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長男の牽制
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「黒猫、帰ったぞぉ」
死角から声を掛ければ、華奢な肩はピクリと揺れた。ふんわりと柔らかそうなブラウンの髪をした、蒼龍からすれば女というより小娘に近い存在は、まだ新しそうなスーツを着て妻の向かいの席に座っていた。テーブルの上に置いてある書類らしき紙が数枚あるが、カップと皿の中身がほとんどがなくなっている事、そして仕事の時のような堅苦しい雰囲気がなかった事から、どうやら打ち合わせはもう終わっているらしい。……なぁんて。そこまで観察しなくても黒猫の腕時計から会話は凡て聞こえていたのだが。
「お帰りなさい」
ニコッと笑う自分達の奥さん。あぁ、ほーんと可愛い。
「ったくよぉ、思いの外道路が混んでやがってさ。遅くなっちまったわけよ。あ、土産のフィナンシェはちゃんと買ってあるぜ」
「気を使って頂いてすみません」
「それで、こいつが噂のお前の編集者サン?」
こういう時、自分でも何か企んでいそうな悪い顔してんだろうなぁという自覚はある。当然、わざと解っていてやっているのだから。
「あの、蒼龍さん。初対面でちょっかいをかけるの駄目です。吃驚して固まってます」
「ん? ……あぁ、それもそっか!わりぃわりぃ、編集者ちゃん!」
ポンポンと軽く肩を叩けば、体温が低くなっているのが伝わった。空調設備が聞き過ぎてんのかなァなんて惚けておく。
「……あ、いえ。だ、大丈夫です」
コップちょっと揺れてるぜとは言うのは自重しておいた。妻の機嫌を損ねてまで遊ぶ気は無い。
「……あの私、会社に原稿を届けに行かなくちゃいけないのでもうそろそろお暇させて頂きますね」
「そうですか、引き止めて済みません」
書類を急いでかき集めて帰り支度をする編集者。焦っているようだが、テキパキと効率良く書類を纏める様子からも相当優秀なんだろうと思う。さすが弟が選んだ黒猫の担当を任されるだけあるわ。黒猫にぺこりとお辞儀をして、蒼龍にもちゃんと会釈をして。一瞬だけ見えた、黒猫の瞳は俺の口元と右手の指先を捉えていた。
「ありゃ帰っちゃったよ。からかい甲斐のありそうなヤツだったから俺まだ話したかったのになァ。黒猫が余計な事言うからだぜ」
片頬をぷくっと膨らませて怒ったふりをしながら、黒猫の真向かいの席に座った。
妻は呆れたようにまた溜め息を吐く。
「……蒼龍さんが不用意に怖がらせようとするからですよ」
「幸せ逃げんぜ?」
「どうせまた……最初から居らしたのでしょう」
「何だバレてた?」
「皆さんお好きですね」
悪びれず笑って誤魔化す。何か言いたげだが、何も言わない黒猫に畳み掛けるように言った。
「でもまぁ、やっぱ無害なかわい子ちゃんでお前のお気に入りでも許せないものはあんだよ」
「……もうこれ以上怖がらせてないであげて下さい。牽制しなくても察しのいいあの人はすぐ気付くでしょう」
「そーだといいな。ま、次にしれっと来た時は俺達一切容赦しねーけど」
門を出た編集者の背中を眺めている妻を、蒼龍はいつまでも見ていた。
死角から声を掛ければ、華奢な肩はピクリと揺れた。ふんわりと柔らかそうなブラウンの髪をした、蒼龍からすれば女というより小娘に近い存在は、まだ新しそうなスーツを着て妻の向かいの席に座っていた。テーブルの上に置いてある書類らしき紙が数枚あるが、カップと皿の中身がほとんどがなくなっている事、そして仕事の時のような堅苦しい雰囲気がなかった事から、どうやら打ち合わせはもう終わっているらしい。……なぁんて。そこまで観察しなくても黒猫の腕時計から会話は凡て聞こえていたのだが。
「お帰りなさい」
ニコッと笑う自分達の奥さん。あぁ、ほーんと可愛い。
「ったくよぉ、思いの外道路が混んでやがってさ。遅くなっちまったわけよ。あ、土産のフィナンシェはちゃんと買ってあるぜ」
「気を使って頂いてすみません」
「それで、こいつが噂のお前の編集者サン?」
こういう時、自分でも何か企んでいそうな悪い顔してんだろうなぁという自覚はある。当然、わざと解っていてやっているのだから。
「あの、蒼龍さん。初対面でちょっかいをかけるの駄目です。吃驚して固まってます」
「ん? ……あぁ、それもそっか!わりぃわりぃ、編集者ちゃん!」
ポンポンと軽く肩を叩けば、体温が低くなっているのが伝わった。空調設備が聞き過ぎてんのかなァなんて惚けておく。
「……あ、いえ。だ、大丈夫です」
コップちょっと揺れてるぜとは言うのは自重しておいた。妻の機嫌を損ねてまで遊ぶ気は無い。
「……あの私、会社に原稿を届けに行かなくちゃいけないのでもうそろそろお暇させて頂きますね」
「そうですか、引き止めて済みません」
書類を急いでかき集めて帰り支度をする編集者。焦っているようだが、テキパキと効率良く書類を纏める様子からも相当優秀なんだろうと思う。さすが弟が選んだ黒猫の担当を任されるだけあるわ。黒猫にぺこりとお辞儀をして、蒼龍にもちゃんと会釈をして。一瞬だけ見えた、黒猫の瞳は俺の口元と右手の指先を捉えていた。
「ありゃ帰っちゃったよ。からかい甲斐のありそうなヤツだったから俺まだ話したかったのになァ。黒猫が余計な事言うからだぜ」
片頬をぷくっと膨らませて怒ったふりをしながら、黒猫の真向かいの席に座った。
妻は呆れたようにまた溜め息を吐く。
「……蒼龍さんが不用意に怖がらせようとするからですよ」
「幸せ逃げんぜ?」
「どうせまた……最初から居らしたのでしょう」
「何だバレてた?」
「皆さんお好きですね」
悪びれず笑って誤魔化す。何か言いたげだが、何も言わない黒猫に畳み掛けるように言った。
「でもまぁ、やっぱ無害なかわい子ちゃんでお前のお気に入りでも許せないものはあんだよ」
「……もうこれ以上怖がらせてないであげて下さい。牽制しなくても察しのいいあの人はすぐ気付くでしょう」
「そーだといいな。ま、次にしれっと来た時は俺達一切容赦しねーけど」
門を出た編集者の背中を眺めている妻を、蒼龍はいつまでも見ていた。
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