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哀愁アッチェレランド
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(十勝君の指は、魔法のステッキみたいやわ)
千変万化、軽やかに艶やかに後輩が奏でる、三味線の音色が大好きだった。淡島にとって、音楽なんて学校で習うおさわり程度の知識だけ。当然、奥ゆかしい和楽だなんて何にも[[rb:理解 > わか]]っちゃいない。それでもいつだって部屋の隅の椅子の上に体育座りになって、彼の奏でる小唄を聴くのが日課だった。後輩は、三味線とニコイチ(だと思っていた)の撥を使わなかったので、端唄などは弾かなかった。
それでも、細い指先がさらさら滑る様は本当に魅力的に映った。その優しい音色にあわせて口ずさまれる、彼の歌声に充たされている狭い防音室は、まるで胎内のよう。 浅い微睡みの中で聴いた彼の歌声は、かつて羊水の中で聴いた心臓の音と同じだったと思う。
「音楽室でそれ聴いちゃーると、十勝君のお腹ン中におるみたいやね」
「ご冗談を。私の腹に宿す命はありませんよ」
いつか淡島がそう言ったら、きょとんと長い睫毛を瞬かせた後、少しばかり困った表情で短く否定した。普段からなかなか合わない瑠璃色の目を伏せられたので惜しいと思った。――あの時の彼が見せた×××××な表情の意味を、その時の淡島は全く理解する事ができなかった。 彼もそれ以上何も語らなかった。緩やかに穏やかに流れていた、あの時間。あれは永遠の唄のように感じられたけれど、淡島と十勝の終焉は、当たり前のようにやってきた。胎児があの居心地のいい胎内を引きずり出され、ささくれ立ったこの世に晒されるように。
一炊の夢、砂上の楼閣、有為無常。もう、あの閉ざされた彼の音色が満たしていた防音完備の一室に、淡島は辿り着けない。彼によって、閉じられてしまったから。まるで最初から何もなかったかのように。一学年下の席に彼が居なかった卒業式。宛先不明で返ってきたメール。卒業証書が入った筒を握りしめて通り過ぎる。
声とならない声で歌っている、聞こえるはずのない後輩の歌声を聞いた。それでもあの最後の日に、確かに淡島は聴いたのだ。
(おわりの、おと)
千変万化、軽やかに艶やかに後輩が奏でる、三味線の音色が大好きだった。淡島にとって、音楽なんて学校で習うおさわり程度の知識だけ。当然、奥ゆかしい和楽だなんて何にも[[rb:理解 > わか]]っちゃいない。それでもいつだって部屋の隅の椅子の上に体育座りになって、彼の奏でる小唄を聴くのが日課だった。後輩は、三味線とニコイチ(だと思っていた)の撥を使わなかったので、端唄などは弾かなかった。
それでも、細い指先がさらさら滑る様は本当に魅力的に映った。その優しい音色にあわせて口ずさまれる、彼の歌声に充たされている狭い防音室は、まるで胎内のよう。 浅い微睡みの中で聴いた彼の歌声は、かつて羊水の中で聴いた心臓の音と同じだったと思う。
「音楽室でそれ聴いちゃーると、十勝君のお腹ン中におるみたいやね」
「ご冗談を。私の腹に宿す命はありませんよ」
いつか淡島がそう言ったら、きょとんと長い睫毛を瞬かせた後、少しばかり困った表情で短く否定した。普段からなかなか合わない瑠璃色の目を伏せられたので惜しいと思った。――あの時の彼が見せた×××××な表情の意味を、その時の淡島は全く理解する事ができなかった。 彼もそれ以上何も語らなかった。緩やかに穏やかに流れていた、あの時間。あれは永遠の唄のように感じられたけれど、淡島と十勝の終焉は、当たり前のようにやってきた。胎児があの居心地のいい胎内を引きずり出され、ささくれ立ったこの世に晒されるように。
一炊の夢、砂上の楼閣、有為無常。もう、あの閉ざされた彼の音色が満たしていた防音完備の一室に、淡島は辿り着けない。彼によって、閉じられてしまったから。まるで最初から何もなかったかのように。一学年下の席に彼が居なかった卒業式。宛先不明で返ってきたメール。卒業証書が入った筒を握りしめて通り過ぎる。
声とならない声で歌っている、聞こえるはずのない後輩の歌声を聞いた。それでもあの最後の日に、確かに淡島は聴いたのだ。
(おわりの、おと)
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