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コロッケ
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「何食べたい?」
「揚げ物」
「んーじゃあコロッケな、お芋さん剥いてよ」
調理台のじゃが芋を手に取る。随分と大きなジャガ芋だ。芽はまだほとんど出ていない。ゴツゴツと凹凸のあるこの曲線を扱うのも既に慣れたもので、皮むきに関しては渚より上手い自信がある。喜秋がジャガ芋の皮を剥いている横で渚は玉ネギをみじん切りにしているようだ。つんとした匂いがこっちにまで飛んでくる。こういう時、目が大きいと大変だ。
「ジャガ芋はレンジでいい?」
「あ、うん。一番大きい耐熱ボウルに入れてね」
ジャガ芋をレンジにかけている間に挽き肉と玉ネギを炒める為、渚はコンロの下からフライパンを取り出した。チチチと底を炙られたフライパンに油を引いて、玉ネギから炒めていくみたいだ。木べらを手首で返していくと、玉ネギの甘い匂いがする。しんなりしたところで取り出して、今度は油を引かずに挽き肉を炒めると熱で溶けた脂がフライパンに広がってじゅうじゅう音を立てた。
「喜秋くん、お肉ゴロゴロ? それとも万遍なく混ざっちゃーる方がええ?」
「どこを齧っても肉の味がする方がいい」
「じゃあ、細かく炒めら」
木べらで肉の塊を断ち切ると、ポロポロと崩れていく。そこへ先に炒めた玉ネギを加えて更に混ぜていく。
「味付けはめんつゆで簡単にね。お酒も入れて、ちょぴっと汁気が多い感じで火を止めます」
「じゃが芋に混ぜると滑らかな食感になるのよね」
「せやで。ホクホクコロッケも美味しいけどなぁ。今日は蕩けるコロッケな気分やわ」
恋人が作るコロッケを思い出しただけでご機嫌になる。過程と片付けが厄介で登場頻度は少ないけれど、だからこそ食卓に見つけると気分が上がる。高価な食材は全然使ってなくても、家で食べる揚げたてのコロッケは特別で贅沢だ。レンジで柔らかくふかされたジャガ芋に炒めた挽き肉と玉ネギを入れ、塩コショウで味を調えながらよく混ぜる。水分が足りなかったのか牛乳も少し加えて今度はそれを形成していく。
「喜秋くーん、コロッケの形を整えて」
「……こんな感じ?」
「ちょお大きいかな。食いしん坊さんやなぁ」
なんて渚が笑って、キッチンは外の景色みたいに明るくなった。掌には、幸せがまあるい形をして乗っかっている。ホカホカと『仲良しだねぇ』と言わんばかりに温かい。たくさん揚げて、明日の弁当としてコロッケを使ったサンドイッチを作って職場に持っていこうと渚が素晴らしい提案をした。ちょうど良かった。買ってきたパンはテーブルに置いてある。薄くバターを塗って、千切りキャベツ(渚は苦手なので別の物を入れるのだろう)にマヨネーズとマスタードを和えて、大きなコロッケとたっぷりの甘いソースを挟む。最高な計画だ。
「予定よりようさん出来たわぁ。温かいうちに揚げたらとパンクしてまうさけ、冷ましちゃーる間に別のもの作ろか。ゆうても時間がないさけ簡単なヤツやけど……」
「コロッケだけでもいいわよ」
「あかなして、炭水化物ばっかりになってまわ。あ、ブロッコリー下茹でしてあった……喜秋くん、ナムルと胡麻和えどっちゃがいい?」
「ナムル」
「オッケー」
渚は冷蔵庫からタッパーに入っていたブロッコリーを取り出すとボウルに開けた。そこにほんの少しの水で溶いた鶏ガラスープの素を溶かしてブロッコリーに和える。菜箸の先をペロリと舐めた。
「ん~……お砂糖ちょびっと入れよか……後は胡麻油と胡麻を入れて……」
「ゴマは多めに入れて」
「はいはい。後は汁物……タンパク質が足りないから豆腐と卵……あッ」
「何?」
「あー、その……」
片手鍋に湯を沸かしながら、コンロの前で渚が口の中で何か言った。聞き取れなくて傍に寄ると彼女は顔をほんのり赤くする。
「………味噌汁ちごてもええの?」
「……え」
「いや、その、毎回味噌汁にしろて意味とちゃうて解っちゃーるんだけど……一応……」
「あー……そういう事ね」
