上 下
9 / 22

血は争えない【子世代】

しおりを挟む
 暗闇の中、それは静かに輝く。己の位置と行き先を示すように。手放したくないと願っても一向に距離は縮まらない。見つけたからといって届くはずないのだ。星は遠いからこそ美しく、皆を導く。





 雷鳴のような火傷を負ったその男は、不定期でフラリと現れる。そうすると、屋敷の主人夫婦の次に発言権がある愛娘は全ての予定を全部スキップしてでも、それはもう満面の笑みを浮かべて嬉々として男を部屋に迎え入れ、丁重に持て成すのだ。来てくれて嬉しい。会えて嬉しい。そんな様子が、見ているこちらにも伝わってくるくらいの浮かれようだ。

「寒露さん」

 少女(ちぎれんばかりに振られる尻尾を幻視しかねない)に名を呼ばれるたびに、男は少しどうしていいのか判らないような顔をする。しかし、決して迷惑そうではない。美空が無条件に信頼を表し、自ら率先して男に纏わりついていく様は、普段見ない光景なだけにイライラする。その男は家族や側近共とはまた別の位置で、格別の地位を占めているのは一目瞭然だからだ。

「お嬢、和琴の稽古はいいのか?」
「いーのいーの、漣さん。だって、寒露さんが来てくれたんだよ!」
「それは僥倖だ」

 男が笑う。手を伸ばし、美空の髪をクシャリとかき混ぜるようにして撫でたところで急速に限界がきて、背後から漣は片手で足りる程の小さな顔を手で覆いこちらに引き寄せた。

「あれ? どしたん漣さん」

 指の隙間から、振り返った美空がきょとんとした顔をする。真っ直ぐに男を睨みつけながら、漣は舌打ちをした。

「漣さーん、私、寒露さんと出かけてくるから」
「は?」
「久しぶりに会ったから、おすすめメニュー紹介したいんだ」
「…………」

 何だその隙だらけの計画スケジュールは。

「それなら、護衛に……」
「家族で何回か行った事あるお好み焼き屋さんだし大丈夫でしょ、寒露さんがいるから安心じゃん、ね?」

 同意を求められた男が一瞬漣を見て、困ったような曖昧な笑みで美空を見下ろした。

「お嬢、俺はこの家の人間じゃねぇ。一応護衛をつけといた方がいい」
「えー、久しぶりに会えたのにい」

 嗚呼、感じが悪いったらありはしない。どこまでも美空を甘やかそうとして、時おり眩しそうに眇められる男の視線。気付いているのかいないのか、ただ嬉しそうに笑う主人のノホホンさといったら!

「お嬢」

 まるで当たり前のように差し出された手をとろうとするのを見て、さして頑丈でもない理性の糸はあっさりと焼け落ちた。この野郎、まるでカップル如く手を繋いでお出かけなんて、そんなおぞましい真似を許してたまるか。

「その手を引け!」

 男の手を力任せに跳ね除けると、驚いたように美空が肩を震わせた。

「漣さん!?」
「貴様、鈍いにも程があるだろうが」
「えー、何がよぉ」
「そいつは、」
「寒露さん」
「いいから聞け! そいつは、」
「お嬢」

 ふいに、男が苦笑まじりに美空を呼んだ。

「先に庭に出ていてくれ。後から行くから」
「でも」
「俺はここのモンじゃねえ。車を勝手に拝借するわけにもいかねえだろ」
「はーい」

 一先ず納得した美空は、漣をねめつけた。

「寒露さんに変な事しないでよ漣さん」
「おい、」

 何も知らずに、相変わらずのノホホンめ! 心中罵りながら、漣は去っていく未来の主人の背を睨みつけ、それから失笑している男を見返した。

「大変だな、あんた。漣っていうんだっけか」
「黙れ。なれなれしく俺の名を口に乗せるな」
「あんなやり方ではダメだろ」
「はあ?」
「あれじゃ伝わらないぜ」

 小さく笑って、男は窓のすぐ側に立つ木の葉を数枚手で千切った。

「……なら貴様は」
「その術を知っているのか」

 睨みつけると、男は眼を伏せた。

「生憎、俺はお嬢が想像してるような善人じゃねえ」
「だからどうした、アレには手を出すな。殺す」
「ならあんたも」

 初めて男が真っ直ぐに、意志を秘めた眼で漣を見つめ返してきた。

「迂闊に触れないでくれ。あの人は俺の聖域だ。一歩でも足跡つけてみろ、殺す」
「…………」

 雛のように懐いているあのノホホンにも見せてやりたいくらい、冷たい殺気だった。ただガキに興奮するだけの下衆ならサッサと殺して事後報告になっても問題ないのに、厄介すぎる。
 こういうややこしいのばかりがどうして虫のように集まってくるんだとイライラしてくる。あの正反対のようでそっくりな兄弟も、胡散臭いロリコン占い師も、普段喧嘩ばかりしている自分の弟妹だって。皆こぞってこのノホホンにイカれ散らかしてやがる。エンジンがかかる音がした。同時に、窓から美空の声が入ってくる。

「漣さーん、寒露さーん」

 庭から少女が手を振っている。車の用意が出来たらしい。

「今行くぜ」

 殺気は途端に綺麗に消えうせた。上等だ。

「おい。俺も行くぞ」
「ん?」
「俺も行くと言っている。何か不満か」
「……好きにしたらいい」

 ノホホンのお気に入りは漣を一瞥し、歩き出した。その手から、緑の葉が滑り落ちる。最早あのノホホンが居なければ、いても立ってもいられぬこの身が嘆かわしい。絶対渡してなるものか。

(今更彼女ナシで、この世を生き延びていけというのだろうか)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

怪物の歯医者さん

寳田 タラバ
キャラ文芸
【モンスターだって、歯医者さんには行きたくない。】 歯医者には、できれば行きたくない──それは人類共通の本音。だが、この世界ではそれだけじゃない。エルフも、ドワーフも、魔族も、果てはモンスターまでも、みーんな歯医者が嫌いなのだ。 そんな誰もが避けたい場所を、何を好き好んでか、今日もひっそり営んでいる歯医者がひとり。これは、世界の片隅で繰り広げられる、ちょっと変わった歯医者さんのお話。 (筆者は現役歯医者です)

処理中です...