後輩の夜事情(2/5更新)

狂言巡

文字の大きさ
上 下
3 / 24

ペチュニアに染まれ

しおりを挟む
 気が付けば日はとっぷり暮れていた。あるマンションの一室は灯りが点けられる事はなく薄暗闇の中で、溜め息のような浅い呼吸が聞こえる。ソファにはシーツを被った小山があり、端から二組の両足がはみ出していた。一つは大きく爪先が天井を向き、もう一つは対象的に床を向いて小さく爪先を丸めている。つまり、布の中は人間二人分の體だった。
 時間も忘れる程、複雑に絡み合いながら、睦み合った。先に意識を手放した淡島を抱きかかえてバスルームで軽く身を清めたが、寝室に戻る前に魔が差した喜秋は再び彼女を貪った。何度目かの絶頂でお互い肩で息をしていたが、今は呼吸の乱れは落ち着いている。つい先ほど覚醒した喜秋は脱ぎ捨てた自分の服を漁り、煙草を探す。

「あかんよ」

 気怠さを纏った女の声が響く。もぞりと布が動き、喜秋が僅かに上体を起こす。服を一切身に纏っていない肌はお互い汗ばんでおり、室内も少し蒸していた。淡島は喜秋の胸板に頬を寄せて反論を続ける。

「あかなして、うっかり寝タバコして火事とか、冗談やないわ」
「……三つ吸ったら消す」

 ようやく煙草を見つけて、慣れた手つきで着火した。しつこいと詰られるほど淡島の體に触れていた男の唇に煙草が挟まり、深く息を吸って紫煙を吐き出す。

「あー……ダメだわ」
「……どしたん」
「別に……」

 外し忘れたのだろう、眼前の太い首にかかった銀色のネックレスを淡島は指で撫でた。冷たく透明な輝きは暗い室内でカーテンの隙間からの僅かな光を反射する。猫がねこじゃらしで遊んでいるような所作を繰り返す女の髪を空いた手で気まぐれに愛撫して乱した喜秋は、二口目を肺に送った。

「……このまま寝たい」
「うん、始末したらええよ」

 間髪入れずに三口目を吸い終えた喜秋は、テーブルの灰皿に押しつけて消化する。

「これ……夢じゃないのよね……」
「そやね……」
「あんたを抱いてさ……」

 ぼうっと余韻に浸っているうちに時計の針は回り、二人の男女は夜に溶け込まんばかりに深く眠りについた。
しおりを挟む

処理中です...