さっきのプロポーズの事を言いたいのか。……可愛い。普段は奔放なくせに、妙なところで融通が利かない。
「……アンタの作るものなら大体美味しいし、嬉しいわよ」
「……は、はい……」
パタパタと手を扇ぎながら、渚は冷蔵庫から豆腐と卵を出した。頂までじんわり赤くなっているのが堪らなくて、そこをかぶりつきたくなってくる。自覚してないからこそ、対処のしようがない恋人の愛らしさは目に毒だ。渚は沸騰したお湯にとぷっと液体調味料を入れた。白だしだ。めんつゆ同様かつおや昆布のダシの味がしっかりしているけれど、白だしの方が味わいはシンプル。そこに絹豆腐をスプーンで掬い落として、溶き卵を加えると鍋の中はふわふわとした黄色と白で優しい色味になった。
「これで完成?」
「コーンスターチでとろみをつけて完成やで」
「いいんじゃない」
「ちょぉ豪華な気分になるやろ? おかずが少なかったさけ、ごめんね」
謝る姿は先程の啖呵からは想像できないくらいにいじらしくて、相変わらずスイッチのオンオフがきっちりしているなと思う。喜秋としてはどっちの淡島渚も大好きだから全然問題ないのだが。形成したジャガ芋をつんと指でつついて温くなったのを確認すると、渚はバットにパン粉を開けた。いよいよ揚げていくらしい。
「小麦粉、卵、パン粉の順につけてくで。喜秋くん、最後のパン粉は任せたで!」
「了解」
喜秋の肩と渚の頭がくっつく距離で、コロッケに衣を着せていく。パン粉の絨毯に卵を纏ったタネを淡島が転がして、喜秋はそれに優しくパン粉をかけてやる。ふかふかとして着心地は大分良さそうだ。
「よーし揚げるで! 喜秋くん、お鍋にコロッケ入れて」
「ハーイ」
出来たコロッケの数は八個。一気には揚げられないから、二個ずつ、油のプールに落としていく。しゅわと気泡が立って、油の匂いが空腹の胃を苛めてくる。三分程してぷかりと浮いてきたコロッケをひっくり返した。
「早く食べたいんだけど、一個だけつまんでいい?」
「あかなあかな! お米と一緒に食べた方が美味しいもん。それに火傷するわ」
「チェッ」
手厳しい。まぁいいさ、空腹は最高のスパイスだ。食事もプロポーズの返事も、焦らされた方が後の喜びが大きいのだから。
「揚げ物」
「んーじゃあコロッケな、お芋さん剥いてよ」
調理台のじゃが芋を手に取る。随分と大きなジャガ芋だ。芽はまだほとんど出ていない。ゴツゴツと凹凸のあるこの曲線を扱うのも既に慣れたもので、皮むきに関しては渚より上手い自信がある。喜秋がジャガ芋の皮を剥いている横で渚は玉ネギをみじん切りにしているようだ。つんとした匂いがこっちにまで飛んでくる。こういう時、目が大きいと大変だ。
「ジャガ芋はレンジでいい?」
「あ、うん。一番大きい耐熱ボウルに入れてね」
ジャガ芋をレンジにかけている間に挽き肉と玉ネギを炒める為、渚はコンロの下からフライパンを取り出した。チチチと底を炙られたフライパンに油を引いて、玉ネギから炒めていくみたいだ。木べらを手首で返していくと、玉ネギの甘い匂いがする。しんなりしたところで取り出して、今度は油を引かずに挽き肉を炒めると熱で溶けた脂がフライパンに広がってじゅうじゅう音を立てた。
「喜秋くん、お肉ゴロゴロ? それとも万遍なく混ざっちゃーる方がええ?」
「どこを齧っても肉の味がする方がいい」
「じゃあ、細かく炒めら」
木べらで肉の塊を断ち切ると、ポロポロと崩れていく。そこへ先に炒めた玉ネギを加えて更に混ぜていく。
「味付けはめんつゆで簡単にね。お酒も入れて、ちょぴっと汁気が多い感じで火を止めます」
「じゃが芋に混ぜると滑らかな食感になるのよね」
「せやで。ホクホクコロッケも美味しいけどなぁ。今日は蕩けるコロッケな気分やわ」
恋人が作るコロッケを思い出しただけでご機嫌になる。過程と片付けが厄介で登場頻度は少ないけれど、だからこそ食卓に見つけると気分が上がる。高価な食材は全然使ってなくても、家で食べる揚げたてのコロッケは特別で贅沢だ。レンジで柔らかくふかされたジャガ芋に炒めた挽き肉と玉ネギを入れ、塩コショウで味を調えながらよく混ぜる。水分が足りなかったのか牛乳も少し加えて今度はそれを形成していく。
「喜秋くーん、コロッケの形を整えて」
