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裏山
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「ねぇ、きいてよ。裏山の入り口に、小さな空き地があるでしょー? あそこに死体が出るんだって人間の」
「死体が捨てられてるの? 迷惑だね」
「違うよー、置いてあるんじゃなくて出るんだってば」
「違法投棄じゃないの? 風葬?」
「ヒュードロドロの方だよ。死体のお化け、ウラメシヤー」
「何だそりゃ。動かないゾンビ?」
「F組の藤野さんが見たんだってー。今度見に行かない?」
これは前哨戦の話である。
魔麟学園高等部二級生F組出席番号十番の紅掛花紫の美しさについて語らせたら、同じく高等部三級生(一年生)C組所属の東山誉一の右に出る者はいない。誰かがといっても聞く者といったら大抵、暇で仕方がなくなった誉一の友人や、どうして誉一が紫をそこまで好いているのか全く理解できない彼女の弟をはじめとする紫と親しい者達ばかりである。
ともかく、彼等にそう聞かれれば、誉一は紫の真っ白な肌に細身の体つき、波のごとくたゆたう髪や、長い睫毛に覆われた切れ長の瞳、椿のような赤い唇など、外見的な事柄は勿論、一般の人には到底理解出来ないような嗜好や夢などの精神的な部分まで、彼なりの解釈を交えてその愛らしさや美しさを肯定的に、それはもう切切と語ってくれる。
身体的な部分については、特に手に対する描写が熱心だった。まず指先は細い。白魚のような手は肉厚が薄くて柔らかさはほとんど無かったが、爪の形は瓜のように綺麗な楕円だ。爪の色は人口塗料などに頼らず透明で艶があり、水に濡れてもいないのにそれは陽に当たると、きらりと光を反射して手を彩る飾りとなった。そのような事を琵琶法師が平家物語を語るごとく語って、
「つまり、紫さんはとても綺麗な手をしているんです」
誉一は決まってこう締め括る。最低六十分ほど。しかし、彼はまた続けて残念そうに零すのだ。
「けど、紫さんは全然それを気にしてないんですよね……」
当の紫は、誉一が普段からずいぶんと主張する自分の美について、あまり意識していないようだった。身なりに全く気を使わないというわけでは無いが、彼女は日頃から趣味の研究に明け暮れている。何とかケアなど二の次で、そうなると誉一が賞賛してやまない髪や體、手も例外無く荒れてしまう。
誉一は彼女のポリシーにいちゃもんをつける気は更々なかったが、それにより特に手が傷ついたり荒れてしまうのを密かに残念に思っていた。それが魔麟学園の有名馬鹿っぷる、藤野紫と東山誉一である。
「おっ」
ふと、後ろから冷たい手で目隠しされる。誉一は少し驚いたような声を上げたが、彼は目を隠した手の持ち主がほんの数秒前、そろりと部屋の中に忍び入った事に気が付いていなかったわけでは無かった。珍しく一言も言わないで入ってきたので、きっと驚かすつもりだろうと察して、あえて振り返らなかったのである。鼻を掠める仄かな薬の香りにまた実験していたのかなと誉一は思わず微笑んだ。
「だーれだ」
おそらく気付いていることに気付いている手の主は、構わずにそう問い掛けてきて、児戯のようなそれに、誉一はもっともらしく少し間を置いてから応える。
「紫さんと答えます」
少し笑ってそう答えた誉一に、その目を隠した紫は小さく笑ってから返した。
「正解正解。驚いた?」
「どうだと思います?」
言葉と同時に外された手はそのまま首に回され、至近距離で二人は見つめあう。顔を綻ばせる誉一の顔を無表情のまま捉えた紫は、
「どうかしら」
やがて先程から変わらぬ平淡な声で返した。
「もっと驚いたら私は面白かったのだけど」
