校内怪奇談(11/10更新)

狂言巡

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巷説

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 先週のことです。
 魔麟学園九等生(初等部一年生)の板橋丘いたばしきゅう少年は、体育館の裏庭で不可解な光景を目にしました。
 どんな本でも、完全に読めなくなるまで大切に扱う図書委員会委員長を務める兄が、まだ新品とおぼしき大量の本たちをぼとぼとと裏庭の隅に捨てていたからです。
 本たちが、前もって地面に掘られていたらしい、真っ暗な穴へ消えていく光景があんまりに可哀想に思いまして、丘はあわてて兄の大智だいちにかけ寄りました。

「お兄ちゃん、なにしてるの? かわいそうだよ!」

 彼は兄と同じく、小さな頃から物は最後まで大切に使いなさいとしつけられてきたのです。

「まだあたらしそうなのに」

 見上げてくる小さな弟に、兄は一瞬だけ困ったような笑みを向けました。

「違うよ」

 丘は、その言葉の意味がわかりませんでした。『違う』とは、一体どういうことなのでしょう。
 丘がそう考えてあぐねている間にも、ドサリ。最後の本が地面の穴の中に落ちていきました。

「あーあ」

 中くらいの穴に、色んな本(小説に絵本、辞書までありました)が茶色く薄汚れ、無造作に敷きつまっています。
 呆然としている丘の横で、大智はその穴に周囲に除けておいた土をのせていきます。
 とうとう本はすっかり大地と一体化してしまいました。

「これはお呪いなんだ」

 ゆっくりと立ち上がった大智が、穏やかに丘に微笑みかけます。

「おまじない?」

 その穏やかさに、使える物を捨てたことに対するもったいなさの憤りは消えてしまい、丘ははてと不思議そうに首を傾げました。兄はそんな弟に微笑を向けたまま、続けます。

「そう、だからこれでいいんだ」

 そう言って大智は軽く両手をはたいて土を落としてから、何事もなかったかのように校内に入っていきました。

「……どういうことなんだろう」

 兄の意味深な言葉を理解しかねた丘は、ただ首を傾げて兄の猫背を見送るしかありませんでした。





 次の日。
 明後日の方向へ飛んでいってしまったサッカーボールを追いかけた先で、丘はまた不可思議な光景を目撃しました。
 礼拝堂の前の庭。そこに植えられている低い木の下には、一等生(中等部三年生)達が何やら持って立っています。その四人の先輩の一人がスコップで地面を掘っているようで。昨日の裏庭での光景を思い出した丘は、ボールを抱えて四人に駆け寄って声をかけました。

「せんぱいたちぃいっ!」

 その声を聞き、一斉に小さな少年の方を振り返った一等生達が見せた様子は、見事に二人を除いて同じでした。

「丘!」

 最初に驚きの声を上げたのは、丘が所属する整備委員会の委員長である助高屋珊瑚すけごうやさんごです。
 声の通り、表情にも僅かに驚愕の念が含まれていて、それはぎょっとした顔の及川涼華おいかわりょうかと、仏頂面を崩さない夜空以外者の表情に共通していました。

「どうした、何かあったのか?」

 はんば転がるように勢いよく駆けてきた丘と目線が合うようにしゃがんで、珊瑚は小さな後輩に問いかけます。

「あのっ……!」

 少少荒れた息を深呼吸で整え、丘は口を開きました。

「せんぱいたちはなんでそんなところにあなをほってるんですか? やっぱりせんぱいたちもなにかものをうめようとしているんですか? それはやっぱり、おまじないなんですか? そのおまじないは、どんないみやこうかがあるんですか?」

 矢継ぎ早に浴びせかけられた四つの質問に、珊瑚は一瞬ぽかんとして、そして眉間に皺を寄せて息をつきます。

「……先ず、質問を簡単に纏めなさい」
「はいっ」

 そう窘められ、丘が勢いよく返事をします。同時にちょうど珊瑚の隣にいた山吹桃壺やまぶきももこが噴き出しました。その笑い声に反応した珊瑚が彼女を見やりますと、桃壺は笑みを浮かべたまま短く詫びて、珊瑚の代わりに説明をはじめます。

「ごめんって――丘くん。これはね、身代わりのオマジナイなんだよ」

 聞き馴れぬその言葉に、丘ははてさてと首を傾げます。

「みがわり?」

 不思議そうな様子の丘に頷いて、

「そーなの。これはね、自分の大切な人を、自分の大切なモノを札と一緒に埋めるのと引き換えに、危ないことや悪いものから守ってもらうためのおまじないなの」
「やっぱみんなで卒業したいからさ」

 そうして桃壺は後方にいる他の一等生達を一度見回して、小さく笑って言いました。

「へぇ~」

 対して丘はまだ、不思議そうな表情をしたまま桃壺を見上げていました。

「穴、これくらいでいい?」

 穴を掘っていた涼華がそう言ってうつむいていた顔を上げますと、夜空が頷いて胸ポケットから細長い紙切れのような物を取り出し、涼華に渡します。

「ほら、あれだよ」

 桃壺は涼華の手に渡ったそれを指さして丘に教えます。

「あとは、それとたいせつなものをじめんにうめるだけでいいんですね」

 札が地面の穴の中に消えていくのを見下ろしながら言った丘に、桃壺は頷き、そして急に思い出したかのように次の言葉を紡ぎました。

「あとね、守りたい人の部屋の近くとか、思い出の場所とか、そーいう場所に埋めるのが良いみたいよ」

 その言葉に相槌を打ち、丘は先ほど思い付いた事を、桃壺に小声で打ち明けます。

「やまぶきせんぱい、あとでぼくにも、そのおふだのかきかたをおしえていただけませんか?」

 唐突な申し出に、桃壺は一瞬驚いた様子を見せましたが、

「オッケ!」

 いつもの明るい笑顔で頷いてくれました。





 その日の夕方の事です。
 丘は一人、裏庭の一角に立っていました。彼の足元には札の入った、一玉のスイカを入れられそうなぐらいの穴。そして彼の両手は山ほどのお菓子を抱えています。
 丘がそれを静かに穴の中に入れると、いくつかのお菓子は穴から零れてしまいました。構わずに、横に除けて盛っておいた土をその上に被せますと、そこには小さな山が出来ました。
 そうして少年は手を合わせ、祈ります。
 自分の家族、同級生ともだち、先輩、先生、その他の自分の大好きな人達が、どうぞ元気でいられますように――。
 自分でもよく分からない、強力な『なにか』に対して必死にねがいをかけました。

「ねえ、なあにしてるの?」

 そんな丘の背中に、背後から不思議そうな声がかかります。少年は笑みを浮かべて振り返り、こう言いました。

「おまじないをしてるんだよ」

 ――こうして、広がっていくものもあるのです。
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