「……こんな感じ?」
「ちょお大きいかな。食いしん坊さんやなぁ」
なんて渚が笑って、キッチンは外の景色みたいに明るくなった。掌には、幸せがまあるい形をして乗っかっている。ホカホカと『仲良しだねぇ』と言わんばかりに温かい。たくさん揚げて、明日の弁当としてコロッケを使ったサンドイッチを作って職場に持っていこうと渚が素晴らしい提案をした。ちょうど良かった。買ってきたパンはテーブルに置いてある。薄くバターを塗って、千切りキャベツ(渚は苦手なので別の物を入れるのだろう)にマヨネーズとマスタードを和えて、大きなコロッケとたっぷりの甘いソースを挟む。最高な計画だ。
「予定よりようさん出来たわぁ。温かいうちに揚げたらとパンクしてまうさけ、冷ましちゃーる間に別のもの作ろか。ゆうても時間がないさけ簡単なヤツやけど……」
「コロッケだけでもいいわよ」
「あかなして、炭水化物ばっかりになってまわ。あ、ブロッコリー下茹でしてあった……喜秋くん、ナムルと胡麻和えどっちゃがいい?」
「ナムル」
「オッケー」
渚は冷蔵庫からタッパーに入っていたブロッコリーを取り出すとボウルに開けた。そこにほんの少しの水で溶いた鶏ガラスープの素を溶かしてブロッコリーに和える。菜箸の先をペロリと舐めた。
「ん~……お砂糖ちょびっと入れよか……後は胡麻油と胡麻を入れて……」
「ゴマは多めに入れて」
「はいはい。後は汁物……タンパク質が足りないから豆腐と卵……あッ」
「何?」
「あー、その……」
片手鍋に湯を沸かしながら、コンロの前で渚が口の中で何か言った。聞き取れなくて傍に寄ると彼女は顔をほんのり赤くする。
「………味噌汁ちごてもええの?」
「……え」
「いや、その、毎回味噌汁にしろて意味とちゃうて解っちゃーるんだけど……一応……」
「あー……そういう事ね」
さっきのプロポーズの事を言いたいのか。……可愛い。普段は奔放なくせに、妙なところで融通が利かない。
「……アンタの作るものなら大体美味しいし、嬉しいわよ」
「……は、はい……」
パタパタと手を扇ぎながら、渚は冷蔵庫から豆腐と卵を出した。頂までじんわり赤くなっているのが堪らなくて、そこをかぶりつきたくなってくる。自覚してないからこそ、対処のしようがない恋人の愛らしさは目に毒だ。渚は沸騰したお湯にとぷっと液体調味料を入れた。白だしだ。めんつゆ同様かつおや昆布のダシの味がしっかりしているけれど、白だしの方が味わいはシンプル。そこに絹豆腐をスプーンで掬い落として、溶き卵を加えると鍋の中はふわふわとした黄色と白で優しい色味になった。
「これで完成?」
「コーンスターチでとろみをつけて完成やで」
「いいんじゃない」
「ちょぉ豪華な気分になるやろ? おかずが少なかったさけ、ごめんね」
謝る姿は先程の啖呵からは想像できないくらいにいじらしくて、相変わらずスイッチのオンオフがきっちりしているなと思う。喜秋としてはどっちの淡島渚も大好きだから全然問題ないのだが。形成したジャガ芋をつんと指でつついて温くなったのを確認すると、渚はバットにパン粉を開けた。いよいよ揚げていくらしい。
「小麦粉、卵、パン粉の順につけてくで。喜秋くん、最後のパン粉は任せたで!」
「了解」
喜秋の肩と渚の頭がくっつく距離で、コロッケに衣を着せていく。パン粉の絨毯に卵を纏ったタネを淡島が転がして、喜秋はそれに優しくパン粉をかけてやる。ふかふかとして着心地は大分良さそうだ。
「よーし揚げるで! 喜秋くん、お鍋にコロッケ入れて」
「ハーイ」
出来たコロッケの数は八個。一気には揚げられないから、二個ずつ、油のプールに落としていく。しゅわと気泡が立って、油の匂いが空腹の胃を苛めてくる。三分程してぷかりと浮いてきたコロッケをひっくり返した。
「早く食べたいんだけど、一個だけつまんでいい?」
「あかなあかな! お米と一緒に食べた方が美味しいもん。それに火傷するわ」
「チェッ」
手厳しい。まぁいいさ、空腹は最高のスパイスだ。食事もプロポーズの返事も、焦らされた方が後の喜びが大きいのだから。
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