「面白かったって、ひどいですよ……」
そうして誉一はくすりと笑う。仮面少年と言われるほど普段は顔の筋肉を使わない彼だが、さすがに好きな女の子の前は例外のようだ。
「それにしても、こんな風に驚かすなんて珍しいですね」
日頃からしょっちゅう、では無いものの、紫の何気ない言動や抜き打ちの実験に驚かされる事がある。だから誉一は、このように分かりやすい行動を紫がした事に少しばかり驚いていた。その問いに、彼女は今更ながら気恥ずかしくなったように目を伏せてしまう。
「今日は、そういう気分だったの」
紫はそう零して、そろそろと腕を誉一の腕から外していく。恥じらったその様が愛らしく思え、誉一は眼を細めて外れていく腕を見ていた。しかし、ふと笑みを消して、肩の辺りに触れた夜空の右手を掴む。紫はそれに思わず動きを止めた。
「紫さん、先ほどどこかに引っ掻けられましたか?」
「え?」
掴まえられた手に視線を落としたまま、唐突かつ真剣にそう問い掛けられて、紫は目を丸くする。
「ほら、ここ」
そんな紫に視線を向けながら、誉一は手に持った紫の手をその目前まで持ち上げて見せる。紫は不思議そうにその手を見てやっと気づいたようだ。
「ああ」
風の無い日の水面のように感情の薄い紫の瞳が、自らの手の爪の先に、土の他に何か赤いものがこびりついているのを映していた。
「あらやだ、いつの間に……引っ掻いた覚えは無いのだけど」
目前に自分の手を引き寄せて、まじまじとそれを見つめながら紫は呟く。
「傷は、特に瘡蓋とか引っ掻いたら駄目ですよ。万が一痕とか残ってしまったら、もったいないですから」
足を動かし、紫は誉一を正面から捉えられるように座り直す。
「気を付けるね」
紫はそう返しながら、曲げていた指を伸ばした。
「しかも、こうやって指に泥や詰まったままでしたら、黴菌が入って膿んでしまうかも知れません」
真っ直ぐに伸ばされた紫の右手をとり、誉一はそれを見て零す。
「そうね」
小言じみたそれを、紫は気にした風も無く返事を返した。
「ちゃんと気を付けなくちゃあ」
「うん」
それにまた気のない返事を返して紫は一つ息を吐く。退屈そうなそれではなく、会話の区切りのような溜め息を聞き流して、紫は誉一の手に視線を戻した。沈黙は、直ぐに途切れる。
「……そういえば、この学園の裏山付近で弁財天さんが死体を見付けられたそうです」
ふと、思い出したように顔を上げて誉一は言った。話題を変えるのは普段の誉一にして珍しい事である。
「そうだったの」
紫は平然と返す。
「私はつい先ほどそこに行ってきたばかりよ。裏山に続く道の方……先生方に呼ばれてね」
「そうなのですか」
その言葉に、誉一は目を丸くした。
「それで、どのような死体だって聞いた?」
誉一はどうして紫がそこに呼ばれたのか気になったが、問いかける前に紫に話の続きを催促されてしまう。
「え、あ、はい。何やら、首から上の損傷が激しかったらしくて」
少しどもりながらもそう返して、
「若い女性らしいんですけど」
誉一は小さく付け足した。紫は切れ長の瞳を少し細めて、話の続きを話すように促す。
「身体は少し腐っていたらしく、背中と、たぶん顔には大きな縦の引っ掻き傷があったそうで」
その催促に答えて後輩から聞いた状況を話すと、
「ふうん」
紫は気の抜けたような相槌を打った。
「それは怖いな。獣の仕業?」
怖いと口にするわりには、相変わらず無感情な声で紫が呟くと、誉一が滑り込むように話し出す。
「いいえ、先生方の中だとそれが有力らしいですが……[[rb:赤鋼 > あこう]]先生は違うと言っていました」
「どうして?」
紫の言葉、正確には誉一の発言に紫が首を傾げると、誉一は口を開いた。
