黒狼夫婦の事情(1/12更新)

狂言巡

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髪2【学生時代】

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 大学では先輩で家では夫にあたる世鷹は、よく黒猫の髪を結う。毎回違う髪留めを使って器用に、それこれスタイリストみたいに仕上げてくれる。
 特にコレと言った理由なく髪を、お世辞にも器用とはいえない黒猫は凝ったアレンジなどが出来るわけもなく、結ぶとしても邪魔な時に纏めたりするだけで、後はほとんど手を加えない。でも世鷹は黒猫の髪を弄るのが愉しいらしく、最近は彼の手によって多種多様な髪型になっている。昨日は三つ編み、一昨日はアップスタイル。普段の自分にはほぼ縁のない髪型は少し気恥ずかしいけれど、世鷹が楽しそうなので黒猫も楽しくなるのは内緒だ。

「黒猫ちゃーん」

 裏庭で本を読んでいると、ポーチを手にした世鷹が寄ってきた。

「結ばせて?」

 髪に指を絡ませるように頭を撫でられる。

「いいですよ」
「やった」

 黒猫が答えると世鷹は嬉しそうに笑った。今日は白いシュシュだ。

「今日はどうしよっかなー。何がいい?」
「えーっと……お任せします」
「知らないよ、変な髪型になっても」
「先輩は私と違って器用なので心配はしていません」
「信用してもらえてうれしいな」

 ゆっくりと櫛で髪を整えながら、撫でるように纏めていく。

「ふふ、黒猫ちゃんの髪は本当に綺麗だね」
「そんな事ないですよ。白鳥さんには負けます」
「現役モデルと張り合うなよ」

 クスクスと笑う世鷹に釣られて黒猫も笑いそうになる。慌てて口元を本で隠した。そんな他愛もない話をしている間に、結い終わったようだ。今日の髪型はポニーテール。

「はは、黒猫ちゃんに尻尾が生えた」
「似合いませんか」
「まさか、可愛いよ」

 ちゅと厚めに切り揃えている前髪越しに額に口付けられる。

「よし、取ろうか」
「もう取るんですか?」
「うん」

 世鷹が己で結い上げた髪を暫らく見つめた後、いつもこう言う。せっかく綺麗に仕上がっているのに。

「いつも不思議なんですけど、どうしてすぐに取ってしまうのですか?」
「あまり長く結っていると跡ついちゃうからね」
「濡らせば直りますよ」
「それはそうだけど。でもね、理由はそれだけじゃないんだ」

 するりとシュシュを髪から離す。さらりさらりと、纏まっていた髪が重力に従って落ちていく。

「黒猫ちゃんの長い髪がふわっと落ちる、この瞬間が僕は一番好きなんだ」

 拘束から解かれた髪を櫛で整えながらそう言った世鷹に、変わった人だなぁと内心突っこむ。

「なら先輩は、その瞬間の為に私の髪を結っておられるのですか」
「んー……まあそう言う事になるかも」
「やっぱり先輩って変わってますね」
「それくらい、僕は黒猫ちゃんの髪が好きなんだよ」
「髪の毛だけですか?」
「ううん、君のぜーんぶが好き」

 髪を弄っていた、意外とがっしりとした手がぎゅうっと躰を抱き寄せる。

「黒猫ちゃん」

 名前を呼ばれて顔を上げると、指で唇に触れた。

「キスさせて?」

 そう言って世鷹は少し首を傾げる。ずるい。

「……お好きにどうぞ」

 先輩はまた嬉しそうに笑った。今日も揺れては落ちる、好きな人が触れた髪。この長さと毛量が鬱陶しくなる時もある。秋冬以外は暑苦しいし、洗うのも乾かすのも大変だ。でも、世鷹がこの髪を好きだと言うから、黒猫は今の髪型のままでいたいと思うのだ。
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