束の、金縛りになって躰がピクリとも動かない。
ふと、腹を抱えて笑い転げていた鏡の中の二人が急に表情を消し、ゆっくりと右手を上げた。
同時に二人の左手が上がる。――まるであたかも現実の二人の方が鏡になってしまったようだ。
鏡の中の二人はゆっくりと腕を伸ばし、こちらに近づけた。比例して、彼女らの腕も鏡に近づいていく。
二人の指が鏡に触れそうになった瞬間、アイリスが、壁をも震わせるような大声で叫んだ。
「止めろ!」
その刹那にふっと躰が動くようになり、二人は脱兎のごとく駆け出す。暗闇の中あちこちに躰をぶつけながらほうほうの体で学校から逃げ出した。
後日、美姫はアイリスを連れ立って、昼休みにおそるおそるその鏡の前へと向かった。そして昨晩と同じように並んでみたが、何も起こらない。
あれは夜限定で起こる怪奇現象なんだと二人は結論付け、もう二度と夜の学校に入ったりはしないと誓い合った。
……幸か不幸か、その時の彼女達は気づいていなかった。
鏡の中の二人が、不自然に笑っていた事に……。
そしてその五階と四階の踊り場の壁には、一枚の鏡がはめこまれている。それは大人二人の全身が映るほどの大きさで、卒業生の数人が送ったものだそうだが、それに纏わる妙な噂があった。
『真夜中にその鏡の前に立つと、見えないはずのものが見える』
ある時、その噂の真偽を確かめてやろうと考えた生徒が二人いた。
一人は二級生(高等部二年生)で髪をポニーテールにしている大塚美姫、もう一人は美姫より一学年下の三級生で、金髪をツインテールに結ったアイリス・サトクリフという少女だった。
二人は思い立ったが吉日と、その夜に学校へと忍び込んだ。まあこういう噂が立てば、必ず確かめようとする生徒が出てくるものだ。
彼女達は夜中の十二時にこっそりと校内に侵入すると、鏡の前に立った。鏡は静かに二人の姿を映す。特に何も起こらず、それでも五分ほど立ち尽くしていた。しかし茶髪と金髪の少女の姿以外何も見えないし、映りこまない。
『なあんだ、嘘だったのか』
二人は安心半分がっかり半分ほどの気持ちで、その場を立ち去ろうとした。その瞬間、二人の持っていた懐中電灯の光が同時に消え失せた。
彼女らはぎくりと固まった。なぜなら光源が無くなったのにも関わらず、鏡の中には二人の姿が浮かび上がっていたから。
後ろの壁などは真っ暗で見えない。ただ二人だけが、闇の中に浮かんでいるようだった。鏡の中の彼女らは、現実の彼女らと同じように血の気が引いた顔をして固まっている。
近辺に窓はないから、月明かりが入ってきているという説明は不可能。それなのになぜ、こうはっきりと映っているのか。そこだけまるで切り取られて真っ黒な髪の上に貼り付けたかのようだ。
二人は必死で懐中電灯をつけようとしたが、一度失われた光はどうしてなかなか戻らない。焦りと恐怖で半泣きになっていると、ふいに鏡の中の彼女らに変化が起こった。
楽しそうに笑いはじめたのだ。声は聞こえてこなかったが、明らかに鏡の向こうの二人は笑っていた。現実の二人は、笑うどころか蒼白な顔をしているにも関わらずに。
彼女達は、もう電気がつかないのも構わず手探りで逃げようとした。怪奇談ではお約束の、金縛りになって躰がピクリとも動かない。
ふと、腹を抱えて笑い転げていた鏡の中の二人が急に表情を消し、ゆっくりと右手を上げた。
同時に二人の左手が上がる。――まるであたかも現実の二人の方が鏡になってしまったようだ。
鏡の中の二人はゆっくりと腕を伸ばし、こちらに近づけた。比例して、彼女らの腕も鏡に近づいていく。
二人の指が鏡に触れそうになった瞬間、アイリスが、壁をも震わせるような大声で叫んだ。
「止めろ!」
その刹那にふっと躰が動くようになり、二人は脱兎のごとく駆け出す。暗闇の中あちこちに躰をぶつけながらほうほうの体で学校から逃げ出した。
後日、美姫はアイリスを連れ立って、昼休みにおそるおそるその鏡の前へと向かった。そして昨晩と同じように並んでみたが、何も起こらない。
あれは夜限定で起こる怪奇現象なんだと二人は結論付け、もう二度と夜の学校に入ったりはしないと誓い合った。
……幸か不幸か、その時の彼女達は気づいていなかった。
鏡の中の二人が、不自然に笑っていた事に……。
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