「引っ掻きの縦線の数に対して傷が大き過ぎるんだそうです。それに、動物だったらもっと死体が汚くなっているはずだって」
「それに」
続けようとしたが、そこでどうしてか突然、言い辛そうに誉一は口ごもってしまう。しかし数秒の思考の後、また口を開いた。
「秋に入ったとはいえ、まだ暑いこの時期に山の中で数日放置されていたにも関わらず、腐敗はあまり進んでいなかったそうなんですよ。土とか木には死体を分解する生き物がいるし、死体は自分でも腐っていきますから、もう少し腐っていても良いはずなのに、それは傷以外ほとんど元のままだったとか」
ぽつりぽつりとそこまで言葉を紡いで、誉一は息を吐いた。紫は無表情で黙ったままそれを見ている。その瞳を見つめながら、ふと誉一は言った。
「つまり、あれは普通に死んだ人間の死体ではないのでしょうね」
場に沈黙が満ちる。誉一としては、聞いていてあまり愉快では無いこの話を紫に伝えた事を内心で密かに後悔していたが、その時、紫がぽつりと呟いた。
「そういえば、獣どもが全く寄ってこないのも気になった……」
「はい……らしいですね……って」
その呟きに相槌を打ちかけ、妙な違和感を感じた誉一は思わず問いかけようとするが、紫は構わず話し始めてしまう。
「そういえば」
「死体の回りの草とか木には、その時ついたらしい血の跡があった」
紫は、どこまでも落ち着いていた。一方、今の言葉である事に気付いた誉一は少し驚いたふうに押し黙っていたが、やがておずおずと言った。
「……紫さん。もしかして、先生に呼ばれたのって……」
肝心な部分を言わなくとも、紫には分かったらしい。紫は平然と誉一に向かって言い放った。
「お察しの通りよ。私は、彼女の顔の修復にいったの」
ひゅうと風が吹いて、彼女の髪が炎のように揺れる。軽い調子で言った割りには、あまりに軽くない内容に、誉一が思わず溜め息を吐いたのと、
「驚いた?」
紫が小首を傾げて問いかけたのは、奇しくも同時であった。
――日常はいつだって、天気と同じように簡単に移りかわるのです。
「死体が捨てられてるの? 迷惑だね」
「違うよー、置いてあるんじゃなくて出るんだってば」
「違法投棄じゃないの? 風葬?」
「ヒュードロドロの方だよ。死体のお化け、ウラメシヤー」
「何だそりゃ。動かないゾンビ?」
「F組の藤野さんが見たんだってー。今度見に行かない?」
これは前哨戦の話である。
魔麟学園高等部二級生F組出席番号十番の紅掛花紫の美しさについて語らせたら、同じく高等部三級生(一年生)C組所属の東山誉一の右に出る者はいない。誰かがといっても聞く者といったら大抵、暇で仕方がなくなった誉一の友人や、どうして誉一が紫をそこまで好いているのか全く理解できない彼女の弟をはじめとする紫と親しい者達ばかりである。
ともかく、彼等にそう聞かれれば、誉一は紫の真っ白な肌に細身の体つき、波のごとくたゆたう髪や、長い睫毛に覆われた切れ長の瞳、椿のような赤い唇など、外見的な事柄は勿論、一般の人には到底理解出来ないような嗜好や夢などの精神的な部分まで、彼なりの解釈を交えてその愛らしさや美しさを肯定的に、それはもう切切と語ってくれる。
身体的な部分については、特に手に対する描写が熱心だった。まず指先は細い。白魚のような手は肉厚が薄くて柔らかさはほとんど無かったが、爪の形は瓜のように綺麗な楕円だ。爪の色は人口塗料などに頼らず透明で艶があり、水に濡れてもいないのにそれは陽に当たると、きらりと光を反射して手を彩る飾りとなった。そのような事を琵琶法師が平家物語を語るごとく語って、
「つまり、紫さんはとても綺麗な手をしているんです」
誉一は決まってこう締め括る。最低六十分ほど。しかし、彼はまた続けて残念そうに零すのだ。
