校内怪奇談(11/10更新)

狂言巡

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会議室

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 神風大空かみかぜおおぞらが半年ほど前に経験した話である。
 生徒会の仕事で姉妹校の方に足を運んだ時の事。

「……しずくちゃん、ごめんなさい。今だから言うわ。実は私、アンタに頼まれた書類を間違えて、一度別の部屋へ持っていってしまっていたの」

 すぐに気付いて届け直したが、あの時少し遅くなったのはこのせいだ。
 合同学園祭の会議がひと段落して、休憩時間のうちに別の会議室へ書類を届けることになった。その時、ちょうど手が空いていた大空が書類を預かる事になった。書類は第十二会議室へ届けるもの。だがしかし、大空はどこをどう勘違いしたのか、第十三会議室へ持って行ってしまった。
 第十三会議室は一フロア上の、機材倉庫と空き教室の間にある部屋。それで第十三会議室の扉というのが、大きな柱の影に隠れている。廊下に貼ってある案内図で部屋の場所を確認してから行ったのに、普通に廊下を歩いていくと見落としてしまうくらい。
 あの会議場をよく利用されていても、あそこに会議室があった事に気付いていなかった人も珍しくない気がする。大空も実際、あの時までは第十三会議室の存在を知らなかったのだ。ともあれ、部屋の前まで辿り着いた大空は軽く息を整えてから扉をノックした。

「はい」

 中からすぐに返事があった。書類を届けにきたことを伝える。

「今は手が離せないから、扉の前へ置いておいてもらえますか」

 きちんと手渡しで書類の受け取りを確認したかったし、少しくらいなら待ちますとも大空は言った。だが何故か頑ななまでに、扉の前に置いておくようにと言われる。ちょっと違和感を覚えたものの、言われた通りに扉の前へ書類を置いて来た道を引き返す事にした。書類はクリアファイルに入っているし、汚れないようにハンカチも敷いたし。流石にそこまで長時間放置もされないだろう。
そんなことを考えながら元居た会議室の前まで戻ってきた時になって気付いたのだ。 持っていくように言われたのは、実は第十二会議室ではなかったか。第十二会議室ならば、会議があった部屋のすぐ近く。会議中も何度か書類を持って退室した人がいたが、すぐに別の書類を手に戻ってきていた。考えれば考えるほど、第十三会議室よりも第十二会議室へ持っていく方が自然な気がしてきた。
 ちょっと迷ったが、大空は再び第十三会議室へ向かった。もどかしい思いで階段を上がってから廊下を右手へ折れ、廊下の中央へ並ぶ柱を回り込むようにしてようやく第十三会議室の扉が見えてきた。案の定、書類は間違えていたようで。書類は丁寧に畳まれたハンカチも一緒にビニール袋へ入れられ、やや褪色したドアノブへ下げられていた。大空は安堵と恥ずかしさと申し訳なさで、全て最初からやり直したい思いでいっぱいだった。そのまま走り去ってしまいたいのも山々ではあったけど、きちんと謝罪をしなければいけない。情けない顔にならないよう気を引き締めて、大空は第十三会議室の扉を叩いた。
 こんこん、こんこん。
 返事はない。もしかして聞こえなかったのかしらん。そう思って今度は、先ほどよりも少しだけ強く扉を叩いた。
 こんこんこんこん。
 やはり返事はない。手が離せないと仰っていたし、大切な話し合いをしているのかもしれない。とはいえ、大空もこの書類を第十二会議室へ急いで届け直さなければいけない。迷ったものの結局「一言、謝罪を述べるだけ」と、おずおずと第十三会議室の扉を開いた。

「会議中に失礼します、先ほど書類を……」

 そう声をかけながら。部屋の中には誰もいなかった。居なかったというより、居るはずがなかった。だって、第十三会議室の扉の向こう側は、壁だったから。大空は目の前の光景がどういう事か理解できず、しばらく立ち尽くしてしまった。何かの悪戯かと、その壁を叩いてもみたけれど、中に空洞があるようには思えない。本当に、ただの壁だった。
 扉の先にあるべき部屋をコンクリートで埋めてしまったような、無愛想な灰色の壁。薄ら寒さを感じた大空は、急いでその場を離れて、第十三会議室の出来事はそれきりだった。

「……ごめんなさい。ここまで話しておいて申し訳ないのけど、オチはないの」

 どうして扉の向こう側が壁だったのか、大空が言葉を交わしたのは誰だったのか、結局わからずじまい。次にその会議場を訪れた時には、第十三会議室があったフロア一帯は異臭騒ぎで改装工事で立ち入り禁止になっていた。
 それとなくこちらの生徒や先生にも聞いてみたけれど、そもそも第十三会議室に覚えが無いようだった。あれ以来、大空はたまに考える。第十三会議室で会話した相手の姿を、自分はちゃんと見ていない。なのに、当然のように、中には空間があって、誰かがいると思い込んでいた。当然の事だ、中に空間があって人がいなければ、誰かと会話は出来ないのだから。でも、実際はそうではなかった。
 だから大空は、同じようなシチュエーションになると怖い。電話とか。自分が今、声だけのやりとりをしている相手は本当に存在している相手なのか。相手は存在していると思い込んでいるだけなんじゃないかって。たまに考えてしまうのだ。

「……そう、例えばこの部屋、だいぶ暗くなってきたね。一番離れて座ってる子の顔も、今はまだ見えているけれど……。いえ、やめておくわ。私のお話はこれで終わり」

 ふうと、オレンジ色の瞳をした少女が同じ色の行燈の明かりを吹き消した。
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