後輩の食事情(5/21更新)

狂言巡

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学食

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 何処に居ても目に付く人が、時おり居る。しゃんと伸びた背筋。良く通る、ハッキリとした声。そして、くるくると曲線を描く頭髪。こんなにたくさんの人いきれの中から、すぐに目に入ってしまうというのは矢張り、よく知る先輩だからだろうか。――それとも。

「あれぇ門真くんやん! 学食で会うんは珍しなぁ」
「どうも……」
「待ち合わせ中?」「一人です」今日は、いつもの馬鹿二人は木野川先輩の手伝いと追試だ。

「じゃぁ一緒に食べよら! 結良ちゃん今日は休みなんよね~。舞鶴ちゃん誘いに行ったら相模くんと話し込んじゃーってて無理やし、伊吹ちゃんは一雨くんとランデブー、青春やんなぁ」

 この先輩は、喜怒哀楽がハッキリしている。俺が一番苦手としている感情表現というものが。だから、最初は苦手だった。正直嫌いだった。あまり話したくないと思っていた。なるべく関わり合いにならないようにしていた。それでも、いつからだっただろう、気付いたのは。意外と、他人様が気にする事を軽率に言葉にしたり、空気を読まずに無神経に騒ぎ立てたりもしない。
 笑顔が多いわりには負けん気が強くて、やる気も根気もあって、人の倍は頑張ろうとする。でも変に意地っ張りなので、見せないように見えないように。彼女細い躰に秘められた、あの熱い心を。いつからか、門真は認めていた。それは多分、あの日。負けた事に対する後悔をただ我武者羅に練習にぶつける姿と、夕日に染まった頬の涙を見たから、見てしまったから。
 あの日、泣き止めなかった門真を穏やかに慰めてくれた彼女が、他人ヒトには絶対見せないであろう、涙を……門真は、見てしまったから、だろうか。ぼんやりと眺めているAの視線に気付いたのか、にんまりと小悪魔的に笑ってみせる先輩。

「門真くん、それ食べへんのー? じゃ、貰っちゃろ!」

 すかざず、門真の生姜焼き定食に箸を伸ばしてきたその手を、更を盛り上げる事で軽く躱す。やれやれ。考え事をしていたようだから、隙があると思ったのだろう。

「ちぇ~。いつもの門真くんらしから~ぬぼんやりさんやったさけ、イケると思たんやけどなぁ」
「ふふ……甘いですよ先輩。残念でした」

 そう言いながら、門真の箸は淡島の鶏の唐揚げ定食の内の一つを摘まみ取った。

「ああー! 門真くん、ずっるせっこー!」
「何がですか? 先手必勝、隙がある方が負けでしょう」

 にんまり勝ち誇ったような顔をしている門真に、淡島は逆にぷぅっと白い頬を餅のように膨らます。

「……幼稚園児じゃないんですから」

 それを宥めかすように、門真は自分の定食におまけで着いていた二つのゼリーを一つ献上した。それを見てやっと戻ってくる笑顔。

「えへへへっ、おおきにやれ!」
「どういたしまして」

 ――ねぇ、そのしゃんとした背中に羽根が生えて見えたのは、あの日の滲んだ視界の所為じゃありませんよね?――いつか、飛んでみせて下さいよ、俺に。そのありったけの笑顔と一緒に。騒めく学食のテーブルの片隅で今日、門真は天使と昼食を摂った。
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