「けど、紫さんは全然それを気にしてないんですよね……」
当の紫は、誉一が普段からずいぶんと主張する自分の美について、あまり意識していないようだった。身なりに全く気を使わないというわけでは無いが、彼女は日頃から趣味の研究に明け暮れている。何とかケアなど二の次で、そうなると誉一が賞賛してやまない髪や體、手も例外無く荒れてしまう。
誉一は彼女のポリシーにいちゃもんをつける気は更々なかったが、それにより特に手が傷ついたり荒れてしまうのを密かに残念に思っていた。それが魔麟学園の有名馬鹿っぷる、藤野紫と東山誉一である。
「おっ」
ふと、後ろから冷たい手で目隠しされる。誉一は少し驚いたような声を上げたが、彼は目を隠した手の持ち主がほんの数秒前、そろりと部屋の中に忍び入った事に気が付いていなかったわけでは無かった。珍しく一言も言わないで入ってきたので、きっと驚かすつもりだろうと察して、あえて振り返らなかったのである。鼻を掠める仄かな薬の香りにまた実験していたのかなと誉一は思わず微笑んだ。
「だーれだ」
おそらく気付いていることに気付いている手の主は、構わずにそう問い掛けてきて、児戯のようなそれに、誉一はもっともらしく少し間を置いてから応える。
「紫さんと答えます」
少し笑ってそう答えた誉一に、その目を隠した紫は小さく笑ってから返した。
「正解正解。驚いた?」
「どうだと思います?」
言葉と同時に外された手はそのまま首に回され、至近距離で二人は見つめあう。顔を綻ばせる誉一の顔を無表情のまま捉えた紫は、
「どうかしら」
やがて先程から変わらぬ平淡な声で返した。
「もっと驚いたら私は面白かったのだけど」
「面白かったって、ひどいですよ……」
そうして誉一はくすりと笑う。仮面少年と言われるほど普段は顔の筋肉を使わない彼だが、さすがに好きな女の子の前は例外のようだ。
「それにしても、こんな風に驚かすなんて珍しいですね」
日頃からしょっちゅう、では無いものの、紫の何気ない言動や抜き打ちの実験に驚かされる事がある。だから誉一は、このように分かりやすい行動を紫がした事に少しばかり驚いていた。その問いに、彼女は今更ながら気恥ずかしくなったように目を伏せてしまう。
「今日は、そういう気分だったの」
紫はそう零して、そろそろと腕を誉一の腕から外していく。恥じらったその様が愛らしく思え、誉一は眼を細めて外れていく腕を見ていた。しかし、ふと笑みを消して、肩の辺りに触れた夜空の右手を掴む。紫はそれに思わず動きを止めた。
「紫さん、先ほどどこかに引っ掻けられましたか?」
「え?」
掴まえられた手に視線を落としたまま、唐突かつ真剣にそう問い掛けられて、紫は目を丸くする。
「ほら、ここ」
そんな紫に視線を向けながら、誉一は手に持った紫の手をその目前まで持ち上げて見せる。紫は不思議そうにその手を見てやっと気づいたようだ。
「ああ」
風の無い日の水面のように感情の薄い紫の瞳が、自らの手の爪の先に、土の他に何か赤いものがこびりついているのを映していた。
「あらやだ、いつの間に……引っ掻いた覚えは無いのだけど」
目前に自分の手を引き寄せて、まじまじとそれを見つめながら紫は呟く。
「傷は、特に瘡蓋とか引っ掻いたら駄目ですよ。万が一痕とか残ってしまったら、もったいないですから」
足を動かし、紫は誉一を正面から捉えられるように座り直す。
「気を付けるね」
紫はそう返しながら、曲げていた指を伸ばした。
「しかも、こうやって指に泥や詰まったままでしたら、黴菌が入って膿んでしまうかも知れません」
真っ直ぐに伸ばされた紫の右手をとり、誉一はそれを見て零す。
「そうね」
小言じみたそれを、紫は気にした風も無く返事を返した。
「ちゃんと気を付けなくちゃあ」
「うん」
それにまた気のない返事を返して紫は一つ息を吐く。退屈そうなそれではなく、会話の区切りのような溜め息を聞き流して、紫は誉一の手に視線を戻した。沈黙は、直ぐに途切れる。
「……そういえば、この学園の裏山付近で弁財天さんが死体を見付けられたそうです」
ふと、思い出したように顔を上げて誉一は言った。話題を変えるのは普段の誉一にして珍しい事である。
「そうだったの」
紫は平然と返す。
「私はつい先ほどそこに行ってきたばかりよ。裏山に続く道の方……先生方に呼ばれてね」
「そうなのですか」
その言葉に、誉一は目を丸くした。
「それで、どのような死体だって聞いた?」
誉一はどうして紫がそこに呼ばれたのか気になったが、問いかける前に紫に話の続きを催促されてしまう。
「え、あ、はい。何やら、首から上の損傷が激しかったらしくて」
少しどもりながらもそう返して、
「若い女性らしいんですけど」
誉一は小さく付け足した。紫は切れ長の瞳を少し細めて、話の続きを話すように促す。
「身体は少し腐っていたらしく、背中と、たぶん顔には大きな縦の引っ掻き傷があったそうで」
その催促に答えて後輩から聞いた状況を話すと、
「ふうん」
紫は気の抜けたような相槌を打った。
「それは怖いな。獣の仕業?」
怖いと口にするわりには、相変わらず無感情な声で紫が呟くと、誉一が滑り込むように話し出す。
「いいえ、先生方の中だとそれが有力らしいですが……[[rb:赤鋼 > あこう]]先生は違うと言っていました」
「どうして?」
紫の言葉、正確には誉一の発言に紫が首を傾げると、誉一は口を開いた。
「引っ掻きの縦線の数に対して傷が大き過ぎるんだそうです。それに、動物だったらもっと死体が汚くなっているはずだって」
「それに」
続けようとしたが、そこでどうしてか突然、言い辛そうに誉一は口ごもってしまう。しかし数秒の思考の後、また口を開いた。
「秋に入ったとはいえ、まだ暑いこの時期に山の中で数日放置されていたにも関わらず、腐敗はあまり進んでいなかったそうなんですよ。土とか木には死体を分解する生き物がいるし、死体は自分でも腐っていきますから、もう少し腐っていても良いはずなのに、それは傷以外ほとんど元のままだったとか」
ぽつりぽつりとそこまで言葉を紡いで、誉一は息を吐いた。紫は無表情で黙ったままそれを見ている。その瞳を見つめながら、ふと誉一は言った。
「つまり、あれは普通に死んだ人間の死体ではないのでしょうね」
場に沈黙が満ちる。誉一としては、聞いていてあまり愉快では無いこの話を紫に伝えた事を内心で密かに後悔していたが、その時、紫がぽつりと呟いた。
「そういえば、獣どもが全く寄ってこないのも気になった……」
「はい……らしいですね……って」
その呟きに相槌を打ちかけ、妙な違和感を感じた誉一は思わず問いかけようとするが、紫は構わず話し始めてしまう。
「そういえば」
「死体の回りの草とか木には、その時ついたらしい血の跡があった」
紫は、どこまでも落ち着いていた。一方、今の言葉である事に気付いた誉一は少し驚いたふうに押し黙っていたが、やがておずおずと言った。
「……紫さん。もしかして、先生に呼ばれたのって……」
肝心な部分を言わなくとも、紫には分かったらしい。紫は平然と誉一に向かって言い放った。
「お察しの通りよ。私は、彼女の顔の修復にいったの」
ひゅうと風が吹いて、彼女の髪が炎のように揺れる。軽い調子で言った割りには、あまりに軽くない内容に、誉一が思わず溜め息を吐いたのと、
「驚いた?」
紫が小首を傾げて問いかけたのは、奇しくも同時であった。
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